SCENE1 ①
こんなとこに来るつもりではなかった。
ただ見知った電車に乗っただけの花遊天親は見知らぬ駅、「獣誘渡駅」のホームに立っていた。
彼だけではない。
見知らぬ男女が、彼も合わせて十名ここに辿りついていた。
気づいたことがもう一つ。
ここに来てからずっと、花遊天親の鳥肌と悪寒は止まらない。
そしてその原因となるであろうモノたちは、彼が今まで見てきたものとは異なる存在のようだった。
それらが、自分たちに殺意を向けているのがひしひしと伝わってくる。
彼だけではない。
ここにいる全員が気づいていた。
それほどまでに強大な殺意だった。
隙間からの殺意の籠った視線。
腕の六本ある女。
身体が大きく、全身真っ白の、鎌を持った人型のモノ。
それらが--------
「あ」
これはダメだ。
助かるようなものではない。
彼は一目散にこの場から走るが目的地などなかった。
逃げ場なんてどこにもなかった。
逃げる彼に怪異の視線は向き、簡単に追いつかれる。
だが彼だけでなく、他の者たちももう逃げられなかった。
もう終わりだ。
花遊天親が身構えた時、何か大きな気を感じた。
SCENE2 ①
あれから時折、夢を見るようになった。
共通しているのは二点。
まず、どれも怪異的なものが関わる夢であること。
今しがた目を覚ました鴉羽雨之助もどこかで聞いたことがあるような都市伝説となった話に出てくるものもあるだろう。
もう一点は、[全員が同じ夢を見ている]という事実。
つまり、昨晩鴉羽雨之助が見た恐ろしい夢は、ここにいる子供たちも見てしまったことになる。
これは夢を見始めてすぐ、話題に出て全員に確認したことで発覚していた。
ただ、夢の中での結末は各人違うようだ。
悲惨な結末を迎える者もいれば、話に聞くような恐ろしい目に遭わないまま目を覚ます者もいるようだ。
鴉羽雨之助は、恐ろしい結末を迎える夢を何度か見ていた。
その違いは何なのだろう。
それが最近ここにいる者たちの話題に上がることもあるが、やはり原因はわからずじまいだった。
SCENE2 ②
そしてそんな夢を立て続けに見るこの状況は、子供たちが怯えてしまわないかと危惧していた。
ここでは鴉羽雨之助が年長者だ。
ここにいる全員が年下というこの状況は、彼にプレッシャーと多くの懸念を与えていた。
春夏冬レンとシャーロット・ワトソンの二名に関しては特に気掛かりに感じていた。
春夏冬レンは鴉羽雨之助自身と。
シャーロット・ワトソンは女性陣と共に就寝起床しているため、すぐに心のケアが出来るのが彼にとっては幸いだった。
しかしケアをしている側も雨之助からすればまだ若い、子供のようなものだった。
恐怖による精神ストレスから、いつか限界がくるかもしれない。
「悪い夢はバクさんが食べてくれるよ」
なんて言えば、子供たちの恐怖は薄れるだろうか?
鴉羽雨之助は、そんなことを考えていた。
SCENE2 END
SCENE3 ②
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先月より行方不明となっていた、
日廻夏八さん(20)、阿墨修二さん(20)、野々宮真琴さん(17)、西園寺サラさん(19)、一ノ瀬碧斗さん(12)、春夏冬レンちゃん(6)、シャーロット・ワトソンちゃん(6)、亘貴さん(18)、鴉羽雨之介さん(34)、花遊天親さん(28)
以上10名が〇〇県の山中で遺体となって発見されたことが明らかとなりました。
遺体として発見される前、ご本人からご家族や警察に連絡をしていたこともあり事故と事件両方の可能性があるとみて詳しいいきさつを調べています。
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SCENE3 ③
なんでこんな記事が書かれているのか理解ができなかった。
自分たちは今ここにいるのだから遺体など見つかるわけがない。
しかし、家族や警察、大学にも連絡を入れたのだからこれは誤解だという連絡をまた入れればいいのだと気づく。
だが----
何度連絡をメッセージを送信しようとしても、失敗する。
何度電話をかけようとしても、コール音が鳴るまでもなく切れてしまう。
他の全員に呼びかけ、全員で記事を確認した。
そして全員があらゆるツールで連絡のやりとりを試すも、結果は同じだった。
全ての連絡手段を試し、失敗したころようやく状況が変わったことを理解した。
そう。外界との連絡手段が断たれてしまった。
なぜこうなってしまったのか。
何者かに電波を阻害されている?
いやしかし、検索などの情報の受信はできているようだった。
発信だけを阻害する手段があるのだろうか。
それとも、自分たちこそが情報を発信できない存在になってしまったのだろうか。
…自分たちの遺体は本当に見つかったというのか。
だとしたら、今ここにいる自分たちは。
SCENE3 END
SCENE4 ①
獣誘渡駅に集まった十名の訃報のニュース記事が出ていた。
友人に弁明したいと考えても、あのニュースが出て以降、誰とも連絡がつかない。
事実上外部との連絡を断たれたという現実は、強い不安を駆り立てていた。
しかし、この出来事を機に日廻は両親と向き合う
「大丈夫、阿墨さんもいるし…しっかりしなきゃ」
独り言を呟いて自分に言い聞かせる彼女のもとに一件のメッセージが届く。
母からであった。
両親に勘当された後、家からの連絡もなかったため連絡が来るなど考えてもいなかった。
あのニュースを知らないのであろうか。
それとも、生存確認をするために送られたメッセージなのであろうか。
その送信者を見た途端日廻は嬉し涙を浮かべながらメッセージを開いた。
しかしそれは母から、娘である日廻夏八への恨み言であった。
一人で家のしがらみから抜け出し自由になったことを始めとした、夏八の死を願われる程の恨みが綴られていた。
また、夏八がいなくなったことにより姉への負担は大きくなり、先日自害したという。
それは日廻夏八に絶望を与えた。
まだ若い彼女はやりたいことがたくさんあった。
死にたくないと考えていた。
だが、そうすることで傷つく人がいて、それがよりにもよって姉だという事実は彼女に絶望を与えた。
SCENE4 ②
ここから出ることができたとしても、帰る場所などなかったのだと。
ここから逃げ出したい一心で女子たちで集まる部屋を飛び出した。
そしてロビーへと着くと、春夏冬レンもまた日廻と同じ表情で立ち尽くしていた。
「ヒマワリお姉さん…僕、僕のお母さんとお父さんが、事故でいなくなっちゃったって、ニュース、で…」
レンがインターネットを見ていた時、レンの両親が事故により命を落としたというニュースが出ていたという。
気づけば手からスマホが落ち、無我夢中で走り出しここにいたということだった。
そのレンの表情からどれだけ不安だったのかが今の日廻にはよくわかる。
帰る場所が無くなってしまったのだ。
この現実を受け入れることは、日廻にはできなかった。
「レンくん。こんなのは、嘘です」
SCENE4 ③
数日後。
「皆さん電子機器は破壊しましょう?怪電波と毒電波というものをご存じですか?
通常であればアルミホイルを頭に巻くことで毒電波由来の思考盗聴などから身を守ることができると言われています。
しかしこの電波には効果が無いことがわかりました。
そして怪電波とは、出どころのわからない怪しい電波のことを指します。
それなら、私たちにでたらめな情報を植え付ける毒電波を受信しないようにするしかありません、正しい情報と毒電波に侵された情報を見抜くことができますか?できませんよね。もしかしたら私たちが見ている者は全部このような電波により作られた偽物の情報かもしれないんです。
怪電波と言うべきか毒電波というべきか…とにかく、それを私たちのスマホが受信してこんなことになっているんです」
そう主張する日廻夏八の手には破壊された彼女のスマートフォンが握られていた。
春夏冬レンはただ横で、俯いて立っていることしかできなかった。
SCENE4 END
???
日廻夏八は夢から醒めてからずっと悪寒が走り、体の震えが止まらない。
感染症の類のそれとは違う。
恐怖だった。
恐ろしくて、恐ろしくてたまらない。
それは、ずっと彼女を見つめるあの視線のせいだろうか。
今までも視線を感じることはあったが、その非ではない。
明確な殺意と悪意があった。
動けずにいた彼女だが、たまらず部屋から飛び出していた。
ここにきた初日、花遊天親がしたのと同じように。
そして同様に、やはり逃げる先などなかった。
それでも走り続け、駅のホームまで走ってきたところで。
「ひぎゃあああ!」
ついに、隙間女は日廻夏八の目の前に姿を現した。
そしてその長く鋭い爪で……彼女に胸から腹にかけて一本の切り傷を与えた。
???③
傷は皮膚と肉をぱっくりと割り、日廻夏八の胴体には"隙間"ができた。
「やだ、助けて、私の体、どうなって…」
彼女の悲鳴を聞きつけた者。駅のホームにいた者達が見ている前で。
「ヒマワリ!」
声の主は、シャーロット・ワトソンだった。
日廻夏八の悲鳴を聞きつけ近寄ろうとするが、その光景を見ていち早く異変に気付いた鴉羽雨之助に止められ、近寄ることはできなかった。
シャーロットを亘貴が抱き止めたのを確認した鴉羽はすぐさま日廻のもとに駆け寄り助けようと試みる。
しかし助けようがなかった。
雨之助は日廻のぱっくり開いた腹部から見え隠れする臓器やおびただしい量の血液を。
内側から日廻の体をこじ開けるおぞましい手も、見てしまっていた。
「うそ…」
それが、日廻夏八の最後の言葉だった。
SCENE5 ①
先日の凄惨な出来事を受け、皆憔悴してきていた。
これまでの被害と言えば恐ろしい夢を見るということだけであったが、夢で見た怪異が実際に襲い掛かり、人を襲うという事実が明らかとなり悠長にしてはいられないという焦りが皆の心を蝕んでいた。
今すぐにでも、ここから脱出しなければならない。
「うーん…これ、やっぱり私達が死んだって記事は嘘なんじゃない?」
そんな中、野々宮真琴がインターネットを見ていると、日廻が〇〇駅で遺体となって発見されたという記事を目にした。
この記事が今出回るというのは、明らかに矛盾があった。
かつて阿墨が見つけた、
「ここにいる全員が山中で遺体として発見された」
という記事と矛盾している。
死亡が確認されたというニュースが期間を置いて二度も出るのはおかしい上、遺体発見場所も違う。
しかしその矛盾する二つの記事があるということは、どちらかは正しい可能性があるという可能性を真琴は考えた。
今見つけた記事もでたらめなものだという可能性ももちろんあるが、遺体として見つかったのは、ここで実際に亡くなった人物である日廻であったため辻褄は合う。
遺体がいきなりそんな場所に現れたというのも十分おかしな話ではあるが、現にここでは遺体が突如消えていた。
SCENE5 ②
まず、誰も知らない駅に辿りつき帰ることのできないこの状況自体がオカルトだ。
そのために、瞬間移動などというオカルトの可能性も否定しきれなかった。
「……え、まさか日廻おねえさんが言ってた怪電波とか毒電波とかいう頭おかしーものがほんとにあるってこと?そんなわけないじゃーん」
「当たり前やろ、んなもんあってたまるか」
一ノ瀬碧斗が顔を引きつらせながら言ったその言葉に返す花遊天親も眉間に皺が寄っていた。
実に非科学的な話だ。しかしその可能性を受け入れるのであれば、このスマートフォンから受け取る情報はやはり鵜吞みにできないだろう。
「ほんとにあるなら怪電波はどこから出ているんでしょうか?怪電波でなくても、何かあるかもしれないですよね」
「日廻を死なせたあの怪異や麻袋太郎の仕業なんだろうけど……そうだね、みんなで屋上とかを見に行ってみようか」
言いながら阿墨は先日の惨状を思い出し、軽く口元を押さえる。
自分たちはこれから、あのような仕打ちをする化け物に立ち向かおうとしている。
もしそれが奴らの気に障ってしまったら自分も、同じ目に遭わされるのではないか。
その可能性が真琴の頭によぎり、ゾッとした。
???
阿墨修二は夢から醒めてからずっと悪寒が走り、体の震えが止まらない。
恐ろしくて、恐ろしくてたまらない。
一人でいるからこんな気分になるのかもしれない。
人のいるところへ移動してみよう。阿墨はそう考え立ち上がる。
カタン
立ち上がった拍子に、何かが落ちてしまったようだ。
それは、箱だった。そしてその中には夢で見たような爪楊枝が。
崩してしまったというのか。夢の中では、そうなると----
「こんな箱、なかっただろ」
言い終わる前に、ズル…ズル…という音がした。
ザっと血の気が引く感覚があった。
顔を上げてはいけない。開けたら俺はきっと…。
だが、下を向いている阿墨の視界には、非常に太い蛇のようなものが見えていた。
もう逃げられない。
いや、相手の動きは早くなかったはずだ。
手を出されてからでは遅い、今すぐ逃げなければ!
そう思い阿墨が顔を上げると、奴と目が合った。
???⑤
「そいつなら好きにしていいよ」
温厚な性格であったはずの阿墨が助かるために取った行動は、六歳である春夏冬レンを蹴り飛ばし姦姦蛇螺に差し出すという卑劣極まりないものだった。
しかし姦姦蛇螺は阿墨のその発言を聞くと、鬼のような形相となり阿墨の元へと向かった。
そして下半身の蛇の体を阿墨の下肢に巻き付ける。これでもう、阿墨は逃げられなくなった。
「ふざけんな!なんで俺なんだよ!やめろ、代わりがいるだろ!」
そう言って春夏冬レンを指さす左腕を姦姦蛇螺が掴んだ。
強い力に、阿墨を睨みつける視線。姦姦蛇螺が向ける感情が憎悪であることを阿墨は理解した。
なぜ自分が憎悪の感情を向けられるのかわからない。
それを解消すれば助かるのだろうか?そんなことを考えていると、掴まれた腕が強く引っ張られた。
あまりにも強い力により、ゴキンという脱臼する音と共に強い痛みが阿墨を襲った。
その痛みと恐怖に耐えきれず、気づけば悲鳴を上げていた。
先ほどの阿墨の怒号に加えその悲鳴を聞きつけた他の者が続々と集まっていた。
脱臼してなお、姦姦蛇螺は阿墨の腕を引っ張り続けていた。
その力はどんどん強くなっていき、ついには。
???⑧
アオーーン!!
麻袋太郎が遠吠えをする。
その途端、阿墨の遺体はこの場から消え去ってしまった。
その後は、恐怖により泣きじゃくる春夏冬レンの声と、抱きしめて安心させようと声をかけ続ける鴉羽雨之助の声が、この駅のホームに響き続けていた。
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昨夜未明、〇〇駅入り口にて阿墨修二さん(20)が遺体となって発見されました。
遺体は両腕を切断されていました。
また、腹部から足先にかけての全てを欠損しており、そちらは未だ見つかっておりません。
警察は事件の可能性を追って捜査を進めています。
被害者は先月から行方不明となっていました。
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阿墨修二 死亡END
???④
まだ消えることができない。痛い。
痛い。早く終わってほしい。
痛い。
そんな思考をしながらも手は自身の喉を刺すのをやめない。
人一倍生存意欲の高かった花遊天親はそんなことを考える人間ではなかっただろうが、邪視という怪異による精神の支配からは逃げられなかった。
「なにしてんですか花遊さん!押さえよう亘さん!」
食堂に来た野々宮真琴と亘貴がそんな天親を見つけ必死に止めるが、彼の抵抗は強かった。
なんとか止めて助けたいのだが、二人がかりで押さえつけるのがやっとだった。
ヒューヒューと息を吐きながらもまだ自害しようとする天親を手当てすることもできず、人を呼ぶこともできず。
押さえつけ説得する中、花遊天親の体は冷たくなっていった。
「ワウワウ!手遅れになったワウ!」
アオーーン!
麻袋太郎が吼えると、真琴と貴の腕の中にいた花遊天親の遺体は消え去ってしまった。
SCENE6 ①
日廻夏八は気がおかしくなった末に。阿墨修二は自らが生きるために残忍な行動に走り、両者とも怪異により命を落とた。
更には花遊天親までもが自害をし、その場に居合わせた野々宮真琴と亘貴も心に傷を負っている。
他の者も気落ちしている者が増えていた。春夏冬レンの精神状態にも気を配った方が良いだろう。
「落ち込んでばかりはいられませんわ!皆さんで生きて帰らなければ……え?」
サラがなんとか手掛かりを探そうとスマートフォンで情報収集をしていると、信じられないものを目にした。
それは西園寺家が破滅したというニュース記事。
両親にも連絡がつかず、正しい状況を把握するすべがない。
そもそも両親は無事なのだろうか?春夏冬レンの両親や日廻の姉の件がサラの頭をよぎる。
だが、二人の件があったうえでのこのニュースはやはり信用できるものだとは思えなかった。ここに集められた者のうち、三名の身内がほぼ同時期に亡くなったり家庭が崩壊することなど、偶然にしてはできすぎている。
皆を追い詰めるためのフェイクニュースだと考えられる。
SCENE6 ②
しかし、断定はできなかった。
外の情勢が大変なことになっているかもしれない。
あるいは、身内に不幸が訪れる者がここに集められた…いや、そんな未来のことは誰にもわからない。
だが、誰かが意図的に「ここにいる者の関係者を死に至らせているのだとしたら?」
様々な想像はできるものの、やはり断定できるものなどなかった。
ただ一つ、確定しているのは。
西園寺家を信じているということ。
そう決意する彼女には、先ほどから気になっていたことがあった。
今、サラは自室に一人でいるはずなのに何者かからの視線を感じている。
そのため何度か顔を上げるが、やはりだれもいない。
「気のせいなのでしょうか……あら?」
この部屋のドアの下に、何かが見える。
近づいてみるとそれは手だった。手はこちら側に侵入しようと這い出てくる。
ずるりと這い出てきたのは--。
SCENE6 ⑨
[視点]西園寺サラ
「お会いしたかったですわ日廻さん!」
「随分様子が変わられていますわね…お話は聞いていましたわ。教えてくださいまし、いったい、貴女に何があったというのですか?」
サラがそう問いかけると日廻の顔をした"それ"はニコリと笑う。
サラの隣に座り、サラの顔を見つめたかと思うと、肩を掴んでジッと目を合わせてきた。
「日廻さん?答えてくださらないのですか?それに貴女は本当に、もう…」
「危ないワウ!サラちゃん!」
「きゃあああ!何をしますのこの犬!」
麻袋太郎はまたもや現れると、日廻の顔をしたそれの首に勢いよく嚙みついた。
痛みと恐怖によりそのまま逃げだした"それ"をサラと真琴が追おうとするが、隙間に入ったまま見えなくなってしまった。
「あいつらにはよく言い聞かせておくワウ!サラちゃん無事でよかったワウ!」
「何を言っていますの?」
あれは死んだはずの日廻夏八の顔をしていた。
しかし、人間では通れるはずのないドアの下の隙間からこの部屋に侵入してきたのだ。
言いたいことがあったはずだが、麻袋太郎が怪異から自分を助けようとしたという事実に気づき、サラは当惑した。
???①
「アメノスケほんと!?ほんとに出口が見つかったの?」
「ああそうだよシャロちゃん、ついておいで」
シャーロット・ワトソンの目の前にいる鴉羽雨之助は出口を見つけたと言い、シャーロットの手を引き、歩き出す。
もうこんな悲しくて怖いことは続いてほしくないと考えていたシャーロットは、ようやく見えた希望に胸をなでおろした。
これまで犠牲になった者たちのことが頭をよぎり、胸が締め付けられる。
雨之助はシャーロットの手を引き、線路を歩き出す。
「ねえアメノスケ、ここを歩くの?前は何もなかったわ。それに、他のみんなも呼ぶべきだわ」
「………」
「アメノスケ?」
何かを考えこんでいるのだろうか?
「ワウワウ!」
雨之助の返事を待っていた時に現れたのは麻袋太郎だった。
「タロウ…私たちね、もう帰るのよ」
「帰る?そこを歩いたって帰れないワウ。早くみんなのとこに戻るワウ」
「え?だってアメノスケが出口を見つけたのよ。ねえアメノスケ?」
???③
---------------------
「えー?それマ?ほんとに警察がこっちに向かってるの?」
「ああ本当だよ。さっき警察から電話があったんだ」
「それもフェイクの可能性あるんじゃないの?」
「いいや、先ほど到着して麻袋太郎君のことも押さえ込んでいたからね」
「えっ……」
シャーロットがホテルに戻ると、鴉羽雨之助と一ノ瀬碧斗のそんな会話が聞こえてきた。
シャーロットはザっと血の気が引いた。
鴉羽雨之助はずっとシャーロットと共におり、今だって自分の後ろにいるはずなのに目の前で一ノ瀬碧斗と会話をしているのだ。
それに、麻袋太郎は押さえられてなどいないし警察が来た様子だってなかった。
振り返ると、自分と一緒にいたはずの雨之助はいなかった。
「なんなの、これ…?嘘よ。アメノスケは、こんな嘘をつく人じゃないもの…あなた、誰なの?」
そう言いながら碧斗と雨之助に近づいていたその時、青い顔をした亘貴と西園寺サラが現れた。
「みんな来てくれ……話があるんだ」
「私もなのよ!あのね、アメノスケが……」
???
民謡が聞こえてくる。
何故かその歌が嫌なものだと,
花遊天親は感じた。
この感じはよくない。
ぞわぞわと鳥肌が立っている。
民謡のほかに、もう一つ音があることに気が付いた。
それは、足音だった。
「冗談やないぞ…」
民謡のような歌を歌いながら近づいてくるそれが人ではないことに気が付いてしまった。
それは、花遊天親がこの駅に着いてすぐに、それと、夢の中でも何度も遭遇したあの怪異、"邪視"だった。
夢の中でそいつと会った時、幾度となく酷い目に遭っていた。
見てはいけない。見たら自分はきっとおかしくなる。
天親は全力で走るが、邪視との距離を離せているようには到底感じられない。
息が苦しい。
息を整えようと冷蔵庫の陰に隠れ足を止めたその時、左手に強い衝撃が来た。
そして感じるのは重みと痛み。
その痛みの正体は、天親自身の手を貫通するほど深く刺さった小型の鎌だった。
その鎌は夢で何度も見たあいつが手に持っていた。
つまり、この鎌を刺した犯人も……。