京都近代美術館の「甲斐庄楠音の全貌」展、切り口が興味深く堪能しました。小説の装画でよく知られる絵はもちろん、今回初めて目にした図録の表紙にもなっている「春」がすばらしくて、何度か見に戻ってしまった。
確定申告で消耗がひどく、がっつり食べようと、税務署から歩ける場所にある評判の店に行ってみたらけっこうな行列だった。赤いジャンパーに赤いマフラーにグレーの帽子をかぶったしゃれたお爺さんが、歩くのもやっとらしくスチロール箱の上に座っていて、順番のよくわからないままわたしたちはその斜めに並んだものの、いっこうに列が動かないので帰ろうかなと思ったところで、後ろに恰幅のいい爺さんが並び、「ええ赤でんな」と赤いお爺さんに話しかけ、赤いお爺さんは嬉しそうに何度か頷くもうまく喋れないらしく、恰幅のいいお爺さんの足元をしきりに指差す。見れば、鮮やかな赤い靴で、恰幅の爺さんもまんざらでなさそう。赤いお爺さんのつきそいの女性もなにか言いたげに自分の足元を見る――赤いスニーカーだった(『ジョーズ』で名誉の負傷自慢をするふたりに、自慢するものがない所長が盲腸の手術痕を眺める場面を思い出す)
国書刊行会の創業50周年記念として新装復刊されたのが、『愛』『ロマン』『夜明け前のセレスティーノ』というすさまじい三冊で、ともかくめでたい。『ロマン』は、上下巻だったのが一冊となり、内容通りの凶器に。
『SFマガジン4月号』は津原泰水特集。津原泰水名義初の短編や、津原さんの手による未発表コミック、童話、など初めて読むものがほとんどです。親しかった方々の追悼エッセイも。いつかこんなふうに書けたらと羨望していた作家でした。
深堀骨さんの本が二十年ぶりに…! と驚いていたらドンブラコと『腿太郎伝説(人呼んで、腿伝)』(左右社)が流れてきた。店に入ってみたらやばそうなので踵を返したところで笑気ガスが漂ってきて肩が震え続けて動けない…みたいになりながら読んでます。〝縷〜縷〜縷縷縷〜〟に不覚にも吹く。
脳内絵面は漫☆画太郎になってました。試し読みができます。
https://note.com/sayusha/n/n4e39afdd5568
レアード・ハント 柴田元幸訳『インディアナ、インディアナ』が来月復刊されるそうで、めでたい。断片的な回想、送られてくる手紙、送る手紙、奇妙な話などがうとうとしながら目に浮かぶ情景のように染み入ってきて、しだいに背景が立ち上がってくるという、もう大好きな本なんですよ。十数年前に柴田元幸さんの朗読会でペーパーフラワーを水に浮かべるあたりの朗読を聞いて痺れ、即買ったのだった。
〝それからノアは、自分がまたいつの間にか居眠りしていたことに気づき、今回は人々が壁のなかに立っていて透明なのは壁でなく人々であることを悟る。彼らがゆらめき、やがてじわじわ消えて行くのをノアは見守り、ついには彼らは完璧に透明になる。〟
〝長い、長いおはなしを書いてそのあいだわたしたちは腰がだんだん太くなって頭ガイコツがどんどん細くなって、そのうちに誰かが誰かを送ってよこしてわたしたちの絵を土でかいて、それからみんな古くなった自分の顔をはずして、どこかにかくして、それから立ち上がってこがね色のひろいひろい野原をいつまでもかけていきました。〟
とりしまです。Dempow Torishima 絵と小説をかきます。最新刊は長編『奏で手のヌフレツン』。著書に『皆勤の徒』(英訳版、仏訳版も)『宿借りの星』『オクトローグ』『るん(笑)』、高山羽根子さんと倉田タカシさんとの共著『旅書簡集ゆきあってしあさって』。SFマガジンで「幻視百景」連載中。