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【ほぼ百字小説】(4723) 歩くと月がついてくるのがおもしろくて、子供の頃はよくいっしょに歩いた。家の中までついてきたことも。明かりをつけるとどこかへ行ってしまうから、そんな夜は月明かりで過ごした。アポロが月に降りる以前のこと。

【ほぼ百字小説】(4717) 反対しても無駄、嫌ならやめればいい。それが首相からのメッセージで、それじゃあもうやめるか、やめようやめよう、やーめた、とぞろぞろ人間をやめてしまったから、残った人間は全員食い殺されて、人間も終わった。

【ほぼ百字小説】(4713) 奇妙なほど急に涼しくなった朝、そのどんよりした空の下、昔暮らした坂の街を通り過ぎて、海に架かる長い橋を渡り、最初に創られた島を走り抜けて、渦の近くで待ち合わせ。目印は、木星行きの旅の映画のTシャツで。
 

【ほぼ百字小説】(4712) 毎年この時期には目に見えない大波が通過していく。大抵は三つ続けて来て、三つ目のがいちばん大きいが、それでも物干しの手すりほどの高さだから、洗濯物が波に沈むことはない。まあ沈んでも別に何事もないのだが。

【ほぼ百字小説】(4698) 昔、魚だったことをなんとなく憶えている。なんとなくしか憶えてないのは、その頃は言葉を持ってなかったから。いや、魚の言葉は持っていたな。魚の言葉を思い出せたら、このなんとなくの記憶もちゃんと読めるかも。

【ほぼ百字小説】(4697) 長い旅行の最終日は大抵、夕日が見えるところを探して町を歩き、見えたり見えなかったり。そして大抵、もう一日あればきっと楽しめるだろうおもしろげなものや場所を見つけることに。まあそういうものなのだろうな。

【ほぼ百字小説】(4690) 狸たちが来た。家族を演じてくれるから、こちらもその態で応じる。めったに来なくなったのは、それだけ忙しいのだろう。人間の数はずいぶん減った。べつにひとりでもいいんだけど、などと言わないよう気をつけよう。

【ほぼ百字小説】(4681) 昔、舞台のあった場所は、今はもう跡形もないが、そのすぐ近くに新しくできた同じ名前の場所の、その舞台に立てることになった。そこで思い出すのはなぜか、当時あそこで邪魔者扱いされていた大きな四角い柱のこと。

【ほぼ百字小説】(4684) このあいだまで朝からじゃわじゃわうるさかった蝉の声がいつのまにか聞こえなくなったが、まだ暑い、どころか、今のほうが暑い。たぶん今年の蝉はすべて地上に出て死んだのだろう。ここから先は、蝉のいない真夏だ。

【ほぼ百字小説】(4678) ずいぶん高い天井だったが、年々低くなってきているのは、天井から次々に下がってきた鍾乳石のようなものが今も成長を続けているから。見上げると、今も建造中のあの教会みたいだ。上空からあれを見下ろしたところ。
 

【ほぼ百字小説】(4677) 工事現場の前の道路に白いチョークのようなものでヒトの形が描かれていて、ドラマなどで見る事件現場みたいなのだが、いつ通っても消えずにあって、マンションが完成してもある。飛び降り待ちかな、などと思ったり。
 

【ほぼ百字小説】(4676) 入道雲が崩れていくみたいだった。崩れ出したら速かったな。あんなに大きくどっしりとそびえていたのに、組織の崩壊がドミノ倒しのように広がり加速して、滝になって落ちてくる。もうすぐここまで洪水がやってくる。
 

【ほぼ百字小説】(4674) 不吉なものとして立つため、自分の内部に不吉なものを立ち上げた。そのせいか近頃、自分の中に立ったその不吉なものがあたりを見回しているらしい視線を内側に感じている。プラネタリウムって、こんな気分なのかも。
 

【ほぼ百字小説】(4671) 見たくない歴史はなかったことにすれば大丈夫、というのがいよいよはっきりして、こんないい方法を過去だけに使うのはもったいない、現在にも使えるぞ、未来にだって、と傾いた甲板の上で。いや、傾いてなどいない。
 

【ほぼ百字小説】(4670) ひさしぶりに公園の前を通りかかった。娘が幼い頃、よくいっしょに来ていた公園だ。あのコンクリートの山、あんなに低かったっけ。もっと険しくて、ずとんとそびえていた記憶があるのは、娘の目で見ていたからかな。
 

【ほぼ百字小説】(4663) ぼくがいちばんうまくトロッコを使えるんだ。トロッコ名人が作成した巧妙なトロッコ問題により、誰もが自らの意志での二択を迫られる。なぜそんな二択になってしまったかという問いは、トロッコの轟音で聞こえない。
 

【ほぼ百字小説】(4661) 腰のベルトにはファンが付いていて、その回転で体内に風が送られ、夏場でも涼しく戦えます。さらに排気口をあえて閉じることで空気圧によって身体を膨らませ巨大化する、というのも可能ですが、それは自己責任でね。
 

【ほぼ百字小説】(4658) 天使が群れで飛行しているとき、その群れは飛行する天使と同じ形をしている、というのは昔からよく言われてきたが、今ではネットの雨雲レーダー等により、それが事実であることを誰もが簡単に確認することができる。
 

【ほぼ百字小説】(4657) ほら、やっぱりあの紫の花が咲いている。家が取り壊され更地になり草に覆われると、その真ん中には必ずあの紫の花がひとつだけ現れる。気がついたのは最近で、いつからそうなのかはわからない。いつまでなのか、も。
 

【ほぼ百字小説】(4650) いつもの店の隣の席で、ほら飛行機よ、と母親が子供に折ってあげているのは、どう見ても鶴。だが帰り道に見上げた夕空には、まさにそんな形の飛行機が飛行機雲を引いている。そうなのか。では鶴はどんな形なのかな。
 

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