【以下転載】
オランダの猫における鳥インフルエンザの暴露状況(2020年~2023年)を調査した研究報告。
https://x.com/carpe_diem0820/status/1852858626274431091?t=TRIGbV69lBEsp2RtAtbaMw&s=19
間違いから何がわかる/始まるのか
参照先のトゥートの言う"皮肉"とやらの意味が残念ながら自分にはよくわからない。
しかしリンクを張ってあるxのアカウントに掲載された、演奏者によるnoteへのメモは大変興味深い。
ミスはミスだけれども、それはさておき見る人が見ればバッハのものではなさそうだと思いそうな所謂"名言"を採用してしまったのは何故かというような話。
……だがこういうスタッフによる誤解というか先入観ゆえの間違いのようなものは、実はクリエイティブな働きを持っているのではないかと自分は思う。
カレーを見たことも食べたこともない人に、カレーを作ってもらったら面白いものができるとは思いませんか?🍛
……ちょっと喩えが微妙ですが間違いをきっかけとして見える世界が広がっていくこともあるのかな等と思った次第。 [参照]
NYT、ディベートでのトランプの言説を fact-free と表現していて笑える。なんちゃら-free というのは普通、cholesterol-free とか BPA-free とかのように「それが存在しないことが望ましい」というニュアンスを含むから、fact-free というと、あたかもそれがいいことのように早とちりする人が出てくるんじゃないかしら。
"観た"かも、白痴(映像化作品?)
白痴は何故か映画で履修しました。
多分若かりし頃に新宿の7階建てのTSUTAYAでレンタルしたのだと思います(昔話)。
VHSをテレビデオに放り込んで……(昔話)。
読めば良かったのに、映像になっているならそれも良かろうと何となく考えて観た記憶。
内容は記憶に全然残っていないです。
新潮文庫の背にはあらすじが書いてあったのですが、それを見てもあまり心惹かれなかったので結局のところそういうものだったのかもしれない。
では本にして再履修するか?
多分しないと思います。
ドストエフスキーって結局キャラがお馴染みのパターンだとおもうんですよね……。
多分カラマーゾフの時のように明確なキャラとして確立はされていないのだろうとは思いますが、何というか整理整頓されていない混沌としたキャラクターの造形が良いと思うのでそういうキャラが出てくるなら検討してみても良いかなと思いますが……。
とはいえ、今は色々な本の存在を知っているのて白痴の出番はやはりないのかもしれない……。 [参照]
(閲覧注意)演奏系
以下はクラシックの演奏系の人達の世界
について見聞きしたこと。
(1)徒弟制
師匠がいて、レッスン中に殴られたりするそうです。
自分はそれを聞いてドン引きしましたが、どうやら当たり前(?)らしいです。気合を入れろといって殴られるんだとか?
正直、捕まって欲しいです。
それに弟子がどうの、門下(?)がどうのとかやっていて何だか時代(?)が違う。
民主主義と自由と平等、それに科学が幅を利かせるのが現代だと思っていましたがクラシックの世界ではその価値観は未だ旧弊のままではと感じます。
そんなところまでクラシックでなくて良いのにと思わざるをえません。
(2)
男女の恋愛が主題の歌をうたって、微妙な出来だとゲイだと思われるらしい。男が相手だと想像してみろと言われ、出来が良くなったりすると以下略。
純粋な純度の高い(?)セクハラですよね??
(3)
何か妙に男女の関係についての話が多かった気がします。女性を肉体としてみる風潮というか。
うっすらと男尊女卑というか、女性が下に見られている気がしました。
女性の精神だとか頭脳とかに着目されるのではなくて、肉体や外見(?)に注目がいく感じ。
勿論それを跳ね返すだけの技術や音楽性(?)が女性にあれば別なのでしょうが、個人的にはムリ🤮と思いました。
ジェンダーとクラシック音楽?
以下は性別とその界隈についての雑多なメモ。
(1)性差による差
声の高さには男女差があり、巨大な楽器では手の小さい女性の指は届かなかったりします。
(2)所謂ジェンダー(?)的な何か
女性はドレスを着たりします。華やかなドレスを着たがらない女性もいると聞きます。
男性はスーツを着ますが……そもそも性別によって望ましいとされる服装が大体決まってしまっているというのはジェンダー的な何かの表れかもと思います。
指揮者が男性向きの役割なのかについては、それが例えば本当に性差からくる脳の仕組みの違いによる優位性の表れなのかどうかよく吟味してみても良いと感じます。
(3)
評論家は中高年男性が主体だと思います(裏付けデータはなし)。
またそういった中高年男性主体の業界に適応してしまった女性もいるかと(注意;偏見の可能性あり)。
何が言いたいかというと、そういった評論家から発せられる意見•感想の類は昭和じみたジェンダー観(?)によって汚染されているのではと自分は懸念しているということです。
そしてその評論を読んだ人にもそのジェンダー観は広まっていってしまうのかな、と。
例えば"紅一点"だの"大輪の花のようだ"など。また"女性らしい演奏"など直球っぽいのあります……🤮
名将言行録中の小早川隆景のものとされる発言について
>「分別とは何か」と質問した黒田長政に対し、「長く思案して遅く決断する。分別の肝要は仁愛で、仁愛を本として分別すれば、万一思慮が外れてもそう大きくは間違わない」と答えた(『名将言行録』)。
https://w.wiki/AVqa
自分は判断が遅くどうも即断即決タイプではないようなので、小早川隆景の発言を知り共感すると共に安心しました。
ですが、仁愛となると……その辺りも(!)自分に備わっているどうか甚だ怪しく感じられるのでやはりデキる人(小早川隆景)は言うことが違うな……などと思ったりします。
自分の場合は、「下手の考え休むに似たり」に近いのかもしれませんね……🤔
上皇•上皇后の🎾
上皇と上皇后がテニスをしている写真を見たが、どちらもたまにいるタイプだと思う。
上皇は技術的にはほどほどだと思うが社交の一環としてテニスを利用するという観点においては多分優れているように思う。
知的能力が高そうであるにもかかわらず、それに比して技術的には格段のものはみられない🤫という場合には割り切ってレクリエーションとしてテニスを用いているパターンなのかなと思った。
それはそれで非常に優れたテニスとの付き合い方だと思います。
一方、上皇后は多分かなり上手であっていわゆる"運動神経が優れている"人に属していそうだと思う。
この類の人では、手先が器用だとか身体操作などにおける感覚が鋭敏だったりとかいうパターンがあるように思う。
登山•楽器演奏•園芸•料理etc.五感をフル活用するような人なのかなと思う。
恐らくだが論理的な接続が明確な、"地に足のついた"話と話の展開を好むのかなとは思う(想像です)。
上皇后のスキルは悪くはなさそうだが、教わる技術のレベル次第では非常に優れたプレーヤーになり得たのかもと思う(まだ探していませんが過去のプレーの動画があるようなら少し観てみたい気もします)。
もっとも、そもそもテニスに時間や労力をどれくらい割いてくれるかわからないですが……。
フーガ(音楽)を好む。
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