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形容できない喪失感を感じるたび、生をより強く実感する。

読んだ。Dry Cleaningは音楽好きの間で話題にあがったデビュー作から名前だけは知ってたんだけど聴いたことなかった。出自やルーツを知ると面白い、改めて聴きたくなった。

インタビュー中盤から政治の話題にシフトしていって、政治家の嘘がまかり通るようになったことへの憤り"Conservative Hell"を語っていたんだけど「あ〜ポップスやってるなぁ」と眩しくなってしまった。日本のポップスが漂白された大衆歌となっているばっかりに。

社会と歴史、街との関係性でバンドが成り立ってシーンが形成される感じは中々日本では考えにくいよね。

cinra.net/article/202302-DryCl

4月ですが、周りでバンド活動を終了する話をちょくちょく聞きます。各々の事情なので集団での活動は継続できない場合があると思うけど、どうして"音楽"活動も辞めてしまうのか?形を変え、頻度を変え、色々と試行錯誤して続ける道を探してほしいなと思う。

特に私は凡人クリエイターなので「天才」的な人達に対抗するにはもう、キャリアの長さしかないと思うんだよね。1分1秒でも長く現場に居ること、それに取り組んだ合計時間で勝負する。

早熟なひとに憧れて焦燥するのはしょうがない。でもそこで腐らずキャリアを続けていけば、いつかは何かしら成果がでるという根拠のない自信があって私は一生涯辞めないつもりでいる。

嘘とかつかない。なんかどうでもいい。

橋本愛さんの週刊文春の連載、あれは小さな希望だと思うんだけどな。「少しでも何かを良くしたい。成長したい」と思ってるひとがわずかでも確かにいる、そんな希望。

Everything Everywhere All at Onceみてからずっと亡くなった親との関係性について考えている。

aki さんがブースト

ちょっとこの辺りは気をつけた方がいいんじゃないかなと思っていた。そろそろ自分もふくめてTwitterから移ってきた人たちもマストドンに慣れてきて、少し煮詰まり始めている気配が何となく感じられるようになってきているので。
自分の発信の仕方やフィードの構築の仕方もふくめて、どんな姿のインターネットを構築したいのかを意識していかないと、対立ありきでの連帯が争いを産んできたTwitterの二の舞になりかねないと思う。

前撮影させていただいたアスリートで政治にも関心があり、いずれ出馬したいと考えているという選手がいた。それでどこから?とそれとなく伺ったら「参政党」と答えるのでびっくりしてしまった。

すごく誠実で行動力のあるひとなんだけど今の世の中を見て、よく考えた上で、なんで「そう」なるんだ...と落胆してしまった。

スポーツがナショナリズムと現実逃避に利用されるのを見るたびにすげぇ悲しくなる。私はスポーツの仕事が好きだし、スポーツを観るのが好き。スポーツの魅力を発信したいと思って仕事をしている。

組織運営側がスポーツの本来の魅力を見失った施策を恥ずかしげもなく実施したり、問題を改善していこうって姿勢がほとんど見えないからスポーツなんか観ないよって人が増えていく。私たちも「時代に必要とされなくなっていくんだろうな」って悲観的になっちゃうんだよね。

唯一無二の作家になるためには、知的好奇心の獣、真の意味での「オタク」であることは必須条件だと思う。それに加えて、現代の社会問題や歴史、文脈についても知ろうとする姿勢が大事。

そしてある程度のキャリアを築いた作家陣はクライアントワーク、ファンベースでの活動どちらでもコンフォートゾーンを突破しようという努力を常に怠らないで欲しい。

インボイス制度の強行採決からも分かるように、創作をはじめることも続けることも困難な時代になった。ベテランも中堅も新人も、誰しもが文化形成の一端を担っていることそれを自覚して、矜持を持って創作に挑み続けていきたい。

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邦ロックバンドの形骸化も、アルバムジャケデザインの貧困化も多分根本の問題は共通していると思う。アニメMV界で「こむぎこ2000」フォロワーが生まれなかったこと、逆に漫画界に「藤本タツキ」フォロワーが大量に現れたこともムーブメントとしては近いと思う。

それは、表層だけを真似ること、表現のコモディティ化を更に加速させている点だと思う。もちろんマネするところからがスタートなんだけど、処女作以降は創作の大量生産/消費に加担しないように意識的に制作する必要があると思う。AIの台頭やラップトップが若年層にも普及した現代では、作家自身の哲学から由来する創作「唯一無二であること」でしか価値を見出せないと思う。

G7各国のリーダー達は既に現地に赴いている。行くのが遅れてしまったから何かインパクトを残さなきゃ...!

「必勝」クソデカしゃもじドンッッ!!!なにこれ?

インタビューでの大谷選手のように、業界全体にいい影響を与える選手やスポーツ従事者がたくさんいる一方で、優生思想むき出しの元選手や賄賂まみれの大会や差別企業をスポンサーに迎えるチームもいる。日本代表の活躍だけ、都合のいいところだけ見て喜ぶなんて無理だよ。

ライブハウスにカメラマンとして出入りしてるから名前だけは知ってた「ヤングスキニー」というバンド。自身の持つトキシックマスキュリニティを隠すどころか堂々とMCで発言していて極めて不快。「女を軽く扱う俺」ってクソダサい価値観を周りのスタッフや仲間から指摘して貰えないままメジャーデビューまでしてしまったんだな。

ライブハウスはまだまだ男性ばかりの世界で、男性社会の悪しき風習が全然残ってると感じる。先輩バンドマンが酒を過剰に飲ませたりetc先輩やブッキングスタッフに嫌われると上がっていけないような風習があるのが本当に良くない。

Twitter文字数制限が一部(というか有料のみ?)緩和されたようでびっくりした。リプライにけっこう数の「長いわw」と付いててMastodonの心地よさを知らねーんだなぁと。

aki さんがブースト

アイドルのパフォーマンスも、AIが作ったCGが実際の人間と遜色なく出来てしまうとなると、人間のアイドルはただ歌って踊れるだけではだめで、人間にしかできないことをやっていかなくてはいけなくなるだろう。芸能関係者の社会への積極的な関与は(権力への協力を除いて)日本では忌避されるが、そういうものがより一層強みになる時代になっていると思う。

私自身めちゃくちゃにオタクなんですけど、その芸術がどんな時代に創作されて、どう社会に影響するかを考察したいオタクなんですよね。

シン・仮面ライダーの感想を見ているのだが愛憎入り混じった...という感じになっていて、なるほどですね〜となっている。改めて海外スタジオ作品だったらこんなリアクションにはならないんだろうなって思った。

以前ディズニーでストーリーボードアーティストをしている方の講義を受けたのだが、そこで衝撃だったのが「そもそも絵コンテを分業する」ということと「Vコンに簡易なSEをつけて全スタッフで試写をする」という事実。コンテ作成の段階でたくさんの人の手が入れば、確かに属人的で評価両極端な作品にはならないよな〜と思った。庵野秀明や宮崎駿や押井守などのカルト的人気作品は生まれにくいかもしれないけど。

Everything Everywhere All at Once、主題歌をMitskiが歌ってること知らなくてめちゃくちゃビックリだしエンドクレジットの最後の最後まで多幸感と充足感でひたひたでしたね….

私は主人公の娘「ジョイ」に自分を重ね合わせてみて、笑って泣いて感動しました。

Everything Everywhere All at Once 見た!!!

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