新しいものを表示

こんなことはたいしたことではない、という素振りをしながらかれらは話す。そのたびに「たいしたことだし怒っていい、傷ついてもいい」という類のことをどうにか伝えようとはしているものの、それが伝わったからといってかれらのいる/いなくてはならない環境そのものを変えることは私にはできないわけで、この場所を維持するほかないということになる。

スレッドを表示

大丈夫ではないのだが、大丈夫でありつづけなくてはならないな......とあらためて思わされる時間だった。親でも先生でもない大人だからこそ話せることなのだろう、というような重めのことを、お店にちょくちょく来ているうちに徐々に話し始めるようになることが多い。

スレッドを表示

小学生と2時間、そのあと高校生も交えて1時間、計3時間おしゃべりしていたが、そのかんお客さんが来なかったので、かれらが帰ってから「そういえばあの店大丈夫か?」となるかもしれない、などと考えている。

世界を変えるためには「世界を変えるのだ」ということを恥ずかしげもなく言い続ける必要があるということ。シンプルな話だ。

スレッドを表示

こういうのには「現実はそんな簡単じゃねえよ」とか言ってくる者が必ずいるけど、そんなこと言ったらプロ野球選手になることだって本屋になることだってぜんぶなんもかも「現実はそんな簡単じゃねえよ」なんだよな。ナンセンスだよ。

スレッドを表示

みんな「経済」が好きだよね。はたらかないでもたらふく食べられる仕組みができちゃえば「経済」のことなんかどうでもよくなるのに。

てめえの名誉欲=お仲間にいいね!されたい欲のために社会を、社会で生きている者らを利用するのをやめろ。

スレッドを表示

野間はマジでいい加減にしろよな。そういう振る舞いが「ノンポリ=これから味方になってもらう必要があるひとたち」という大多数を遠ざける(「政治の話を熱心にしてるひとたちってなんかやばいよね、近づかんとこ」)のだということに、なぜ気がつかないのか。

R sekiguchi さんがブースト

「いちいち反省せずにまず撃破。自分を棚に上げてレイシストを非難せよ」だって。ホント野間さんのこういうとこ嫌いです。そういう「リベラル」がトランプを勝たせた。トランプの辞書に反省の文字はないんだから当たり前でしょう。

「私はなにが差別なのかわかりませんし、わかるつもりもありません。だからこれは差別ではありません」

「これは差別ではありません。なぜなら私はなにが差別なのかわからないし、わかるつもりもないからです」

外国文学、特に現代作家のものではないつまりほとんどの作品は、「読み方」を知らなければおもしろくない。ということをきちんと伝えなくてはならないのだけど、「売りたい」が先行するからどうしても宣伝文句が嘘あるいは誇張になってしまいがち。そうして「騙された」と感じた読者は、今後海外文学を読むことはなくなるのだけど。

本なんか売れやしねえ!!(ダブルミーニング)

コスパ、バズり、アテンションエコノミー。我々はそれらとどう距離を取るかを考えなくてはならない。はたらかないでたらふく食べたい。

スレッドを表示

ちなみに大多数がたのしく読める本は字が(少)ない本だよ!『たぶの里』とかね!こういうのをコスパがよいと判断するかどうかはわからんけど!だからコスパという尺度自体が本との相性悪いよね!

takutaro.com/tapunosato/tamesh

スレッドを表示

『百年の孤独』がおもしろいと思えるのは、

・海外文学を読み慣れている
・海外文学のなかでもヘンテコなものを読み慣れている
・わかんねー!となることが好き
・代わりに読まれたことがある

などなどの条件をひとつもしくはすべてクリアしている者だけだよ。名作と言われている本のほとんどはおもしろくないのだよ!難解で意味わからんから名作というほかない!みたいなことだったりするからね!

スレッドを表示

読書離れを止めたいのなら、真摯に本を、そして本を読むということがなんたるかを紹介することだよ。本を読むのは大変だし面倒だし読み終わったのにおもしろくなかったなんてこともあるけどね、ということをちゃんと説明しないとね。そういう負の面を誤魔化して嘘ついて楽しい楽しいアピールだけしても、詐欺にあったと感じてしまう人を増やすだけ。

スレッドを表示

『百年の孤独』コスパよし説が愚の骨頂であることをついでに説明しておくと、あの本をコスパがよいと思えるのは読書家だけで、コスパというワードに反応するような層や、そもそも読書慣れしていない層に対しては、むしろ逆効果になる。だっておもしろくないもん、あの本。というか大多数の人間は本をおもしろいものとして思えないので。

コスパがよい!で大衆にウケようとしたのかもしれないが、その釣り方で釣られる層にとって『百年の孤独』はあまりにもコスパは悪く、ゆえに騙されたという感覚にしかならない。

スレッドを表示

もう少しわかりやすい例を出すと、隆祥館書店の取次糾弾ブログシリーズとかもそう。あれもウケ狙いに飲み込まれている。善悪敵味方をキレイに分けて、エモーショナルにコーティングすれば一丁あがり。

スレッドを表示

どこまでが本人の意思によるものかはわからないけども、ちょっと前に三宅夏帆が『百年の孤独』をコスパがいい本としてTVで紹介したのを知ったとき、本の世界はひとつラインを超えてしまったのだな、と感じたのを思い出す。バズること=ウケのよさを狙うことで本末を転倒させてしまう、ということの象徴的な例としてあげてよいと思う。モラル崩壊を厭わない、もっと酷いものがこの社会にはたくさんあるわけだけども、目立たない=わかりにくいけど重要な一例ではあるはず。

スレッドを表示

ビジネスで成功するためにはSNSでバズることが要件となってしまったため、バズりを狙った企画や宣伝が精査されることなく濫発されるようになり、結果として壊してはいけないものを壊しまくっている、というのが現在進行形の社会の状況なのだろう。

古いものを表示
Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。