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レナード・コーエン『デモクラシー』(日本語訳詩:中川五郎)① 

それは空にぽっかりあいた穴から訪れる
天安門広場でのあのいくつもの夜から
それはまず感じとして伝わってくる
ほんとうに訪れているのか訪れていないのか定かではなく、
はっきりと目では確かめられないあの感じ
不正への闘いの中から
ホームレスたちの燃やす火の中から
ゲイたちのなきがらの中から
民主主義がアメリカ合衆国に訪れる

それは壁の亀裂を通り抜けて訪れる
幻のようなアルコールの洪水にのって
山上の垂訓の圧倒的な話の内容から
もちろんこのわたしはそのすべてを理解しているようなふりをしたりしない
それは入江の埠頭の静けさから訪れる
シボレーの派手で大胆ではあっても打ちのめされてしまった心から
民主主義がアメリカ合衆国に訪れる

それは街角の哀しみの中から訪れる
さまざまな人種が出会う神聖なる場所
あらゆる家庭の台所に縛りつけられ
誰が給仕し誰が食べるのかを決めつけられて
今にも人殺しでもしかねないようなたちの悪い女たちから
女たちが跪き
この荒廃の地での、あるいは彼方の荒れ地での神の恩寵を祈る
失望の奥深い井戸から
民主主義がアメリカ合衆国に訪れる

レナード・コーエン『ザ・フューチャー』「DEDICATION(献辞)」より 

私の心の中で話し終わらないうちに、どうです、リベカさんが水がめを肩に載せて出て来て、泉のところへ降りて行き、水を汲みました。それで私が「どうか水を飲ませてください。」というと、
急いで水がめを降ろし、「お飲み下さい。あなたのらくだにも水を飲ませましょう。」といわれたので、私は飲みました。らくだにも水を飲ませてくださいました。

創世記二十四節*
*旧約聖書 新改訳より

レナード・コーエン『ザ・フューチャー』(日本語訳詩:中川五郎)③ 

ベルリンの壁を元どおりにしてくれ
スターリンを、聖パウロを復活させておくれ
わたしにキリストを
さもなくばわたしにヒロシマを
さあまた胎児を殺してしまおう
いずれにしてもわたしたちは子供が好きじゃない
わたしはこの目で未来を見たんだよ、ベイビー…
とんでもない地獄だったよ

あらゆるものがあらゆる方向に崩れ落ちていっている…

レナード・コーエン『ザ・フューチャー』(日本語訳詩:中川五郎)② 

わたしの存在におまえは気づかないはず
これまでもずっとそうだったし、これからだってきっと
わたしは聖書を記したとるにたらないユダヤ人だ
国家が勃興し、そして滅びるのをこの目で見てきた
その顛末なら何もかもすっかり知っているよ
だけど愛だけが生き延びるためのたったひとつの道
ここにお前のしもべがいる
彼ははっきりと冷酷に伝えるよう教え込まれている
もうおしまいだ、先はもうない、と
天国が役目を果たさなくなってしまった今
悪魔が分け前をせしめている気配をじわじわと感じるはず
未来への心構えはいいか
そいつはとんでもない地獄だよ

あらゆるものがあらゆる方向に崩れ落ちていっている…

昔から西洋社会に伝わる掟は打ち砕かれてしまうだろう
おまえの私生活も突然吹き飛ばされてしまう
亡霊が出没し
道は火に包まれ
白人が踊りくるう
お前の恋人はさかさまに吊され
彼女の顔は垂れ落ちたガウンに覆われる
するとどこからともなく現われるのはお粗末でどうしようもない詩人たち
誰もがチャーリー・マンソンのように大口をたたこうとする

レナード・コーエン『ザ・フューチャー』(日本語訳詩:中川五郎)① 

踏み躙られたわたしの夜を返しておくれ
わたしの秘密の部屋を、秘密の生活を
ここにいると寂しくてたまらないんだ
拷問にかけるにもまわりにはもう誰一人としていない
すべての人類に対する絶対的な支配権をわたしに与えておくれ
そしてわたしと一緒に寝るんだ、ベイビー これは命令だ!

クラックをおくれ、そしてアナル・セックスをさせておくれ
最後に残された一本の木を伐り倒し
そいつでおまえらの文化の風穴を塞いでしまおう
ベルリンの壁を元どおりにしてくれ
スターリンを、聖パウロを復活させておくれ
わたしはこの目で未来を見たんだ、なあおまえ
そいつは地獄さ

あらゆるものがあらゆる方向に崩れ落ちていっている
きっともう何もなくなってしまう
世界はすでに暴風雨に覆われつつあり
秩序も乱れてしまっている
悔い改めよとみんなは言ったが
あれはどういう意味だったのか
悔い改めよとみんなは言ったが
あれはいったいどういうことだったのか
悔い改めよと言ったとき
みんなはいったいどういうつもりだったのだろう

ミニマリズムは長い沈黙のあとに始まった。騒音→沈黙→反復って音楽史の流れが哲学史のそれと重なるのはどういう原理かはわからないけど、たぶん偶然ではないでしょう。(周知の通り、哲学に関してはホロコーストが話者に対して沈黙を強いたのだった)

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知は力なり、というヒエラルキーが打ち壊され、あらゆる権威が失墜した後のフラットな地平で、もう一度先人の残した「知恵」と出会い直す必要があると思う。

特定の思想や思想家を論じるにあたってリスペクトが必要かというと必ずしもそうとは言えないと思うけれど、肯定するにせよ否定にするにせよある思想を論じるためには深い理解と洞察が必要で、リスペクトや偏愛はそれらを可能にする必要条件ではあると言えると思う。ほら、優れた研究者ほど研究対象にセルフ・アイデンティファイするって言うでしょう。自己同一化は対象化、相対化の前にどうしても避けられないプロセスなんだろうと思います。リスペクトはこの人にこれだけの情熱を傾けますよという(理解の足掛かりとしての、)いわば掛け金のようなものですね。...ざっくりと書いたけど、理解ー同一化ー分離ー対象化についてはもうちょっときちんと精緻に語る必要があるかもしれない。

『ユー・ガット・ミー・シンギング』について三浦久の「訳者ノート」より抜粋② 

 私たちは今、世界崩壊後の余波の中に生きている。私たちが直面している問題は、どうしたら世界の終わりを避けることができるかではなく、世界はすでに終わっているという認識をもって、どう生きたらいいかということなんだ。

「どう生きたらいいか」という問いに対する答えが、この歌の中に与えられている。

あなたは私に歌わせた
世界は完全に終わってしまったのに
あなたは私に考えさせた
それでも諦めずに生きていこうと

補足:
なお『ハレルヤ』の歌詞対訳は下記のリンクから読めます。
japanoscope.com/hallelujah-way

『ユー・ガット・ミー・シンギング』について三浦久の「訳者ノート」より抜粋① 

この歌はコーエンの傑作に対応している。The only song I ever had, The Hallelujah hymn, The Hallelujah songはいずれも「ハレルヤ」のことである。最後のThe Hallelujah songはブックレットに書かれていないが、実際には最後の部分で3番と4番が繰り返されている。しかし、4番の歌詞は最後のヴァースでは2行目がEven tho it all looks grimがEven tho all went wrongに変えられ、4行目がThe Hallelujah hymnからThe Hallelujah songに変えられている。当然のことながらwrongとsongの韻を踏むためである。
いずれにしろ、「すべてはあまりに悲惨なのに」「すべて壊滅的に悪くなってしまったのに」という2行目で、コーエンは、イスラエルとパレスティナの果てしない報復合戦を含む、世界が現在置かれている悲惨な状況を指摘している。彼は前述のマイケル・ギルモアとの対話の中で、世界はこれから崩壊するのではなく、すでに崩壊していると述べている。

参考:
ja.m.wikipedia.org/wiki/ハレルヤ_(

『ユー・ガット・ミー・シンギング』日本語訳:三浦久 

あなたは私に歌わせた
届いた知らせは辛かったのに
あなたは私に歌わせた
私の唯一の持ち歌を

あなたは私に歌わせた
川が干上がってから初めて
あなたは私に考えさせた
一緒に身を隠せる場所のことを

あなたは私に歌わせた
世界は完全に終わってしまったのに
あなたは私に考えさせた
それでも諦めずに生きていこうと

あなたは私に歌わせた
すべてはあまりにも悲惨なのに
あなたは私に歌わせた
ハレルヤの聖歌を

あなたは私に歌わせた
服役中の囚人のように
あなたは私に歌わせた
郵便で届く恩赦を待つように

あなたは私に祈らせた
私たちのささやかな愛が続くように
あなたは私に考えさせた
あの遥か昔の人たちのように

(leonardcohen.com/track/you-got)

」のパンク/ニューウェーブ/オルタナティブ/インディーロック。

きれいな皮肉のお手本のような文章を見つけた。『ベスト・オブ・レナード・コーエン』ライナーノーツより「電線の鳥」について。
「ギリシャで書き始め、1969年頃、何もかも一緒にハリウッドのモーテルで仕上げた。数行、オレゴンで書き換えている。どうやっても完全にならない。ナッシュビルのある作家から私が一部メロディーを盗んだとクリス・クリストファンが教えてくれた。彼はまた、墓石に最初の数行をきざむと言ったが、もうそうしてくれないと、私は傷つくだろう。」
上品で、誇張がなく、それでいてきっちり急所に刺さるような鋭利さがある。今のインターネットで簡単には見つけられなくなったものの言い方だと思います。

誰にでもできると言われたパンクから90年代以降の本格的な素人参入時代までカウンターカルチャーを成立せしめたのはプレイヤーとオーディエンスの垣根を壊すという発想なんじゃないですか。DJカルチャーもそうだしナップスターもそうだし幻の名盤解放同盟が左翼運動をパロッたのもそう、後者はリスナーが自分の耳を頼りに音楽演奏家に代わり自己主張を始めた動きと認識すべきです。それにあたって積極的な音楽のシェアの動きがあったことを最近改めて見直しています。

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