『アンナチュラル』の合わないところ
例えば1話で高野島さんへの誹謗中傷を法医学から反転させる構図。ミステリーとしての面白さはあれど、そこでわたしがキャラクターに取ってほしかった行動は法医学の範疇だけに囚われないこと、つまり感染者差別に対抗することだったんだよね。
3話ではミコトに対するミソジニーを立場を中堂に入れ替えることで反転させるのも、戦術としてはかなり上手いと思うけど、それを「今回は法医学の勝利ということで」と一件落着のようにミコトに言わせることは、個人の尊厳よりも法医学を優先させることを良しとしてしまわないか?という疑問がある。
5話は鈴木さんが行動を起こしてしまうほど追い詰められていた理由がいまいち伝わらないというか、「ヘテロカップルの一途な愛」を前提にしているから説明を端折りました、みたいに思えて結構きつかった。しかもあの回は中堂のキャラクターを補強するための回だった……?みたいにも思える。いや中堂のキャラクターは好きなんですけどね。
いま『アンナチュラル』見てる。めっちゃ面白いの気持ちと、でもラストマイルとおんなじで製作陣の戦術がわたしとは合わないな〜の気持ちがある。それはそれとして中堂系のキャラクター造形がフィクションにおけるわたしの大好きなタイプの人間なためひたすら「中堂……」と呻いています。
《ボレロ》を軸に作曲家ラヴェルの頭の中のサウンドまで美しく描く映画『ボレロ 永遠の旋律』|音楽っていいなぁ、を毎日に。| Webマガジン「ONTOMO」 https://ontomo-mag.com/article/interview/bolero-anne-fontaine-202408/
監督のアンヌ・フォンテーヌのインタビューを読むと、ラヴェルをアセクシャルな人物として解釈し物語を作ったことが語られています。ロマンティックな感情は持っていたように創作しているみたいなのでアロマンティックではないようです。
モンキーマン、もっかい観にいこうかなの気持ちある。パンフもほしいな。デヴ・パテルもちょ〜かっこいいね。
昨日観た『モンキーマン』はインドのヒジュラたちがめちゃくちゃかっこよく戦うし、トランス差別への抵抗とマイノリティの連帯の物語でもあります! めっちゃ良かったので見えるところにも書いとこ!
『ボレロ 永遠の旋律』観ました!
この映画におけるモーリス・ラヴェルはアセクシャルなキャラクターとして描かれており、工場の機械から近代化をイメージした楽曲として生まれた『ボレロ』が他者によって「官能的な作品」として再構築されたことに激怒する(ボレロの解釈に怒った、という部分は実話だと思ったら違いました、ラヴェルが怒ったのはトスカニーニの指揮のテンポの早さに対してだそうです)んですが、そりゃ怒るわな、と思った。
その後ラヴェルは作品が作者の手から離れた瞬間にあらゆる形で受容されうる、ということを諦念的に受け入れていくんですが、その作品と自分との乖離から、記憶の時間軸が徐々に曖昧になり、脳の手術を受けて眠り続けながら音楽そのものと一体化するフィナーレに収束するのがなんだか物悲しくもありました。
『ラストマイル』も観たよ!
面白かったし良くできた作品だと思う。あらゆるものが安く早く手に入る現代社会が何を犠牲にしているか、という明確な批判でもある。
なんだけどやっぱりわたしは人間の労働力に対する賃金の安さや過酷な労働環境に対して「損害が大きいから要求を呑むべき」という交渉(わかるんだよ、そうしないと動かない、ということも。それが交渉だということも)に終始してしまうことにやっぱ嫌だ〜!の気持ちがあるんですよね。人間の生活、文化的で最低限度の生活を保障しないことは「人権侵害」であると認めろよ、の気持ちがずっとある。
あとやっぱねえ、配送ドライバーって個人事業主扱いゆえに、個々人が不満を持っていてもそれを掬い上げてもらえない、という部分があると思ってて。結局ヤギさん他「従業員」に迷惑がかかってはじめて「どうにかしろ」という言葉が出てくるのも、示唆的ではあるんだけど、なんかもう少しうまくやってほしかった気持ちもある。ドライバー親子を見ながらケン・ローチの『家族を想うとき』を思い出したので……。
続編は岡田将生が労働組合に入って(あるいは立ち上げて……でもあんな大企業に労組がないことありますか?)社内の環境改善に奔走する物語とか、やりませんか? 連合みたいな労働組合の上部組織が最終的なヴィラン。観たいです。
『モンキーマン』観たよ!
ファイトクラブで殴られるデヴ・パテル、なんかもうそれだけでめちゃくちゃセクシーだな……と勝手に思っていたんですが中盤からの展開がアツくてほんとによかったです。
というのもインドのヒジュラコミュニティに流れ着いたデヴ・パテルがそこでヒジュラたちと交流しながら鍛えなおしていくシーンがあり、その時点で結構ぐっと来たわけですよ。ヒジュラたちが迫害されているニュースも差し込まれていて、明確にトランスジェンダー差別と結びつけて描かれている。
で、敵のアジトに乗り込んだデヴ・パテルのピンチにヒジュラたちが駆けつけて、大暴れするのがほんとに良かったんですよ。気持ちいいくらい敵を血祭りに上げていくので。ジョン・ウィックリスペクトって感じのアクションです。
作品そのものがマイノリティ(宗教・民族・ジェンダー)の連帯を意識して作られたものだと思う。
最後、国を牛耳るカルトの権力者が「暴力・怒りはよくない」と言うのもほんとムカつくよね。自分は警察権力という暴力によって村一つ焼いてるのにそれを棚に上げてるわけだから。この作品は「抵抗としての暴力」を描いてるのが良かったな〜。
ちなみに『Denial』はすごく好きな映画なうえにおれの好きなジャック・ロウデンが出ているので何度も観てしまう。
https://video-share.unext.jp/video/title/SID0033991?utm_source=copy&utm_medium=social&utm_campaign=nonad-sns&rid=PM032996308
"歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで (中公新書)"(武井彩佳 著)
https://read.amazon.com/kp/kshare?asin=B09QM7F8PV&id=fp7u77hg7nbl7e6glz2hz32w7i
そういえば武井彩佳さんのこの本、まだ読んでいる途中なんだけど『Denial』(邦題:否定と肯定)を観たことがあるひとは興味深く読める内容かも。
9月2日 14:24まで全文読めます。
ホロコーストにすら否定論 朝鮮人虐殺、後の時代に事実を残すために:朝日新聞デジタル
https://digital.asahi.com/articles/ASS8Z3JX5S8ZUTIL02WM.html?ptoken=01J6P0P9HD8D014VZV8DWX22F5
差別に反対し、歴史修正主義に加担しないためにも東京都知事は追悼文を送るべきだ。
成人済みおたくでクィアのアナキスト(they/them)/映画と音楽/トランス差別とあらゆる差別に反対