新しいものを表示

もう少しわかりやすい例を出すと、隆祥館書店の取次糾弾ブログシリーズとかもそう。あれもウケ狙いに飲み込まれている。善悪敵味方をキレイに分けて、エモーショナルにコーティングすれば一丁あがり。

スレッドを表示

どこまでが本人の意思によるものかはわからないけども、ちょっと前に三宅夏帆が『百年の孤独』をコスパがいい本としてTVで紹介したのを知ったとき、本の世界はひとつラインを超えてしまったのだな、と感じたのを思い出す。バズること=ウケのよさを狙うことで本末を転倒させてしまう、ということの象徴的な例としてあげてよいと思う。モラル崩壊を厭わない、もっと酷いものがこの社会にはたくさんあるわけだけども、目立たない=わかりにくいけど重要な一例ではあるはず。

スレッドを表示

ビジネスで成功するためにはSNSでバズることが要件となってしまったため、バズりを狙った企画や宣伝が精査されることなく濫発されるようになり、結果として壊してはいけないものを壊しまくっている、というのが現在進行形の社会の状況なのだろう。

なんだかんだいって石やら土壁やらに彫って刻んで残すのが最強。

『本屋・アナキズム・革命』

【序文】
とっくの昔に答えは出ている。我々は、はたらかないでたらふく食べれるようになるべきなのだ。不労所得、ということではない。不労無得でよい。あるいは、不労無得がよい。なんも得ずとも、生きていられる。そこを基本条件とすべきなのだ。
もちろん実現は簡単ではない。現状の社会システムが邪魔をする。夢物語だと嘲笑されもするだろう。しかし大谷翔平がメジャーリーグで50-50などという大記録を達成したのも、幼少期になんらかのとてつもない夢を抱いたからにほかならない。まずは大志を抱け。そののちに道筋を考えよう。いったい誰が、二刀流の野球選手がメジャーリーグで前人未到の記録を連発するなどと予測できただろうか。おそらく大谷本人だけがそれを信じていた。そして歩き続けている。
ならば我々にもできるはずだ。不労無得で生きていく。はたらかないで、たらふく食べたい。ホームランなど打てなくてよい。打ちたい者は打てばよい。公園で石を積みつづけたい。無駄。鼻毛の長さを誇るべし。無為。本を読んでもよくわからなかった。無能。しかしそれでも革命は、いつでも始まりを待っている。憧れるのはやめられない。

スレッドを表示
R sekiguchi さんがブースト

月は14時過ぎ、蠍座から射手座に移動する。
水星も朝早く、蠍座から射手座へ。火星と冥王星がキワキワのオポジションのところに濃い調停。すごく特徴的。ごく自然に爆発的なことが起こる、みたいなイメージ。スムーズに着火。膠着状態の劇的な進展。

石井ゆかり先生、相変わらずさっぱりわからんのですが、これは革命ってことですか??

R sekiguchi さんがブースト

公園で空見て「やべえ、雲やべえ」って言ってるだけで飯食わせろ!

公園で石をどれだけ高く積めるか試行錯誤してたら1日終わってた、みたいな毎日を過ごさせろ!

スレッドを表示

はたらかないでたらふく食べれるのがいちばんだろうが!答えは出てんだよ!ふんぬ!

そんな気がしてはいたが、ぜんぜん人が来ない。雨の連休初日。

ガス抜き的なものは公開SNSじゃなくて内輪向けのクローズドな場所でやっていかないと。

スレッドを表示

クソなことやってる奴のことは酷い扱いしてもいい、と我々のように「クソなことやってることを知ってる者」は心情的に納得できるけど、ノンポリ層はその「クソなことやってる」のを知らないんだから、単に「悪口言ってるだけ」としか思われない。だから「政治の話を必死にしてる奴はやばい奴だから近づかないのが吉」とか思われるんです。

スレッドを表示

こういう揶揄みたいなの、いわゆるノンポリ層つまりこの国の大多数の「ふつうのひと」からすると端的に「嫌な奴」としか思われないので、やめたほうがいいですよ。嫌な奴の話は聞きたくないでしょ。ノンポリ層に変わってもらいたいなら、こういう振る舞いをやめるところからだと思います。

x.com/nasukoB/status/185141091

ここには共産党の抱えるジレンマがあると思う。困っている人を助けることを党の方針としているからこそ、現状の社会システムのなかで生きづらくなっている者が「助けてもらう→党員になる」という流れが生まれやすい。そして現状の社会システムが「対人コミュニケーションのうまさ」を必要とするものである以上、コミュニケーションが苦手な者が生きづらくなり、困り、共産党に助けを求め、党員やボランティアメンバーになり、ということになるので、いわゆる「空気の読めない」選挙応援をしてしまう可能性も増える。だからその個人を責めるべきではなく、システムごと変える必要があるのだけど、そのためには選挙に勝つ必要があり、そのためには対人コミュニケーションのうまい者が必要になり、というジレンマに陥る。

スレッドを表示

申し訳ないが、お店に来たことがある政党関連だと公明党青年部がいちばん印象がよく、逆に共産党は(たぶんボランティアレベルの立ち位置なのだろうけど)営業時間外でも構わずドアを開けて入ってくるような人がいるので、むしろ面倒に思ってる。私はおおむね共産党支持だからいいが、これをほかのとこでもやってるならふつうに印象悪いのでマズいですよ。

スレッドを表示

今回の選挙ではお店に公明党青年部的なひとたちがひとりも来なかったので、ちょいと寂しさがある。かれらはふつうにお客さんとして来て、おすすめの本教えてほしいなどをフックに会話もして、実際にその本も買って、会計後にはじめて「公明党なんですが」と切り出し、端的に「応援よろしくお願いします」的なことだけ言って去っていくので、悪い印象がひとつも残らない。

この点、ほかの政党は先に「○○党です」とか自己紹介しちゃうから(そのことは礼儀正しさとして評価すべきではあるものの)、スタート時点から「政治の話」として認識されシャットダウンされてしまう可能性が高い。

ということを応用するならば、リベラル政党が取り入れるべきことは
・まず誰もが納得するような/まっとうな話をする
・最後に我々は○○党なんですが、と所属を明かす
という手順なのだと思う。これを逆にしてしまうと効果がなくなる。政治の話をされると認識した時点でスイッチ切られるので。

選挙応援の依頼は保険営業以上に面倒くさがられてるということは、事実として認識してほしいですね。

他者(の振る舞い)に対して「バカ」だとか「クズ」だとか「意味わからん」とか言わないところからじゃないですかね、まずは。相当難しいことだけども。どうしたって言いたくはなるからね。でも「なんでできないのか=どうすればできるようになるのか」を考えながら接しないと、変化が生じることはない。

スレッドを表示

勉強しない子どもに「なんで勉強しないんだ!」と怒る親や教師はよろしくない、ということを理解・認識するのが第一歩かもしれないですね。

やらないのではなくて、できないあるいはやりかたがわからない、あるいはそうすることを許されていない、などなどの状況に環境的要因によって陥らされているのだということに、我々「やれる」者はなかなか気がつけないので。

From:
fedibird.com/@gucchi_penguin/1 [参照]

古いものを表示
Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。