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今年の大河ドラマ『光る君へ』はなかなか出来が良いので楽しんで見ている。ところで、平安時代が舞台の大河は今までいくつかあったものの、平清盛とか平将門とか奥州藤原氏とかの武家勢力の勃興を描いたものばかりで、公家の政争を描いたものはこれが初めてなのではないか。もしかしたらこれは歴史学のトレンドを反映しているのかもしれない。一昔前は網野史学のように民衆史の視点で歴史を捉え直すのが流行りだったので、朝廷より庶民に近いところにいた在地の武士が好んで取り上げられたが、最近はやはり権力者視点の歴史が正しいみたいな考え方が流行りのようだから、それで公家が主人公になったのではないか。もちろんいずれの歴史観も一長一短だろうが、思い出してしまうのが2〜3年前にあった若手歴史学者の舌禍事件だ。確か有名学者がフェミニストの学者を誹謗中傷したり、「網野善彦はサヨク。平泉澄が正しい」とかTwitterでほざいたりしたのではなかったっけ。最近では歴史学者にもネトウヨ気質のオタクみたいな奴がいっぱいいるのかねえ…と、嫌な気持ちになったものだ。もちろん、本当にそういうあれこれが『光る君へ』と関係あるかどうかはわからないのだけどね。

このところ、色々あって床屋に行くひまがなかった。おかげで頭がボサボサになって、まるで昔の佐藤蛾次郎というか篠山紀信というか、そういう感じになっている。昔は髪に癖がついてなくて、しかも太っていたので髪が伸びると麻原彰晃にしか見えなかったが、歳と共に天パになり、しかも近年になって体重も落とした。重ねた年輪というわけでもないが、随分ルックスが変わったものだと自分でも思う。今のルックスだったら髪ボサボサにしていても怪しいとかだらしないというより個性的に見えるので別に構わないかなーと思わないでもないが、とにかく明日やっと床屋に予約を入れられたので、佐藤蛾次郎ルックにもこれでお別れというわけだ。じっと鏡を見る。

憂い雨三寒四温を問わぬ空

暖かくなったり冷え込んだりと気温は目まぐるしく変わるのに天気は湿っぽく陰鬱なしょぼしょぼ雨ばかりで変わらない。どうなっとんねん、菜種梅雨と言うには早すぎないか。せめて気温が上がる日くらいパーっと晴れてくれよ、全くかなわん…という意味の句。毎度のことながら、説明が必要な時点で上手い句ではない。

今日はニャンニャンニャン(2/22)なので猫の日なんだって?ツカサのウィークリーマンションの日(アードレスはーニャンニャンニャン、てんこてんjp〜♪)じゃなくて?ときに、あのツカサという会社はもう倒産したのだそうだね。とまあ、冗談はさておき、猫というのは確かに可愛いものだ。しかし、今ほど猫の可愛さに猫も杓子もデレデレになって、飼い猫自慢の写真をアップしたり、猫のろけ漫画や小説を披露する時代ってあっただろうか。パレスチナでは子供が虐殺されているというのに、猫可愛いー❤️とか言っている場合か!と怒っている人を見たことがある。地球上のどこかで酷い目にあっている人がいる時に楽しい投稿をするとは何事かというのは筋違いの怒りなのではないかと思うが、気持ちはほんのちょっとだけわからないでもない。ちなみにこの猫の写真は数年前に旅行に行った備中松山城で撮った。迷い猫だったそうだがやたら人懐こかったのでよく覚えている。その後、この猫は猫城主なるものに任命されて城のマスコットになったらしい。

啓蒙の大切さを説く人がいた。その人曰く、啓蒙を否定するのは反知性主義なのだという。もちろん私も先人により積み重ねられた学術の知識、集合知というものへの敬意は持つべきだと思う。しかし一方で愚かな大衆は偉い知識人の見識をふし拝んで受け入れろ!というような物言いには反発を覚える。それは大衆が当然に抱く権威への反発なのではないか。

ときに、この年末に私は初めてspy×familyというアニメを見た。しかし、初めの方を見損ねたので、物語の基本設定がイマイチ飲み込めなかった。そこで、spy×familyが好きだという中学生の姪っ子が遊びに来た際にどういう話なのか教えを乞うたのだった。「そんな事もわからないの?」と蔑まれつつ教えてもらったのだが、その時思ったのは、他の点では人生の先輩である私の方が知識があり私が教える側になる事が多いが、子供向けアニメについては子供の方が断然詳しいのだからこちらが膝を屈して教えを乞う側になるわけだ。啓蒙ってそういう事ではないのかと思う。お互い詳しい分野と詳しくない分野があり、自分が詳しいことについて教え合うことで集団全体の知性が高まっていくのが理想像だろう。それが理想通りにならない理由は、愚民は知識人の権威の前にひざまずけと言わんばかりのインテリの上から目線にもあるのではないか。

safety-number-check.idc.nttdoc
ネットの迷惑行為を「スパム」と呼ぶ語源は何かって常識の範囲内の知識なのだろうか。私は結構最近まで知らなかった。というか、よっぽどあの肉の缶詰には粗悪なクズ肉が使われているんだろうなーとばかり思っていた。迷惑行為という意味がもうすっかり定着してしまったので、缶詰の会社も今さらクレームを入れられなくなったのかな。

昔からIT音痴・ネット音痴だった私は、インターネットというものに触れ始めた当初コンピューターウイルスというものの存在自体がイマイチ飲み込めなかった。ウイルスみたいなものが存在すること自体、ネットの世界は人の悪意で回っていることの証拠だよなと思ったものだ。それから幾年月を経て、昔より多少はネットに慣れた今でも、その考え方はあまり変わっていない。いま騒ぎになっているfediverseへのスパム攻撃の件でそんなことを思い出した。私はまだ問題のスパムを見ていないが、とりあえず運営氏の言うとおりに対策はしておいたが、まあ匿名子の悪意とは嫌なものだ。そんな連中を反面教師にして、私は決して悪意に流されず、あくまで愛と正義に則ってネットでぐだぐだつぶやくようにしたい。そりゃ私も人の悪口を言うことはあるが、それはあくまで他人への愛をかけらも持たない輩への批判なのだ。あくまで基本は愛。ハートのラブ❤️だ。私みたいなおっさんが言うと気持ち悪いかもしれないが。

今日阪神の練習試合があったようだが、門別が3回0封だったそうだ。ちょっと騒がれ過ぎではないかと思っていたが、本当に良さそうだな、門別。阪神は高卒選手が育たないと良く言われるが、投手では門別、打者では前川が間違いなく今年出てくるので、もうすぐそういう事も言われなくなることだろう。いやー楽しみ楽しみ。今年も色々あっても阪神のおかげで楽しく生きていけそうやわ。

ちょっと前にnitterを使って今も旧Twitterを覗いていると書いたが、そのnitterが使えなくなって、無理に使おうとするとセキュリティ上の問題が生じかねないのだそうだ。
gigazine.net/news/20240216-x-t
一応yahooリアルタイム検索などの手段もあるものの、これでいよいよ本格的に旧Twitterとおさらばすることになりそうだ。とは言え、言わば新Twitterみたいなblueskyが丁度できたタイミングでもあるし、blueskyのほうに旧Twitterにいた人々が結構移ってきているようなので、旧Twitterが見られなくなってもあまり不便に感じることはないのではないかと個人的には思っている。

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詩というものは難しい。谷川俊太郎や山之口獏ら有名詩人みたいな味のある詩を作ろうと言葉をひねってみても、出来上がってみるとなんかポエムポエムしていると言うか、小泉進次郎あたりが遠い目をしながら朗読するとよく似合いそうな代物が出来てしまう。ポエムという言葉をネガティヴな意味で使うな!と詩人が怒っているのをよく見かける。気持ちはわかるのだが、素人が現代詩を作るとどうしても小っ恥ずかしい、いい歳晒して乙女チックなモノローグみたいな代物が出来上がってしまうのは事実だ。今回、私も詩を披露したが、ちゃんと小泉進次郎が朗読しても似合わないものになっているかどうか。自分でも自信がない。明日になってから読み返したら猛烈に恥ずかしくなるかもしれない。怖いなー。

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腹が減った減った、腹減った
腹が減ったから飯食った
飯を食ってから糞垂れた
糞を垂れたらまた腹減った
(それでは皆様、御唱和下さい…)
腹!飯!糞!腹!
腹!飯!糞!腹!
嗚呼、死ぬまで続くこの輪環よ
腹!飯!糞!腹!
腹!飯!糞!腹!
メビウ〜ス音〜頭〜♪

ブラタモリが3月いっぱいで終わって、後番組は新プロジェクトXになるんだってさ。最悪。ほんまにもう受信料払うのやめたろか。まあ、光る君へが面白いのに免じてブツクサ文句言いながら払うけどさ。大体、受信料が高すぎるんだよ。世の中生活が苦しい人が多くなってるんだから、経済状況社会状況に応じて受信料も変わってしかるべきなのではないか。ぶっちゃけ、月500円でいいよ。それなら金額に不満を言う向きもちょっとは減るんじゃないの。それじゃとてもやっていけないって?甘ったれんな!民放はもっとカツカツの予算でやっとるわ。政府御用の偏向報道ばっかり垂れ流しやがってよう、クソムカつく!…すいません、ちょっと酔っ払ってます。

田舎のスーパーやコンビニにも普段は売っていない珍しいチョコレートが並ぶ季節になったが、季節行事のなかでもハロウィンとクリスマスとバレンタインデーは毛嫌いする人が多い。どれも西洋由来の行事だからというのもあるだろうし、いわゆる非モテの陰キャ(どちらも好きな言葉ではないので使いたくないのだが)のコンプレックスをくすぐる行事だからと言うのもあるだろう。そんな理由で毛嫌いすることこそ下らないことだと思うが、バレンタインデーについては女性の同僚に義理チョコを配ることを強要する悪習のせいで嫌がられるようになったという事情もある。自分へプレゼントすることを強要するようなことは確かに良くない。あくまでこの日は自分へのご褒美として、ちょっと上等のチョコレートを自分にあげる日と読み替えればいいのではないかなと個人的に思う。

ときに、南アフリカがイスラエルの戦争犯罪を提訴した件で、西欧諸国の中では唯一ベルギーだけが南アフリカに同調していたようだ。ベルギーもアフリカのコンゴあたりでは散々悪事を働いた歴史があるのだが、この件に関しては偉いと思う。ここは一丁、上等のベルギーチョコレートでも買って私も賛意を示そうかな。売ってたらだけど。

先日、酔った勢いで今話題のblueskyのアカウントを作ってしまった。そんなにいくつもSNSのアカウントを作ってどうすんのと自分でも思うが…。とまれ、立ち上げの頃のthreadsは知らない誰かの投稿を延々と見せられるクソ仕様だった(その後改善したようだが)ので手が出なくなってしまったし人も定着しなかったみたいだが、blueskyはそういうことはなく、よく言われているように昔のTwitterみたいだ。blueskyも誰でもアカウントを作れるようになって治安が悪くなったと言うが、旧Twitter(X)みたいに運営がレイシストや陰謀論者にフレンドリーではないだけマシだろう。旧Twitterみたいな腐りきったSNSがネット論壇の主流であり続けるのは耐え難いものがあるので、早くblueskyが取って代わってほしいものだと思う。もっとも、そうなったところで私のメインのSNSはfedibirdで変わらないだろうけどね。

虎テレ無料で紅白戦が見られるので見ている。当たり前だが、紅白戦だから活躍するのも活躍されるのも阪神の選手だ。いい選手もいれば良くない選手もいる。どっかの掲示板の住人みたいに良くなかった選手にすぐ「要らん、クビだ」と罵声を浴びせるような害悪阪神ファンにはなりたくないもんだ。今のところ投手陣が厳しくて野手陣は順調なように見える。まあ皆んな頑張ってほしいものだ。

threadsのアカウントを作ってはみたもののもう長いこと放置状態で、たまに「おすすめスレッド」とか言ってピロリンピロリンと通知が来るのがウザいからもう消しちゃおうかと思っていたが、もうすぐfediverseと繋がるそうだからやはり消さずにしばらく置いておこうかな。threadsがfediverseと繋がったらどうなるだろうか。まず大手メディアの公式アカウントをmastodonのアカウントから見たりフォローしたりできるようになるな。threadsにアカウントを作っている著名人なんかもフォローできるようになる。情報収集手段としてのmastodonの使い勝手が格段に良くなりそうだ。反面、ある程度決まった人にしか見られていない安心感があって思ったことをなんでも投稿できる感じだったものが、より広く見られるようになって、内容次第ではちょっと投稿するのがためらわれるようになるかもしれない。クソリプも付きやすくなるのかな。SNSの世界は変わらないものだとつい思ってしまうが、実際には段々と変わっていくものなのだな。まあ、実際にはthreadsと繋がっても大して変わらないかもしれないが。
QT: mastodon-japan.net/@honjp/1118
[参照]

HON.jp News Blog  
Threadsが分散型SNSと連携すると、ユーザーにとっては何が変わるのか?║WIRED.jp https://wired.jp/article/meta-threads-fediverse-interoperability-rachel-lambert-interview/

プロ野球のキャンプが始まって1週間ほどたったが、他球団に怪我人がちらほら出始める中、阪神は大きな怪我人もなく至って順調なようだ。今年の阪神は新戦力はドラフトで指名した選手以外には現ドラで取った漆原とケラーの代わりの新外国人ゲラくらいで、ドラ1の下村は2軍でスロー調整中ということもあって話題が少ない…と思いきや、野口・前川・井上の若手外野手アピール合戦や評論家の評価が高すぎてビビる左腕の門別など非常に面白いキャンプになっているようだ。レギュラー陣も順調なようだし、去年良くなかった青柳や湯浅も今年はやってくれそうだ。例年のことながら今の時期は希望いっぱい夢いっぱいで楽しい。これから開幕が近づくにつれてだんだん現実が見えてくるのだけどね。ともあれ、去年日本一になったので今年は個人的にちょっと燃え尽きて、去年までほど熱く応援する気にならないのではないかと思っていたが、やはりキャンプが始まると阪神のことが気になって何をするにも手につかなくなるね。困ったものだ。

asahi.com/articles/ASS256J78S2
今の日本を駄目にしている主犯はマスコミとりわけテレビだと私は思っている。政府自民党がどれだけ腐敗し悪政を行なってもダンマリを決め込む、あるいはおずおずと批判らしきものをした後で「でも野党もだらしない」とのフレーズで締め、どこがどうだらしないのかは具体的に言わない。どうしても与党批判をしなくては収まりがつかない時は、維新などの“ゆ党”を代わりに持ち上げる。そんな鉤括弧付きの「報道」で溢れかえっていたら、そりゃ世論もおかしくなるというものだろう。だからこの記事にあるような動きには基本的に賛成なのだが、ただこれをやってるリベラル派文化人も党派性にまみれた人達には違いないからね。それこそ『ワイマール憲法の教訓』を製作して政府から圧力を受け左遷されたテレ朝プロデューサー氏が監督した党派的愚作映画『ハマのドン』を彼らがこぞって絶賛していたことを考えると…。立憲や共産に不都合なニュースが出たら逆に彼らが圧力をかける側に回らないかという懸念は残る。デマや差別や人権侵害でない限り、報道に口出しは行わないのが鉄則だ。彼らが本当にそれを我慢できるのであれば支持したい所だけどね。

昨日は大きい選挙が複数箇所であったようだが、「京都でも前橋でも他の所でも、半数以上は選挙に行っていない事を絶望すべきだ」とか言っているインテリを見かけた。世の中にはインテリの言うことを素直によく聞く従順な庶民がたくさんいるようで、言われたとおりに日本人の民度の低さに絶望して、もう何をやっても無駄だとあきらめて選挙に行かなくなる人が沢山いたからこそのこの低投票率なのだろう。個人的には「絶望しろ」とは何たる言い草かと思う。インテリに言われなくても政治に絶望したくなる状況は庶民にも十分に感じられるのであって、京都市長選でインテリ連中の多くが支持しているであろう立憲民主党が与野党相乗りを決めた結果、市民派の候補が僅差で落ちるという結果こそが絶望したくなる典型的ケースだろう。偉そうに大衆に啓蒙したいと思っているインテリこそ、絶望ではなく希望を語ってみせろ。change! yes we can!とオバマみたいに言ってみろよ。日本はもう駄目だ、ああーっ駄目だ駄目だ駄目だァーッ!とか言っているインテリは、こいつらが軽蔑してやまない棄権する庶民と大して変わらんぜ。バーカ!と、酔った勢いで言ってしまう。

タイムラインを見るに、東京では雪が降っているのか。気候温暖な田舎に住んでいるので雪が積もることなんか滅多にない。今も雨がようやく上がったばかりでじっとりした天気だ。東京に出たばかりの頃、最初の冬に雪が積もるのを見て、それまで見たことがない光景に思わず嬉しくなって夜中にひとりで街に出たのを思い出す。わーい一番乗りー!とか言いながら足跡1号をつけまくってご満悦になったり、小さな雪だるまのようなものをこさえたり、野球のピッチャーの真似をして雪玉を投げたりしてはしゃぎまくった。大の大人がひとりでそんな事をしてはしゃいでいる様ははたから見ればさぞかし異様に見えただろうな。

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