物事の一体性って重要な価値観っぽいんだよな 論語の「名を正す(正名)」では名前と実の一体性が政でも第一優先だし
あと中国語習ってて、へ〜となったのは漢字の読み(拼音)は、日本語と違ってひとつだけなんだよね
それで思い出すのは、山海経でモンスター紹介文で多用される「鳴くときは我が名を呼ぶ」なんだけど
名が体そのものを表すなら、字は象形文字として形、生き物の声が読みになったのかなーと勝手に思ってる
第50章
人は生まれ出て、そして死んでいく。生をまっとうする者が十分の三、早くに死ぬ者が十分の三ある。そして…生きることに執着し、みだりに行動して死地に向かう者が、また十分の三ある。
この割合は老子の体感だろうけど、紀元前100〜200年くらいの世の中はそんなもんなんだなーという指標にはなるかもしれない
ぐぐったら、古代中国の平均寿命は30〜50歳くらいらしい。で、これは10歳未満の幼児期の死亡(死亡率50〜70%)を抜いた数字。この幼児期の死亡率が老子の体感でいう30%なら、残り60%が平均寿命にあたる?
孔子とかの文人で、特別長寿な人が平均60歳弱くらいらしいので、それが残りの10%ってことかな…?
第31章 戦いと左右の順位について
平時は左が上位だけど、戦時は右が上位になる
→陰陽では左が陽・右が陰で、吉事は左が上位、凶事は右が上位になる
→つまり戦いは凶事であり、喪礼に従っている
→武器は君子に相応しくなく、使って勝っても賛美するべきでない。人殺しを楽しむならば志を天下に果たせなくなる
陰陽から厭戦の論理展開をこの時代にしてたのがびっくりする
と同時に、だから道家は隠遁生活を良しとしたんだよな〜っていうのをひしと感じる…ドロドロになってた政には綺麗事言える余裕はないよね…