SCENE3 ③
なんでこんな記事が書かれているのか理解ができなかった。
自分たちは今ここにいるのだから遺体など見つかるわけがない。
しかし、家族や警察、大学にも連絡を入れたのだからこれは誤解だという連絡をまた入れればいいのだと気づく。
だが----
何度連絡をメッセージを送信しようとしても、失敗する。
何度電話をかけようとしても、コール音が鳴るまでもなく切れてしまう。
他の全員に呼びかけ、全員で記事を確認した。
そして全員があらゆるツールで連絡のやりとりを試すも、結果は同じだった。
全ての連絡手段を試し、失敗したころようやく状況が変わったことを理解した。
そう。外界との連絡手段が断たれてしまった。
なぜこうなってしまったのか。
何者かに電波を阻害されている?
いやしかし、検索などの情報の受信はできているようだった。
発信だけを阻害する手段があるのだろうか。
それとも、自分たちこそが情報を発信できない存在になってしまったのだろうか。
…自分たちの遺体は本当に見つかったというのか。
だとしたら、今ここにいる自分たちは。
SCENE3 END
SCENE4 ①
獣誘渡駅に集まった十名の訃報のニュース記事が出ていた。
友人に弁明したいと考えても、あのニュースが出て以降、誰とも連絡がつかない。
事実上外部との連絡を断たれたという現実は、強い不安を駆り立てていた。
しかし、この出来事を機に日廻は両親と向き合う
「大丈夫、阿墨さんもいるし…しっかりしなきゃ」
独り言を呟いて自分に言い聞かせる彼女のもとに一件のメッセージが届く。
母からであった。
両親に勘当された後、家からの連絡もなかったため連絡が来るなど考えてもいなかった。
あのニュースを知らないのであろうか。
それとも、生存確認をするために送られたメッセージなのであろうか。
その送信者を見た途端日廻は嬉し涙を浮かべながらメッセージを開いた。
しかしそれは母から、娘である日廻夏八への恨み言であった。
一人で家のしがらみから抜け出し自由になったことを始めとした、夏八の死を願われる程の恨みが綴られていた。
また、夏八がいなくなったことにより姉への負担は大きくなり、先日自害したという。
それは日廻夏八に絶望を与えた。
まだ若い彼女はやりたいことがたくさんあった。
死にたくないと考えていた。
だが、そうすることで傷つく人がいて、それがよりにもよって姉だという事実は彼女に絶望を与えた。
SCENE4 ②
ここから出ることができたとしても、帰る場所などなかったのだと。
ここから逃げ出したい一心で女子たちで集まる部屋を飛び出した。
そしてロビーへと着くと、春夏冬レンもまた日廻と同じ表情で立ち尽くしていた。
「ヒマワリお姉さん…僕、僕のお母さんとお父さんが、事故でいなくなっちゃったって、ニュース、で…」
レンがインターネットを見ていた時、レンの両親が事故により命を落としたというニュースが出ていたという。
気づけば手からスマホが落ち、無我夢中で走り出しここにいたということだった。
そのレンの表情からどれだけ不安だったのかが今の日廻にはよくわかる。
帰る場所が無くなってしまったのだ。
この現実を受け入れることは、日廻にはできなかった。
「レンくん。こんなのは、嘘です」
SCENE4 ③
数日後。
「皆さん電子機器は破壊しましょう?怪電波と毒電波というものをご存じですか?
通常であればアルミホイルを頭に巻くことで毒電波由来の思考盗聴などから身を守ることができると言われています。
しかしこの電波には効果が無いことがわかりました。
そして怪電波とは、出どころのわからない怪しい電波のことを指します。
それなら、私たちにでたらめな情報を植え付ける毒電波を受信しないようにするしかありません、正しい情報と毒電波に侵された情報を見抜くことができますか?できませんよね。もしかしたら私たちが見ている者は全部このような電波により作られた偽物の情報かもしれないんです。
怪電波と言うべきか毒電波というべきか…とにかく、それを私たちのスマホが受信してこんなことになっているんです」
そう主張する日廻夏八の手には破壊された彼女のスマートフォンが握られていた。
春夏冬レンはただ横で、俯いて立っていることしかできなかった。
SCENE4 END
???
日廻夏八は夢から醒めてからずっと悪寒が走り、体の震えが止まらない。
感染症の類のそれとは違う。
恐怖だった。
恐ろしくて、恐ろしくてたまらない。
それは、ずっと彼女を見つめるあの視線のせいだろうか。
今までも視線を感じることはあったが、その非ではない。
明確な殺意と悪意があった。
動けずにいた彼女だが、たまらず部屋から飛び出していた。
ここにきた初日、花遊天親がしたのと同じように。
そして同様に、やはり逃げる先などなかった。
それでも走り続け、駅のホームまで走ってきたところで。
「ひぎゃあああ!」
ついに、隙間女は日廻夏八の目の前に姿を現した。
そしてその長く鋭い爪で……彼女に胸から腹にかけて一本の切り傷を与えた。
???③
傷は皮膚と肉をぱっくりと割り、日廻夏八の胴体には"隙間"ができた。
「やだ、助けて、私の体、どうなって…」
彼女の悲鳴を聞きつけた者。駅のホームにいた者達が見ている前で。
「ヒマワリ!」
声の主は、シャーロット・ワトソンだった。
日廻夏八の悲鳴を聞きつけ近寄ろうとするが、その光景を見ていち早く異変に気付いた鴉羽雨之助に止められ、近寄ることはできなかった。
シャーロットを亘貴が抱き止めたのを確認した鴉羽はすぐさま日廻のもとに駆け寄り助けようと試みる。
しかし助けようがなかった。
雨之助は日廻のぱっくり開いた腹部から見え隠れする臓器やおびただしい量の血液を。
内側から日廻の体をこじ開けるおぞましい手も、見てしまっていた。
「うそ…」
それが、日廻夏八の最後の言葉だった。
SCENE5 ①
先日の凄惨な出来事を受け、皆憔悴してきていた。
これまでの被害と言えば恐ろしい夢を見るということだけであったが、夢で見た怪異が実際に襲い掛かり、人を襲うという事実が明らかとなり悠長にしてはいられないという焦りが皆の心を蝕んでいた。
今すぐにでも、ここから脱出しなければならない。
「うーん…これ、やっぱり私達が死んだって記事は嘘なんじゃない?」
そんな中、野々宮真琴がインターネットを見ていると、日廻が〇〇駅で遺体となって発見されたという記事を目にした。
この記事が今出回るというのは、明らかに矛盾があった。
かつて阿墨が見つけた、
「ここにいる全員が山中で遺体として発見された」
という記事と矛盾している。
死亡が確認されたというニュースが期間を置いて二度も出るのはおかしい上、遺体発見場所も違う。
しかしその矛盾する二つの記事があるということは、どちらかは正しい可能性があるという可能性を真琴は考えた。
今見つけた記事もでたらめなものだという可能性ももちろんあるが、遺体として見つかったのは、ここで実際に亡くなった人物である日廻であったため辻褄は合う。
遺体がいきなりそんな場所に現れたというのも十分おかしな話ではあるが、現にここでは遺体が突如消えていた。
SCENE5 ②
まず、誰も知らない駅に辿りつき帰ることのできないこの状況自体がオカルトだ。
そのために、瞬間移動などというオカルトの可能性も否定しきれなかった。
「……え、まさか日廻おねえさんが言ってた怪電波とか毒電波とかいう頭おかしーものがほんとにあるってこと?そんなわけないじゃーん」
「当たり前やろ、んなもんあってたまるか」
一ノ瀬碧斗が顔を引きつらせながら言ったその言葉に返す花遊天親も眉間に皺が寄っていた。
実に非科学的な話だ。しかしその可能性を受け入れるのであれば、このスマートフォンから受け取る情報はやはり鵜吞みにできないだろう。
「ほんとにあるなら怪電波はどこから出ているんでしょうか?怪電波でなくても、何かあるかもしれないですよね」
「日廻を死なせたあの怪異や麻袋太郎の仕業なんだろうけど……そうだね、みんなで屋上とかを見に行ってみようか」
言いながら阿墨は先日の惨状を思い出し、軽く口元を押さえる。
自分たちはこれから、あのような仕打ちをする化け物に立ち向かおうとしている。
もしそれが奴らの気に障ってしまったら自分も、同じ目に遭わされるのではないか。
その可能性が真琴の頭によぎり、ゾッとした。
???
阿墨修二は夢から醒めてからずっと悪寒が走り、体の震えが止まらない。
恐ろしくて、恐ろしくてたまらない。
一人でいるからこんな気分になるのかもしれない。
人のいるところへ移動してみよう。阿墨はそう考え立ち上がる。
カタン
立ち上がった拍子に、何かが落ちてしまったようだ。
それは、箱だった。そしてその中には夢で見たような爪楊枝が。
崩してしまったというのか。夢の中では、そうなると----
「こんな箱、なかっただろ」
言い終わる前に、ズル…ズル…という音がした。
ザっと血の気が引く感覚があった。
顔を上げてはいけない。開けたら俺はきっと…。
だが、下を向いている阿墨の視界には、非常に太い蛇のようなものが見えていた。
もう逃げられない。
いや、相手の動きは早くなかったはずだ。
手を出されてからでは遅い、今すぐ逃げなければ!
そう思い阿墨が顔を上げると、奴と目が合った。
???⑤
「そいつなら好きにしていいよ」
温厚な性格であったはずの阿墨が助かるために取った行動は、六歳である春夏冬レンを蹴り飛ばし姦姦蛇螺に差し出すという卑劣極まりないものだった。
しかし姦姦蛇螺は阿墨のその発言を聞くと、鬼のような形相となり阿墨の元へと向かった。
そして下半身の蛇の体を阿墨の下肢に巻き付ける。これでもう、阿墨は逃げられなくなった。
「ふざけんな!なんで俺なんだよ!やめろ、代わりがいるだろ!」
そう言って春夏冬レンを指さす左腕を姦姦蛇螺が掴んだ。
強い力に、阿墨を睨みつける視線。姦姦蛇螺が向ける感情が憎悪であることを阿墨は理解した。
なぜ自分が憎悪の感情を向けられるのかわからない。
それを解消すれば助かるのだろうか?そんなことを考えていると、掴まれた腕が強く引っ張られた。
あまりにも強い力により、ゴキンという脱臼する音と共に強い痛みが阿墨を襲った。
その痛みと恐怖に耐えきれず、気づけば悲鳴を上げていた。
先ほどの阿墨の怒号に加えその悲鳴を聞きつけた他の者が続々と集まっていた。
脱臼してなお、姦姦蛇螺は阿墨の腕を引っ張り続けていた。
その力はどんどん強くなっていき、ついには。
???⑧
アオーーン!!
麻袋太郎が遠吠えをする。
その途端、阿墨の遺体はこの場から消え去ってしまった。
その後は、恐怖により泣きじゃくる春夏冬レンの声と、抱きしめて安心させようと声をかけ続ける鴉羽雨之助の声が、この駅のホームに響き続けていた。
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昨夜未明、〇〇駅入り口にて阿墨修二さん(20)が遺体となって発見されました。
遺体は両腕を切断されていました。
また、腹部から足先にかけての全てを欠損しており、そちらは未だ見つかっておりません。
警察は事件の可能性を追って捜査を進めています。
被害者は先月から行方不明となっていました。
-------------------------
阿墨修二 死亡END
???
民謡が聞こえてくる。
何故かその歌が嫌なものだと,
花遊天親は感じた。
この感じはよくない。
ぞわぞわと鳥肌が立っている。
民謡のほかに、もう一つ音があることに気が付いた。
それは、足音だった。
「冗談やないぞ…」
民謡のような歌を歌いながら近づいてくるそれが人ではないことに気が付いてしまった。
それは、花遊天親がこの駅に着いてすぐに、それと、夢の中でも何度も遭遇したあの怪異、"邪視"だった。
夢の中でそいつと会った時、幾度となく酷い目に遭っていた。
見てはいけない。見たら自分はきっとおかしくなる。
天親は全力で走るが、邪視との距離を離せているようには到底感じられない。
息が苦しい。
息を整えようと冷蔵庫の陰に隠れ足を止めたその時、左手に強い衝撃が来た。
そして感じるのは重みと痛み。
その痛みの正体は、天親自身の手を貫通するほど深く刺さった小型の鎌だった。
その鎌は夢で何度も見たあいつが手に持っていた。
つまり、この鎌を刺した犯人も……。
???④
まだ消えることができない。痛い。
痛い。早く終わってほしい。
痛い。
そんな思考をしながらも手は自身の喉を刺すのをやめない。
人一倍生存意欲の高かった花遊天親はそんなことを考える人間ではなかっただろうが、邪視という怪異による精神の支配からは逃げられなかった。
「なにしてんですか花遊さん!押さえよう亘さん!」
食堂に来た野々宮真琴と亘貴がそんな天親を見つけ必死に止めるが、彼の抵抗は強かった。
なんとか止めて助けたいのだが、二人がかりで押さえつけるのがやっとだった。
ヒューヒューと息を吐きながらもまだ自害しようとする天親を手当てすることもできず、人を呼ぶこともできず。
押さえつけ説得する中、花遊天親の体は冷たくなっていった。
「ワウワウ!手遅れになったワウ!」
アオーーン!
麻袋太郎が吼えると、真琴と貴の腕の中にいた花遊天親の遺体は消え去ってしまった。
SCENE6 ①
日廻夏八は気がおかしくなった末に。阿墨修二は自らが生きるために残忍な行動に走り、両者とも怪異により命を落とた。
更には花遊天親までもが自害をし、その場に居合わせた野々宮真琴と亘貴も心に傷を負っている。
他の者も気落ちしている者が増えていた。春夏冬レンの精神状態にも気を配った方が良いだろう。
「落ち込んでばかりはいられませんわ!皆さんで生きて帰らなければ……え?」
サラがなんとか手掛かりを探そうとスマートフォンで情報収集をしていると、信じられないものを目にした。
それは西園寺家が破滅したというニュース記事。
両親にも連絡がつかず、正しい状況を把握するすべがない。
そもそも両親は無事なのだろうか?春夏冬レンの両親や日廻の姉の件がサラの頭をよぎる。
だが、二人の件があったうえでのこのニュースはやはり信用できるものだとは思えなかった。ここに集められた者のうち、三名の身内がほぼ同時期に亡くなったり家庭が崩壊することなど、偶然にしてはできすぎている。
皆を追い詰めるためのフェイクニュースだと考えられる。
SCENE6 ②
しかし、断定はできなかった。
外の情勢が大変なことになっているかもしれない。
あるいは、身内に不幸が訪れる者がここに集められた…いや、そんな未来のことは誰にもわからない。
だが、誰かが意図的に「ここにいる者の関係者を死に至らせているのだとしたら?」
様々な想像はできるものの、やはり断定できるものなどなかった。
ただ一つ、確定しているのは。
西園寺家を信じているということ。
そう決意する彼女には、先ほどから気になっていたことがあった。
今、サラは自室に一人でいるはずなのに何者かからの視線を感じている。
そのため何度か顔を上げるが、やはりだれもいない。
「気のせいなのでしょうか……あら?」
この部屋のドアの下に、何かが見える。
近づいてみるとそれは手だった。手はこちら側に侵入しようと這い出てくる。
ずるりと這い出てきたのは--。
SCENE6 ⑨
[視点]西園寺サラ
「お会いしたかったですわ日廻さん!」
「随分様子が変わられていますわね…お話は聞いていましたわ。教えてくださいまし、いったい、貴女に何があったというのですか?」
サラがそう問いかけると日廻の顔をした"それ"はニコリと笑う。
サラの隣に座り、サラの顔を見つめたかと思うと、肩を掴んでジッと目を合わせてきた。
「日廻さん?答えてくださらないのですか?それに貴女は本当に、もう…」
「危ないワウ!サラちゃん!」
「きゃあああ!何をしますのこの犬!」
麻袋太郎はまたもや現れると、日廻の顔をしたそれの首に勢いよく嚙みついた。
痛みと恐怖によりそのまま逃げだした"それ"をサラと真琴が追おうとするが、隙間に入ったまま見えなくなってしまった。
「あいつらにはよく言い聞かせておくワウ!サラちゃん無事でよかったワウ!」
「何を言っていますの?」
あれは死んだはずの日廻夏八の顔をしていた。
しかし、人間では通れるはずのないドアの下の隙間からこの部屋に侵入してきたのだ。
言いたいことがあったはずだが、麻袋太郎が怪異から自分を助けようとしたという事実に気づき、サラは当惑した。
???①
「アメノスケほんと!?ほんとに出口が見つかったの?」
「ああそうだよシャロちゃん、ついておいで」
シャーロット・ワトソンの目の前にいる鴉羽雨之助は出口を見つけたと言い、シャーロットの手を引き、歩き出す。
もうこんな悲しくて怖いことは続いてほしくないと考えていたシャーロットは、ようやく見えた希望に胸をなでおろした。
これまで犠牲になった者たちのことが頭をよぎり、胸が締め付けられる。
雨之助はシャーロットの手を引き、線路を歩き出す。
「ねえアメノスケ、ここを歩くの?前は何もなかったわ。それに、他のみんなも呼ぶべきだわ」
「………」
「アメノスケ?」
何かを考えこんでいるのだろうか?
「ワウワウ!」
雨之助の返事を待っていた時に現れたのは麻袋太郎だった。
「タロウ…私たちね、もう帰るのよ」
「帰る?そこを歩いたって帰れないワウ。早くみんなのとこに戻るワウ」
「え?だってアメノスケが出口を見つけたのよ。ねえアメノスケ?」
???①
西園寺サラは夢から醒めてからずっと悪寒を感じていた。。
電話の着信音が鳴る。
連日の恐ろしい夢もあり、電話の音が聞こえると余計に恐ろしい気分になる。
しかし、家族かもしれない。警察かもしれない。
なんにせよ、今外部からの連絡を無視したくないという気持ちがあった。
電話に出ると。
「私メリーさん。今、駅のホームにいるの」
これは夢で幾度となくかかってきたような電話だった。
ただ違うのは、伝えられた場所だった。
夢の中ではゴミ捨て場だったはず。
別人だろうか?と考える。
「夢でお会いしていた方でしょうか?もしもし?」
サラがそう答えるも、通話は既に切れていた。
すぐにまた着信音が鳴り、通話に応答する。
「私メリーさん。今、ホテルの前にいるの」
「ホテルの前ですか?わかりましたわ、サラがそちらに向かいます。少しそこでお待ちいただいて…あら?」
???⑤
やはり、会ってはいけないモノだったのだとサラが判断した時にはもう遅かった。
強い痛みを感じ、呼吸もうまくできなくなっていた。
部屋に向かってくる誰かの足音が聞こえた。
「え?何かあったの?……サラさん!?ちょっと、しっかりしてください!」
倒れこむサラに駆け寄る真琴と、その後ろで青い顔をして震える碧斗の顔が見える。
寒い。体が冷たくなっていく感覚だった。
メリーさんの顔を見ようと視線を向けると、メリーさんは少し笑っているように見えた。
だが、その顔は少し悲しそうにも見えたのだった。
アオーーン!
麻袋太郎の遠吠えが聞こえると、真琴の腕の中にいたサラの姿は消えてなくなってしまった。
-------------------------
昨夜未明、××駅入り口にて西園寺サラさん(19)が遺体となって発見されました。
遺体は胸部に刺傷があり、警察は事件の可能性を追って捜査を進めています。
被害者は先月から行方不明となっていました。
-------------------------
西園寺サラ 死亡END
SCENE8 ①
ずっと、何かを忘れている気がしていた。
忘れちゃいけない何かを。
ようやくわかった。思い出してしまった。
あのニュースは嘘じゃないんだってこと。
なんでみんながここに連れてこられたのかを僕はずっと忘れていた。
八尺様は僕を襲う気はなかったんだ。
だって、ずっと僕に対して優しい目をしていたから。
阿墨お兄さんが僕のことを姦姦蛇螺に襲わせようとしたとき、なんで姦姦蛇螺はあんなに怒っていたのか。
自分を見捨てた村人と同じことを阿墨お兄さんがしたから。
けど理由はまだあったんだろうな。
だってあの中には、"僕の従姉妹のお姉ちゃん"がいたから。
そうだ、僕はいなくなっちゃったみんなを取り戻したかったんだ。
いなくなっちゃった、大切な九人を。
SCENE8 ③
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【二か月前】
「ワウワウ!君一人ぼっちだワウ?悲しいワウ!そんなに泣いてるとその黄色い花も水色になっちゃうワン!ドラちゃんワウ!」
僕が公園で泣いてお願いをしているとき、彼が話しかけてくれた。
僕が泣いている理由を話すと、彼はゆっくり聞いてくれた。
「それじゃあ、みんなを取り戻したいワウ?」
「うん、帰って、来てほしい…」
「ワウワウ、それじゃあイケニエがいれば戻してあげるワウ!イケニエはワウが選んで連れてくるワウ…どう?」
「イケニエ?それって…代わりの人が死んじゃうってこと?」
彼は嬉しそうに何度も頷いた。
僕は一瞬悪い気がしたけどそれでも、どうしてもみんなに帰ってきてほしかった。
「…それでも、みんなに帰ってきてほしいから。イケニエさんごめんなさい…
おねがいします、せんじゅさま」
せんじゅさまは常世の者の願いを叶え、常世を正す存在である。
…難しい言葉だったけど、調べたんだ。
せんじゅさまは、願いをかなえてくれる優しい都市伝説さんなんだ。
SCENE9 ①
「僕の願い事、これ以上は無かったことに、してください…」
目の前でボロボロと涙を流す六歳の男の子、春夏冬レン。
春夏冬レンの家族は次々と死を遂げたり失踪したりといったことが続いたという。
そしてそれを救うため、ここに生贄となる人間が呼ばれた。
それが、今回の事件の真相だった。
彼こそが、この怪奇現象と凄惨な事件の黒幕。
いや、こんなのは黒幕と言っていいのだろうか?
「レンくんの大切な人達よりもここで会ったこいつらを優先するワウ?レンくんの大切な人達はきっと言ってるワウよ?"レンくんたすけて~"って!それなのに助けてあげないワウ?」
「どういうことだ?」
「貴くん、君が代わりに怪異の生贄になればレンくんの大切な人が助かるワウ!みどりガッパに入ってるのは…レンくんのお兄ちゃんだったワウ?」
それを聞いた亘貴の顔は一気に青ざめた。
だんだんとわかってきた。
何故亘貴、一ノ瀬碧斗、西園寺サラは助けて、死んでいった者達のことは助けなかったのか。
SCENE9 ②
レンの家族の身代わりにする必要があったから関係ない死に方をされては困るのだ。
ここで亡くなった者たちは元々、レンが取り戻したいと思っていた人間ではないから当然助けない。
怪異に取り殺させることに意味があったから。
「せんじゅさまは願いを叶えるワウよ~。レンくんがいる限りはそうする義務があるからね」
"レンくんがいる限りは"
こいつはそういう言い方をした。
つまり、願ったレンがいなくなった時に初めて願いを終わらせられるというのだ。
「やっぱ、阿墨おにーさんのしたこと正しかったんじゃん」
碧斗がボソッと呟いたその言葉が春夏冬レンの耳まで届いてしまった。
だが碧斗の本音だった。
大人で聡明な阿墨が命を落としたことは悲しかったから。
大人への憧れが大きい碧斗はそう感じてしまっていたのだった。
「そうじゃないだろ。それは言ってはいけないことだ」
だって本当のことじゃんとでも言いたげな顔をするが、今そのことで揉めても仕方が無かった。
SCENE9 ③
今、自分たちがせんじゅさまに願いごとをすれば聞いてもらえるのだろうか?
しかし、その願いの代償がどうなるのかはわからない。
せんじゅさまとは、願いをそのまま素直に叶えてくれる優しい怪異ではないようだから。
「……僕がいなくなったら…」
春夏冬レンはそう呟き考えたのち、覚悟を決めたような顔で言った。
「お母さん……ううん、"八尺様"。僕を連れて行ってください」
これが、春夏冬レンの答えだった。
八尺様の都市伝説通りになろうというのだ。
八尺様に魅入られ、子供が連れていかれるという都市伝説。
これが実行されることで願った春夏冬レンがいなくなり、皆がここにいる理由がなくなるというのだ。
「そんなのダメだよ!私たちのためにレンくんが帰れないなんて…他の方法を探そうよ…」
「あのね真琴お姉さん、僕死んじゃうんじゃないんですよ。この八尺様は…お母さんは僕にそんなことするはずないんだ。だから、大丈夫です…それに、こうすればお母さんと一緒にいれるから」
SCENE9 ④
怪異となってなお、レンへの愛情が残り続けた八尺様。他の怪異達も、自我ははっきりしないまでもレンへの愛情は少しだけだっととしても、0ではないのかもしれない。
怪異となった大切な者達と生涯を共にする決心を、レンは固めていた。
「それでいいんだよね…せんじゅさま」
「ワウ!じゃあこれで願いは終了としますワウ」
麻袋太郎と名乗る怪異、せんじゅさまは春夏冬レンの提案に乗るようだった。
八尺様は背を向けて歩き出す。レンも皆に頭を下げ、そのまま一緒に歩き出した。
止めなければいけないと思っていた。
しかし、母や家族、大切な友人は怪異となってもレンへの愛情はかすかに残っていた。
そんな者達と離れることが正しいのかもわからず、一同はもう止めることができなかった。
レンは皆を守る選択をした。
大切な人に、新たな大切な人を襲わせない選択をした。
???②
やはり、すぐに切られてしまっていた。
ホテルの前であればすぐに会えるのではないか、と思考が働いた。
しかし、会っても良いのだろうか。夢の中でサラは一度、メリーさんに刺されていた。
そんなことを少し考えた時に、ふと阿墨の事件の話を思い出す。
『春夏冬レンを犠牲に生きようとした阿墨を見て、怪異が怒っていたような様子があった』
という、話。
その話が本当であれば、怪異は目の前で起こっていることを理解する程度の知能はあると考えられる。
怪異となってしまったと思われる鴉羽雨之助は、シャーロットや碧斗と会話をしていたという話もあった。
メリーさんも言葉を話していた。それならば、対話もできる可能性がある。
対話をすればこの状況を把握できるかもしれない。
うまくいけば、説得できるのではないだろうか。
そんな一抹の望みを抱いた時、着信音が鳴った。
「私メリーさん、今、あなたの部屋の前にいるの」