読んだ。Dry Cleaningは音楽好きの間で話題にあがったデビュー作から名前だけは知ってたんだけど聴いたことなかった。出自やルーツを知ると面白い、改めて聴きたくなった。
インタビュー中盤から政治の話題にシフトしていって、政治家の嘘がまかり通るようになったことへの憤り"Conservative Hell"を語っていたんだけど「あ〜ポップスやってるなぁ」と眩しくなってしまった。日本のポップスが漂白された大衆歌となっているばっかりに。
社会と歴史、街との関係性でバンドが成り立ってシーンが形成される感じは中々日本では考えにくいよね。
ちょっとこの辺りは気をつけた方がいいんじゃないかなと思っていた。そろそろ自分もふくめてTwitterから移ってきた人たちもマストドンに慣れてきて、少し煮詰まり始めている気配が何となく感じられるようになってきているので。
自分の発信の仕方やフィードの構築の仕方もふくめて、どんな姿のインターネットを構築したいのかを意識していかないと、対立ありきでの連帯が争いを産んできたTwitterの二の舞になりかねないと思う。
邦ロックバンドの形骸化も、アルバムジャケデザインの貧困化も多分根本の問題は共通していると思う。アニメMV界で「こむぎこ2000」フォロワーが生まれなかったこと、逆に漫画界に「藤本タツキ」フォロワーが大量に現れたこともムーブメントとしては近いと思う。
それは、表層だけを真似ること、表現のコモディティ化を更に加速させている点だと思う。もちろんマネするところからがスタートなんだけど、処女作以降は創作の大量生産/消費に加担しないように意識的に制作する必要があると思う。AIの台頭やラップトップが若年層にも普及した現代では、作家自身の哲学から由来する創作「唯一無二であること」でしか価値を見出せないと思う。
アイドルのパフォーマンスも、AIが作ったCGが実際の人間と遜色なく出来てしまうとなると、人間のアイドルはただ歌って踊れるだけではだめで、人間にしかできないことをやっていかなくてはいけなくなるだろう。芸能関係者の社会への積極的な関与は(権力への協力を除いて)日本では忌避されるが、そういうものがより一層強みになる時代になっていると思う。
Born in 2000. Based in Nagoya,Japan.
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