─数年前─護大悟が当時付き合っていた女性が、1人での外出中に暴漢に襲われた。身体的にも精神的にも深い傷を負った彼女は、“男”という生き物全てに拒絶反応を起こした。それは愛する彼も例外ではない。
彼女に拒まれた護大悟は、彼女の気持ちを否定せず、寧ろ歩み寄った。性転換手術で身体を女性に変えることで、彼女が恐怖を抱かない存在になろうとした。しかし、体つきや声帯など、どうしても残ってしまう『男』の面影を、彼女は受け入れられなかった。
数日後、護大悟は彼女に別れを告げられた。
その後に知った、性転換した人間が現代社会で生きる難しさ。そんな中で同じ性転換仲間と出会い、悩みや苦労を分かち合えた。仲間たちと「自分たちのいられる場所を作ろう」と誓い築いたのが、ニューハーフバー『失楽園(ロストエデン)』。
旧惑星は自分たちのように居場所を求める者、社会に安心を求める者たちに寄り添える社会を作りたいと思うようになった。Top of the Tubeについて知ったのはこの頃だ。
護大悟「ん?」机に置いていたスマホの通知がひっきりなしに鳴った。これはSNSの通知だ。
…嫌な予感がする。護大悟はスマホを開いた。SNSアプリを開くと、見知らぬ人たちからのDMが複数件届いていた。旧惑星は息を飲み、一つのDMを開く。
『旧惑星さん女だったって本当ですか?』護大悟は驚いた。他のDMにも、旧惑星の性別を追求するような内容が書かれている。護大悟はその原因を見つけた。
SNS上に、自分のプライベート写真が何枚か貼られている投稿が発見された。おそらく隠し撮りされたものだ。その写真の旧惑星の身体付きは、女性であることがうかがえるものだった。彼のファンはそれを見て、旧惑星に直接性別を問いただしたのだろう。
「ファンを思うなら先に言っておいてほしかった」「騙された気分」と、旧惑星のアカウントに失望の言葉が投げかけられた。
護大悟はショックだった。歌い手として活動する上で、性別を公言する必要も機会もないと思っていた。世間が自分を男性と認識しても、間違いではないと思い訂正しなかった。そういった行動がファンへの失望を買ってしまったのだと自覚した。
旧惑星は件の話について釈明する動画を撮り、明日改めて内容をチェックしてから投稿することにした。その翌日─
【大人気TouTuber旧惑星、性別詐称で大炎上www】暴露系インフルエンサー沢沢モレソにより、旧惑星の性別判明の件が炎上ごととして取り上げられていた。『旧惑星の性別詐称により、彼を男性だと信じて推していた多くのファンが悲しんでいる』そんな文言と共に、SNS上でのファンの反応とされるものをスクリーンショットしたものが貼られてれていた。
それらの内容は、昨日護大悟が目にしたものより強い恨みが吐かれており、中傷的な内容も多く見られた。この記事は、モレソが印象操作のためにSNS上の批判的な意見のみを抜粋し、大袈裟に書いたものである。だが、インターネットを始めて日が浅い旧惑星には、それを虚構と見抜く力はなかった。これが世間の総意なんだと本気で思い込んだ。
その日の夜、旧惑星は一本の動画を載せた。旧惑星「旧惑星です。今ネット上で言われている自分の性別の件について、お話ししたいと思います」
その後は、ファンや関係者に対する謝罪、自分の性別を明かさなかった理由や経緯を事実のまま述べた。そして──旧惑星「何にしても俺は自分を好きでいてくれたたくさんの女性を悲しませた。その責任を取るべきだと考えました」
「本日より、TouTube活動を引退させていただきます」
──────────
数日後─旧惑星は声帯の手術をした。自身を『男』たらしめていた、多くの女性を傷つけた声を完全に消した。
もう2度と世間を沸かせたあの声は戻らない。彼にとっての、TouTubeとの決別となった。
旧惑星のチャンネルが更新されることはもうない。それでも護大悟は、そのチャンネルを消すことはなかった。
多くの誹謗中傷コメントの中に混ざった「男でも女でも旧惑星さんが大好きです」「いつも元気もらってます」と言った、最後まで旧惑星を応援してくれた人たちの声までは、消したくなかったからだ。
chapter5 END
『【悲報】 ストリーマーMinato 浮気か』そんな文言と共に投げられたSNSの記事。
これで何回目だろう。事実無根のスキャンダルで炎上させられるのは。Minatoは大きなため息をついた。Minatoこと湊 ネオは、TouTubeを始めてから一度も彼女を作ったことはない。
れどころか、女性関係で良からぬ噂を立てられないようプライベートで女性と2人きりになる状況はなるべく避け、大学の親しい友人を挟むようにしている。Minato「なのになんでこんな噂が立つんだよ〜! 」
このように炎上に悩まされるようになったのも、プライベートの振る舞いに気を遣わなければいけなくなったのも、元を辿ればTouTubeチャンネルの登録者が増えすぎたせいだ。監視の目が増え、自身の言動に厳しい目が向けられるようになった。
応援してくれるリスナーの期待には応えたいが、元々TOT優勝への意欲がそこまで強くない。コスプレイヤーとしての活動もメインに置きたい気持ちもある。Minatoにとって今の状況は息苦しいものだった。
──翌日、Minatoは動画編集の合間にSNSを開いた。自身の作ったVtuber『みなとちゃん』のアカウントの呟きを確認する。みなとちゃんの配信やSNS更新はMinatoが全て行っていたが、活動両立のため友人である“雲雀”にそれらを任せるようになっていた。それがリスナーにバレた様子は特にない。
Minato「これは……」Minatoはみなとちゃんの数日前の呟きに目を止めた。
このポストが投稿された前日は、Minatoが事実無根の女性問題で炎上した日だ。その翌日にみなとちゃんからのこのような呟き──察しのいいリスナーからは「Minatoが自身の炎上をネタにしている」と取られるだろう。
《湊の家》Minato「この呟きヒバリだろ?こういうネタはやめとこうぜ、誰がどう見るか分かんねーし…」
雲雀「え?あれ俺じゃないけど…湊の自虐ネタじゃなかったん?勇気あるなーって思ってたけど」Minato「え?」
2人は顔を見合わせた。どういうことだ。と確認してみたところ、どうやらお互い相手がやっていると思っていたみなとちゃんの配信や呟き、他者とのやりとりが複数存在した。
雲雀「まさかコレ誰かに乗っ取られたんじゃ…」Minato「まさか。ログイン履歴もないし、配信なんて乗っ取りでできるもんじゃ──」そんなやりとりの最中、突如MinatoのPCで配信画面が立ち上がる。
みなとちゃん「おはよう諸君〜⚓️」
その光景にMinatoと雲雀は驚いた。彼らのどちらかが操作しなければ動かないはずの“ソレ”が、ひとりでに動いているのだ。みなとちゃん「ご機嫌だねって?ふふーん♪」
「ついにみなとはこのチャンネルの侵略を完了したんだよね〜!これからここではみなとが配信していくよ!」
みなとちゃんの口元が妖しげな弧を絵描く。
「言ったよね?みなとちゃんは侵略者だって!」
あっくん「こちらのスポットはですね、○年前に高校生を十数名を監禁し、◾️し合いをさせたという凄惨な事件が起きたと言われるスポットなんですよ」「この校舎を訪れた人たちが言うには」
「あっ──」
『のんびり心霊さんぽ』の配信中の画面には、横転した映像が映し出された。それと同時に映る不気味な人影。そのまま画面はブラックアウトした。
【チャット欄】「何???」「あっくん!?」「こわいこわいこわい」「とうとう祟られたか」
その配信後、あっくんはTouTubeにもSNSにも姿を現すことはなかった。大物TouTuberの突然の失踪に世間は驚いた。それから数日後、話題性を狙ったTouTuberたちが続々と、あっくんが消息を絶ったとされる廃校舎へと訪れた。
「はいど〜も〜!自称2代目あっくんこと、心スポ巡りTouTuber いっくん です!」
いっくん「今日はですね〜、僕が尊敬する超人気心霊TouTuberあっくんが配信中に消息を絶ったとされる現場に来ましたよ!」
いっくんは同行している撮影メンバー共にN校舎へ侵入した。いっくん「なんでもここでは過去にこの学園の生徒を閉じ込めてコロシアイなんかさせちゃったりだとか!その事件で亡くなった生徒たちの怨霊があっくんを連れ去ってしまったんですかね〜…」
【チャット欄のコメント】「その辺侵入禁止になったんじゃなかった?」「撮影許可撮ってるの?」
いっくん「ん、あれ」いっくんの配信している映像にブレが起きた。画面はあっくんの時と同じように横転し、いっくんやその撮影班の慌てふためくような音が聞こえた。
【チャット欄のコメント】「これマジ?」「ヤラセ乙」「何番煎じだよ」
話題を求めN校舎を訪れる配信者は後を絶たない。しかしそこを訪れた者たちは口を揃えて、「夜な夜な歩き回る配信者の霊を見た」と言い、配信をやめてしまう。配信の向こうの真相を知るものは、誰1人いない。
chapter7 END
登録者数 1341万6442人。これだけの応援者を集めた映えある優勝者は────
インタビュアー「餅付さんおめでとうございます!TOTを優勝されたお気持ちはいかがでしょう?」
餅付「ありがとうございます!衝撃過ぎて感情が追いついてないです。まさか自分が…」この表彰式は現在、TouTube上でライブ配信されている。チャット欄には数億規模の視聴者が同接し、さまざまな言語で祝福の言葉が投げかけられていた。
マテヨ「おめでとう餅付!お前を一目見た時から優勝するんじゃないかって思ってたんだよな。オレの目に狂いはなかった。嬉しいよ!」
餅付「あ、ありがとうございます!」餅付はレジェンドTouTuberの激励に萎縮しながらも、差し出された手を握り握手を交わした。
表彰式を円満に終えた翌日、餅付はマテヨが経営する事務所に招かれた。
マテヨ「最初に言ったな。TOTを優勝した者の願いを叶えるって。お前の願いを聞かせてくれないか」
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「あっ──」