SCENE5 ①
先日の凄惨な出来事を受け、皆憔悴してきていた。
これまでの被害と言えば恐ろしい夢を見るということだけであったが、夢で見た怪異が実際に襲い掛かり、人を襲うという事実が明らかとなり悠長にしてはいられないという焦りが皆の心を蝕んでいた。
今すぐにでも、ここから脱出しなければならない。
「うーん…これ、やっぱり私達が死んだって記事は嘘なんじゃない?」
そんな中、野々宮真琴がインターネットを見ていると、日廻が〇〇駅で遺体となって発見されたという記事を目にした。
この記事が今出回るというのは、明らかに矛盾があった。
かつて阿墨が見つけた、
「ここにいる全員が山中で遺体として発見された」
という記事と矛盾している。
死亡が確認されたというニュースが期間を置いて二度も出るのはおかしい上、遺体発見場所も違う。
しかしその矛盾する二つの記事があるということは、どちらかは正しい可能性があるという可能性を真琴は考えた。
今見つけた記事もでたらめなものだという可能性ももちろんあるが、遺体として見つかったのは、ここで実際に亡くなった人物である日廻であったため辻褄は合う。
遺体がいきなりそんな場所に現れたというのも十分おかしな話ではあるが、現にここでは遺体が突如消えていた。
SCENE5 ②
まず、誰も知らない駅に辿りつき帰ることのできないこの状況自体がオカルトだ。
そのために、瞬間移動などというオカルトの可能性も否定しきれなかった。
「……え、まさか日廻おねえさんが言ってた怪電波とか毒電波とかいう頭おかしーものがほんとにあるってこと?そんなわけないじゃーん」
「当たり前やろ、んなもんあってたまるか」
一ノ瀬碧斗が顔を引きつらせながら言ったその言葉に返す花遊天親も眉間に皺が寄っていた。
実に非科学的な話だ。しかしその可能性を受け入れるのであれば、このスマートフォンから受け取る情報はやはり鵜吞みにできないだろう。
「ほんとにあるなら怪電波はどこから出ているんでしょうか?怪電波でなくても、何かあるかもしれないですよね」
「日廻を死なせたあの怪異や麻袋太郎の仕業なんだろうけど……そうだね、みんなで屋上とかを見に行ってみようか」
言いながら阿墨は先日の惨状を思い出し、軽く口元を押さえる。
自分たちはこれから、あのような仕打ちをする化け物に立ち向かおうとしている。
もしそれが奴らの気に障ってしまったら自分も、同じ目に遭わされるのではないか。
その可能性が真琴の頭によぎり、ゾッとした。
???
阿墨修二は夢から醒めてからずっと悪寒が走り、体の震えが止まらない。
恐ろしくて、恐ろしくてたまらない。
一人でいるからこんな気分になるのかもしれない。
人のいるところへ移動してみよう。阿墨はそう考え立ち上がる。
カタン
立ち上がった拍子に、何かが落ちてしまったようだ。
それは、箱だった。そしてその中には夢で見たような爪楊枝が。
崩してしまったというのか。夢の中では、そうなると----
「こんな箱、なかっただろ」
言い終わる前に、ズル…ズル…という音がした。
ザっと血の気が引く感覚があった。
顔を上げてはいけない。開けたら俺はきっと…。
だが、下を向いている阿墨の視界には、非常に太い蛇のようなものが見えていた。
もう逃げられない。
いや、相手の動きは早くなかったはずだ。
手を出されてからでは遅い、今すぐ逃げなければ!
そう思い阿墨が顔を上げると、奴と目が合った。
???⑤
「そいつなら好きにしていいよ」
温厚な性格であったはずの阿墨が助かるために取った行動は、六歳である春夏冬レンを蹴り飛ばし姦姦蛇螺に差し出すという卑劣極まりないものだった。
しかし姦姦蛇螺は阿墨のその発言を聞くと、鬼のような形相となり阿墨の元へと向かった。
そして下半身の蛇の体を阿墨の下肢に巻き付ける。これでもう、阿墨は逃げられなくなった。
「ふざけんな!なんで俺なんだよ!やめろ、代わりがいるだろ!」
そう言って春夏冬レンを指さす左腕を姦姦蛇螺が掴んだ。
強い力に、阿墨を睨みつける視線。姦姦蛇螺が向ける感情が憎悪であることを阿墨は理解した。
なぜ自分が憎悪の感情を向けられるのかわからない。
それを解消すれば助かるのだろうか?そんなことを考えていると、掴まれた腕が強く引っ張られた。
あまりにも強い力により、ゴキンという脱臼する音と共に強い痛みが阿墨を襲った。
その痛みと恐怖に耐えきれず、気づけば悲鳴を上げていた。
先ほどの阿墨の怒号に加えその悲鳴を聞きつけた他の者が続々と集まっていた。
脱臼してなお、姦姦蛇螺は阿墨の腕を引っ張り続けていた。
その力はどんどん強くなっていき、ついには。
???⑧
アオーーン!!
麻袋太郎が遠吠えをする。
その途端、阿墨の遺体はこの場から消え去ってしまった。
その後は、恐怖により泣きじゃくる春夏冬レンの声と、抱きしめて安心させようと声をかけ続ける鴉羽雨之助の声が、この駅のホームに響き続けていた。
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昨夜未明、〇〇駅入り口にて阿墨修二さん(20)が遺体となって発見されました。
遺体は両腕を切断されていました。
また、腹部から足先にかけての全てを欠損しており、そちらは未だ見つかっておりません。
警察は事件の可能性を追って捜査を進めています。
被害者は先月から行方不明となっていました。
-------------------------
阿墨修二 死亡END
???
民謡が聞こえてくる。
何故かその歌が嫌なものだと,
花遊天親は感じた。
この感じはよくない。
ぞわぞわと鳥肌が立っている。
民謡のほかに、もう一つ音があることに気が付いた。
それは、足音だった。
「冗談やないぞ…」
民謡のような歌を歌いながら近づいてくるそれが人ではないことに気が付いてしまった。
それは、花遊天親がこの駅に着いてすぐに、それと、夢の中でも何度も遭遇したあの怪異、"邪視"だった。
夢の中でそいつと会った時、幾度となく酷い目に遭っていた。
見てはいけない。見たら自分はきっとおかしくなる。
天親は全力で走るが、邪視との距離を離せているようには到底感じられない。
息が苦しい。
息を整えようと冷蔵庫の陰に隠れ足を止めたその時、左手に強い衝撃が来た。
そして感じるのは重みと痛み。
その痛みの正体は、天親自身の手を貫通するほど深く刺さった小型の鎌だった。
その鎌は夢で何度も見たあいつが手に持っていた。
つまり、この鎌を刺した犯人も……。
???④
まだ消えることができない。痛い。
痛い。早く終わってほしい。
痛い。
そんな思考をしながらも手は自身の喉を刺すのをやめない。
人一倍生存意欲の高かった花遊天親はそんなことを考える人間ではなかっただろうが、邪視という怪異による精神の支配からは逃げられなかった。
「なにしてんですか花遊さん!押さえよう亘さん!」
食堂に来た野々宮真琴と亘貴がそんな天親を見つけ必死に止めるが、彼の抵抗は強かった。
なんとか止めて助けたいのだが、二人がかりで押さえつけるのがやっとだった。
ヒューヒューと息を吐きながらもまだ自害しようとする天親を手当てすることもできず、人を呼ぶこともできず。
押さえつけ説得する中、花遊天親の体は冷たくなっていった。
「ワウワウ!手遅れになったワウ!」
アオーーン!
麻袋太郎が吼えると、真琴と貴の腕の中にいた花遊天親の遺体は消え去ってしまった。
SCENE6 ①
日廻夏八は気がおかしくなった末に。阿墨修二は自らが生きるために残忍な行動に走り、両者とも怪異により命を落とた。
更には花遊天親までもが自害をし、その場に居合わせた野々宮真琴と亘貴も心に傷を負っている。
他の者も気落ちしている者が増えていた。春夏冬レンの精神状態にも気を配った方が良いだろう。
「落ち込んでばかりはいられませんわ!皆さんで生きて帰らなければ……え?」
サラがなんとか手掛かりを探そうとスマートフォンで情報収集をしていると、信じられないものを目にした。
それは西園寺家が破滅したというニュース記事。
両親にも連絡がつかず、正しい状況を把握するすべがない。
そもそも両親は無事なのだろうか?春夏冬レンの両親や日廻の姉の件がサラの頭をよぎる。
だが、二人の件があったうえでのこのニュースはやはり信用できるものだとは思えなかった。ここに集められた者のうち、三名の身内がほぼ同時期に亡くなったり家庭が崩壊することなど、偶然にしてはできすぎている。
皆を追い詰めるためのフェイクニュースだと考えられる。
SCENE6 ②
しかし、断定はできなかった。
外の情勢が大変なことになっているかもしれない。
あるいは、身内に不幸が訪れる者がここに集められた…いや、そんな未来のことは誰にもわからない。
だが、誰かが意図的に「ここにいる者の関係者を死に至らせているのだとしたら?」
様々な想像はできるものの、やはり断定できるものなどなかった。
ただ一つ、確定しているのは。
西園寺家を信じているということ。
そう決意する彼女には、先ほどから気になっていたことがあった。
今、サラは自室に一人でいるはずなのに何者かからの視線を感じている。
そのため何度か顔を上げるが、やはりだれもいない。
「気のせいなのでしょうか……あら?」
この部屋のドアの下に、何かが見える。
近づいてみるとそれは手だった。手はこちら側に侵入しようと這い出てくる。
ずるりと這い出てきたのは--。
SCENE6 ⑨
[視点]西園寺サラ
「お会いしたかったですわ日廻さん!」
「随分様子が変わられていますわね…お話は聞いていましたわ。教えてくださいまし、いったい、貴女に何があったというのですか?」
サラがそう問いかけると日廻の顔をした"それ"はニコリと笑う。
サラの隣に座り、サラの顔を見つめたかと思うと、肩を掴んでジッと目を合わせてきた。
「日廻さん?答えてくださらないのですか?それに貴女は本当に、もう…」
「危ないワウ!サラちゃん!」
「きゃあああ!何をしますのこの犬!」
麻袋太郎はまたもや現れると、日廻の顔をしたそれの首に勢いよく嚙みついた。
痛みと恐怖によりそのまま逃げだした"それ"をサラと真琴が追おうとするが、隙間に入ったまま見えなくなってしまった。
「あいつらにはよく言い聞かせておくワウ!サラちゃん無事でよかったワウ!」
「何を言っていますの?」
あれは死んだはずの日廻夏八の顔をしていた。
しかし、人間では通れるはずのないドアの下の隙間からこの部屋に侵入してきたのだ。
言いたいことがあったはずだが、麻袋太郎が怪異から自分を助けようとしたという事実に気づき、サラは当惑した。
???①
「アメノスケほんと!?ほんとに出口が見つかったの?」
「ああそうだよシャロちゃん、ついておいで」
シャーロット・ワトソンの目の前にいる鴉羽雨之助は出口を見つけたと言い、シャーロットの手を引き、歩き出す。
もうこんな悲しくて怖いことは続いてほしくないと考えていたシャーロットは、ようやく見えた希望に胸をなでおろした。
これまで犠牲になった者たちのことが頭をよぎり、胸が締め付けられる。
雨之助はシャーロットの手を引き、線路を歩き出す。
「ねえアメノスケ、ここを歩くの?前は何もなかったわ。それに、他のみんなも呼ぶべきだわ」
「………」
「アメノスケ?」
何かを考えこんでいるのだろうか?
「ワウワウ!」
雨之助の返事を待っていた時に現れたのは麻袋太郎だった。
「タロウ…私たちね、もう帰るのよ」
「帰る?そこを歩いたって帰れないワウ。早くみんなのとこに戻るワウ」
「え?だってアメノスケが出口を見つけたのよ。ねえアメノスケ?」
???③
---------------------
「えー?それマ?ほんとに警察がこっちに向かってるの?」
「ああ本当だよ。さっき警察から電話があったんだ」
「それもフェイクの可能性あるんじゃないの?」
「いいや、先ほど到着して麻袋太郎君のことも押さえ込んでいたからね」
「えっ……」
シャーロットがホテルに戻ると、鴉羽雨之助と一ノ瀬碧斗のそんな会話が聞こえてきた。
シャーロットはザっと血の気が引いた。
鴉羽雨之助はずっとシャーロットと共におり、今だって自分の後ろにいるはずなのに目の前で一ノ瀬碧斗と会話をしているのだ。
それに、麻袋太郎は押さえられてなどいないし警察が来た様子だってなかった。
振り返ると、自分と一緒にいたはずの雨之助はいなかった。
「なんなの、これ…?嘘よ。アメノスケは、こんな嘘をつく人じゃないもの…あなた、誰なの?」
そう言いながら碧斗と雨之助に近づいていたその時、青い顔をした亘貴と西園寺サラが現れた。
「みんな来てくれ……話があるんだ」
「私もなのよ!あのね、アメノスケが……」
???⑧
そうだ。あれは、雨之助の表情ではなかったのだ。
麻袋太郎が吼える中、鴉羽雨之助の遺体は消え去ってしまった。
--------------------------------
「…アメノスケ」
幼いシャーロットにも、状況が理解できてしまった。
立て続けに消えてしまった三人はいなくなってしまったのかもしれないと思い込もうとしていた。
しかし、冷たくなった鴉羽雨之助の姿を見た時に、現実を受け入れるしかなくなった。
「……もう、苦しまないでね」
シャーロットの記憶にこびりついた日廻と阿墨の悲鳴。
少しだけ見えた、暴れる天親の姿。
そして…静かに息を引き取っていた雨之助。
もう誰も苦しむことが無いよう、安らかに眠れるよう、祈っていた。
弔いの気持ちを込め折った折り紙の花を、そっと雨之助のベッドに置いた。
???⑩
[夜]
どこからか笑い声が聞こえる。
寒い。
目を覚ましたシャーロット・ワトソンは酷い寒さに震えていた。今まで、この場所でここまでの寒さを感じたことはなかった。
そして目の前には、白い小人がいた。
シャーロットの服の裾をクイクイと引っ張るそれに、シャーロットは恐怖を覚えた。
誰も欠けていなかった頃であれば、楽しく話しかけられただろう。
夢の中のように、遊んでいたかもしれない。
だが、夢の中でこの怪異が自分や友達に酷いことをしていたのも見ていた。
無条件に楽しく遊ぶことのできる相手では、無くなっていた。
そんな思いからシャーロットが俯くと、その怪異は気を悪くしたようでシャーロットを恐ろしい顔で睨みつけた。
怖い、逃げたい。
このままではみんなを巻き添えにしてしまうかもしれない。
そんな、様々な思いが入り交じり、シャーロットは走り出していた。
雨之助の顔が浮かぶが、頼れる彼はもういない。
しかし涙が浮かんだその時、涙が冷たくなるのを感じた。
凍っている。
逃げられてなどいなかった。
SCENE8 ⑥
「せんじゅさま…僕、もういいです。みんなを、帰してあげてください…みんな、ごめんなさい」
春夏冬レンはボロボロと大粒の涙を零しながら皆に頭を下げ、経緯を説明した。
全ては、大切な人間を取り戻すため、春夏冬レンが怪異に願ったことで始まった惨劇だった。
SCENE8 END
SCENE9 ①
「僕の願い事、これ以上は無かったことに、してください…」
目の前でボロボロと涙を流す六歳の男の子、春夏冬レン。
春夏冬レンの家族は次々と死を遂げたり失踪したりといったことが続いたという。
そしてそれを救うため、ここに生贄となる人間が呼ばれた。
それが、今回の事件の真相だった。
彼こそが、この怪奇現象と凄惨な事件の黒幕。
いや、こんなのは黒幕と言っていいのだろうか?
「レンくんの大切な人達よりもここで会ったこいつらを優先するワウ?レンくんの大切な人達はきっと言ってるワウよ?"レンくんたすけて~"って!それなのに助けてあげないワウ?」
「どういうことだ?」
「貴くん、君が代わりに怪異の生贄になればレンくんの大切な人が助かるワウ!みどりガッパに入ってるのは…レンくんのお兄ちゃんだったワウ?」
それを聞いた亘貴の顔は一気に青ざめた。
だんだんとわかってきた。
何故亘貴、一ノ瀬碧斗、西園寺サラは助けて、死んでいった者達のことは助けなかったのか。
SCENE9 ②
レンの家族の身代わりにする必要があったから関係ない死に方をされては困るのだ。
ここで亡くなった者たちは元々、レンが取り戻したいと思っていた人間ではないから当然助けない。
怪異に取り殺させることに意味があったから。
「せんじゅさまは願いを叶えるワウよ~。レンくんがいる限りはそうする義務があるからね」
"レンくんがいる限りは"
こいつはそういう言い方をした。
つまり、願ったレンがいなくなった時に初めて願いを終わらせられるというのだ。
「やっぱ、阿墨おにーさんのしたこと正しかったんじゃん」
碧斗がボソッと呟いたその言葉が春夏冬レンの耳まで届いてしまった。
だが碧斗の本音だった。
大人で聡明な阿墨が命を落としたことは悲しかったから。
大人への憧れが大きい碧斗はそう感じてしまっていたのだった。
「そうじゃないだろ。それは言ってはいけないことだ」
だって本当のことじゃんとでも言いたげな顔をするが、今そのことで揉めても仕方が無かった。
SCENE9 ③
今、自分たちがせんじゅさまに願いごとをすれば聞いてもらえるのだろうか?
しかし、その願いの代償がどうなるのかはわからない。
せんじゅさまとは、願いをそのまま素直に叶えてくれる優しい怪異ではないようだから。
「……僕がいなくなったら…」
春夏冬レンはそう呟き考えたのち、覚悟を決めたような顔で言った。
「お母さん……ううん、"八尺様"。僕を連れて行ってください」
これが、春夏冬レンの答えだった。
八尺様の都市伝説通りになろうというのだ。
八尺様に魅入られ、子供が連れていかれるという都市伝説。
これが実行されることで願った春夏冬レンがいなくなり、皆がここにいる理由がなくなるというのだ。
「そんなのダメだよ!私たちのためにレンくんが帰れないなんて…他の方法を探そうよ…」
「あのね真琴お姉さん、僕死んじゃうんじゃないんですよ。この八尺様は…お母さんは僕にそんなことするはずないんだ。だから、大丈夫です…それに、こうすればお母さんと一緒にいれるから」
SCENE9 ④
怪異となってなお、レンへの愛情が残り続けた八尺様。他の怪異達も、自我ははっきりしないまでもレンへの愛情は少しだけだっととしても、0ではないのかもしれない。
怪異となった大切な者達と生涯を共にする決心を、レンは固めていた。
「それでいいんだよね…せんじゅさま」
「ワウ!じゃあこれで願いは終了としますワウ」
麻袋太郎と名乗る怪異、せんじゅさまは春夏冬レンの提案に乗るようだった。
八尺様は背を向けて歩き出す。レンも皆に頭を下げ、そのまま一緒に歩き出した。
止めなければいけないと思っていた。
しかし、母や家族、大切な友人は怪異となってもレンへの愛情はかすかに残っていた。
そんな者達と離れることが正しいのかもわからず、一同はもう止めることができなかった。
レンは皆を守る選択をした。
大切な人に、新たな大切な人を襲わせない選択をした。
SCENE10 エピローグ①
八尺様と春夏冬レンが消えると、駅にアナウンスが響いた。
『一番線に普通列車、〇〇行きが到着します。危ないですので、黄色い線の内側に下がっておまちください』
ずっと待ちわびていた言葉だった。
本当にこの惨劇が終わるというのだろうか。
これは罠ではないか。
これに乗ったら皆死んでしまうのでは…。
そんな不安もあるものの、ここで乗らなければもう帰る手段など本当になくなってしまうだろう。
「みんな、乗ろう」
ホームに来た電車に三人で乗る。
不安から、広い車両でみんなでくっついて並んで座ることにした。
皆で無事帰れたことを確認するため、降りる時も、同じ駅で降りようと話しながら。
最年少である、一ノ瀬碧斗の最寄り駅で降りることが決まった。
『次は~△△駅~△△駅~~お降りの際は…』
聞き覚えのある駅。
「ここって前に亘さんと話してた大学の近くじゃない?」
そういえばこの駅は受験候補の一つである大学の最寄り駅だったな、と亘貴は思い出す。
ああ、本当に帰ってこれたのだ。
SCENE10 エピローグ③
------------------------------------------
【数日後】
「碧斗お前ずっとどこ行ってたんだよ!」
「碧斗くん大丈夫?私、もう会えないのかと思っちゃったよ!」
一ノ瀬碧斗のクラスの教室ではそんな会話が繰り広げられ、碧斗の机の周りには人だかりができていた。
「だーから知らない駅に着いて帰れなくなってたんだって!」
「いやお前それきさらぎ駅じゃん!」
「それ載せたらバズるんじゃね?」
一ノ瀬碧斗のいつものような日常。
それを取り戻すことができていた。
彼は、生きて帰ることができたのだから。
「あーもう、この話終わり!TikTok撮ろうぜ、俺やりたいダンスあるんだけどさ~」
SCENE10 エピローグ⑤
-------------------------------------
三人で様々なことを調べたのち、亘貴と野々宮真琴はこの日偶然駅前で出くわした。
調べた結果としてはまず、皆全員が山中で遺体となって発見されたというニュースは元の世界では流れていなかった。つまり、デマだったのだ。
日廻夏八の言い方をすると、毒電波のようなものによる仕業だった。
そしてそれによる取材記事などを読んだところ、日廻の姉は生きていた。
つまり、それもデマだった。
だが、本当のこともあった。
獣誘渡駅で亡くなった者たちのその後見た遺体発見のニュースはどうやら本物のようだった。
あの駅で見た通りの発見のされ方をしていた。
葬儀をすでに済まされた者、これから葬儀が行われる者と様々だ。
それから、春夏冬レンの親が亡くなったというニュースも本物だった。
ただし、ニュースに出ていたのは母親のみであった。
「あの、すみません」
声を掛けられ振り返ると、男性がいた。
「この子を見ませんでしたか?この駅に乗ったきり帰ってこなくて…警察にも連絡したんですけど、見つからなくて探しているんです」
男性が差し出した写真に写っていたのは、春夏冬レンだった。
この男性は、レンの父親だという。
SCENE10 エピローグ⑥
レンが嘘をついていたようにも見えない。それはつまり、あの世界で死んだ者の代わりに死がなくなったのがこの男性…レンの父親ということなのだろう。
信じられないが、信じられないことはもう十分経験していた。
「私達もレンくんと友達だったんです。けど、見つけられなくて…」
野々宮真琴が返事をしていた。
知らないとも言えず、しかしあの非現実的な話をするわけにもいかずそんな返しをしていた。
その後、レンの父親とレンについての少し話をし、別れた。
「見つかると、いいな」
戻ってきてから気になることがもう一つあった。
それは自分自身さっきから感じている目線だった。
振り向くと、自販機と自販機の間からこちらを見つめる目と目があってしまった。
未だに不気味に感じる。
そしてインターネットには最近はやり始めた都市伝説の話題が出ていた。
自身のいる場所に近づいてくる謎の着信。
手に鎌の刺さった白くて巨大な男を見たという話。
山奥に出てくる下半身が蛇の、男の化け物の話。
隙間から出てくる腹の裂けた女の話。
調べたところ、海外でも雪道に現れる小人の話や、嘘ばかりつくカボチャ頭の男性の話。
SCENE10 エピローグ⑦
そう。
獣誘渡駅で生まれた怪異がこちらの世界に来てしまったのだ。
あの時電車で見た皆の姿は嘘ではなかった。
ああいった怪異達は元は伝聞により生まれた存在であることが多いのだと思っている。
例えば、怪人アンサーなどはそれが明確に明かされている怪異らしい。
ならば、彼らを消すことのできる対処法を広めることができればそれは彼らという都市伝説の一部に成り得るのではないのだろうか。
それが、彼らを成仏させる唯一の方法なのかもしれない。
あるいは、皆が怪異達を意識せずに忘れ去ることが条件になるのかもしれないが、それはおそらく元の人間のことも忘れる必要があるのだろう。
もう、混ざってしまっているのだから。
忘れてはいけない。
SCENE9