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【ほぼ百字小説】(5538) 地球からある距離以上遠ざかることに我々の精神は耐えられない。だから有人火星計画の飛行士たちをリアルな地球の夢で包むのだ。地球で火星に行く夢を見ている。そう信じ込んだまま、彼らは火星へ行って帰ってくる。
 

【ほぼ百字小説】(5537) 無意識を共有することで正気を保っていて、ある距離内にある人数以上がいなければ、それが不可能になる。宇宙飛行士たちが火星への途中で必ず発狂するのはそういう理由で、だから人間が行けるのは月まで、という説。
 

【ほぼ百字小説】(5536) 滅びゆく火星人が、進化の袋小路から脱出しようと掘った抜け穴があるという。火星の地下は、夢の中の迷路のように錯綜した抜け穴だらけで、たまに間抜けな地球人が落ちて、火星人の夢の中で死ぬまで働かされるとか。
 

【ほぼ百字小説】(5534) じつは地球だった、と思ったら火星だった、と思ったら地球だった、の繰り返しで、でもそういう方法で地球と火星とを行き来しているのなら仕方ないか。ならば今回も大袈裟に驚くことにしよう、と思ったらじつは――。
 

【ほぼ百字小説】(5533) この有人火星計画の関係者の中に狸がいて、だから荒野の真ん中でいきなり出てきた美女に酒や料理をすすめられても決して手をつけてはならん、そもそもここは火星ではなく地球だ、と言うこの隊長、果たして本物かな。

【ほぼ百字小説】(5532) あの頃はまだ娘はいなくて、二人でいろんなところへ行ったなあ。いや、連れて行ってもらった。私は大きいほうのリュックを背負って後ろをついて行っただけ。もうあんな重いリュックは背負えないが、また行けるかな。

【ほぼ百字小説】(5531) その海辺の町が終点で、駅前でリュックを背負って宿を探しているところに声をかけられ、その家の離れに十日ほど滞在した。砂浜はあったが波が高くて泳げなかった。ベッドに寝転んで少しずつ火星年代記を読んでいた。

【ほぼ百字小説】(5530) 今夜も火星の欠片を拾いに行こう。会社帰りによくそう思った。火星の欠片が散らばる丘への通路は乗り換え駅の高架下にあった。長い歩道橋と同じ高さのプラットホームに立つ人々は、夕空に浮かんでいるように見えた。

【ほぼ百字小説】(5529) あの坂の町に映画館がたくさんあったのは、映画館にとっていい土地だったからだろうなあ。海岸通りに鉄道の高架に地下街、すぐ後ろに迫る山々。いろんなところにいろんな映画館が根を下ろしていた。もう昔の話だが。

【ほぼ百字小説】(5528) 海岸通りの映画館を出ると、山の頂には火星が見えた。長い坂道は鉄道の高架をくぐってそのまま火星までまっすぐ続いていて、映画を観たあとなら、火星まで歩いていけそうな気がしたものだ。まだ火星があった頃の話。
 

【ほぼ百字小説】(5527) 木枯らし一号が吹いた日に、旅行に出ていた妻が帰ってきた。駅まで迎えに行って自転車の荷台に荷物をくくりつけ、暗くなって冷え込んだ路地を歩きながら、今回初めて行った温泉の話を聞く。日当山温泉。いい名前だ。
 

【ほぼ百字小説】(5526) 亀の魂は、甲羅と同じ形をしている。その長い生を甲羅の中で過ごすから自然とそうなる、という説と、逆に甲羅が魂の形に合わせて成長しているのだ、という説があるが、亀の魂が甲羅の形をしていることは間違いない。 
 

【ほぼ百字小説】(5525) ここにはないが、あることにしてやっている。本番ではないからな。本番でもないのに壊してしまうわけにはいかないし。ヒトはいないが、いることにしてやっている。本番ではないのに殺してしまうわけにはいかないし。
 

【ほぼ百字小説】(5524) 百字の欠片が並んでいる。その中にはそれを書いたときの時間が化石のように閉じ込められていて、もうここにはいない自分の欠片のようでもあるから、書いておいてよかった、などと書いているこの自分もやっぱりそう。
 

【ほぼ百字小説】(5523) 自分の持ち物に書いた名前のようなサインで、せめてもの賑やかしに落款っぽく見える判子を押しているが、それは娘が小学生の頃、商店街での職業体験イベントで彫ってくれたやつだ。「勇」という字は「亀」に似てる。
 

【ほぼ百字小説】(5522) 水の上にもコタツがあって、コタツを囲んだ団欒がある。コタツと団欒が滑るように川面を移動する。意外に速いのはモーターが付いているからで、そんなコタツと救命胴衣を着た団欒が今、橋をくぐって遠ざかっていく。
 

【ほぼ百字小説】(5521) 卵を落とせば月見になる、というのは、いったい誰の発明なのか。これまで蕎麦やうどんに限らずいろんな月見を食べてきたが、今度は月見にされて食べられる番か。卵のように割れて落ちてくる月を見ながら考えている。
 

【ほぼ百字小説】(5520) 満月のようにも見えるし、よく磨いたあの泥団子のようにも見える。あの泥団子の表面にも同じ形の海があったから、どちらとも言えない。まあどちらもずっと昔に壊してしまったから、どちらでもないはずだが。
 

【ほぼ百字小説】(5518) 大きな蟹のいる公園には、大きな蟹以外にもいろんなものがいたりあったりしておもしろいだろうけど、大きな蟹に襲われると大きな蟹のいる公園にあるもののひとつにされてしまうから、子供だけで行ってはいけないよ。
 

【ほぼ百字小説】(5517) 身体をその窪みに填め込もうとしているが、そのためには身体を窪みに合わせるしかない。いきなりは無理でも何度もトライして、身体を窪みに合わせていく。皆でそうする。皆がそうして、皆で動けば、世界が動くはず。
 

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