すごい現代文学短編集を読んだ。ディーマ・アルザヤット著 小竹由美子訳『マナートの娘たち』(東京創元社 海外文学セレクション)、弟の遺体を浄めながら過去を思い出す「浄め(グスル)」 からいきなり素晴らしく、様々な境界の縁に立つ人の視点から描かる多声的な作品の数々に圧倒される。
アラブ系移民2世とその伯母の波乱の人生と窓から落下する女の話が交錯する表題作、障碍を持つ弟が消えて探し回る語り手の複雑な心境を描く「失踪」、ワインシュタイン事件を彷彿とさせる「懸命に努力するものだけが成功する」、そして短編集の三分の一を占める「アリゲーター」は、実際にあった移民夫婦のリンチ事件に基づいて、新聞からメールからSNSから台本から、様々な虚実をコラージュして人間社会を俯瞰的に描き異質なものを排除する暴力性を炙り出す野心作。「サメの夏」では、衛星放送チャンネルの販売員たちが仕事をしていたら、テレビのニュースでビルに飛行機が突っ込んでいく映像が映り、移民のいるその場の空気が変わるようすがリアルに描かれる。
アリ・スミス著 岸本佐知子訳『五月 その他の短篇』(河出書房新社)、12の月ごとの物語が連なるアリ・スミスの奇想性が色濃く出た深みのある短編集で、読むごとに季節が移り変わっていくのも相まってすごく楽しかったです。
『変愛小説集』に収録されていて印象的だった、近所の木に恋をする「五月」が好きだった人は必読。駅を歩いていたら死神とぶつかりかける、他人には見えないバグパイプの楽隊につきまとわれる、突然恋人に別の家庭があると語りだす、などの話が最高でした。ハンバーガーショップの強盗や、ネス湖のクルーズ船で空元気で働く話なども好きです。あと書店や本にまつわる話が多いのもいいんですね(『グレート・ギャッツビー』が読まれもせずあちこちの古書店を渡っていくのに笑う。ガイコツ書店員本田さん的にいろんな客がくる話も)
ジェイムズ・スティーヴンズ著 阿部大樹訳『月かげ』(河出書房新社)、ジェイムズ・ジョイスの友人だったアイルランドの作家・詩人の短編集。つまりほぼ百年前の作品なんですが、一話目の「欲望」からすごくてしばし放心。車に轢かれかけた人を助けた男が「すべてを差し置いて欲しいものはありますか」と訊かれて意識に何かを灯らせて帰宅し、その妻がその夜なぜか夢で北極海へ向かう遠征隊の船に乗って凍えるような寒さを味わい――
二作目の「飢餓」は、貧困のあまりの救いようのなさに放心した。どの作品も、現実や夢をリアリズムで描く筆致がいいです。書き出し大賞は、「愛しい人」の〝四つ目おじさんは、けっこう若い〟ですね。
とりしまです。Dempow Torishima 絵と小説をかきます。最新刊は長編『奏で手のヌフレツン』。著書に『皆勤の徒』(英訳版、仏訳版も)『宿借りの星』『オクトローグ』『るん(笑)』、高山羽根子さんと倉田タカシさんとの共著『旅書簡集ゆきあってしあさって』。SFマガジンで「幻視百景」連載中。