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「パーソンズは、ヴェブレンや制度派経済学を、『反主知主義的経験主義』とか、『実証主義的制度主義』と位置づけるのである。これらは彼の眼からするならば、『主意主義的行為理論』の対極に立つものであった」148頁

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「1939年から40年にかけて執筆された『行為者・状況・規範的パターン』…
 初期の『目的ー手段図式』からの脱却をはかったのは、行為の非合理的側面や感情的側面に充分な光をあてる概念枠組みが求められたからであった。こうした関心が、ファシズム運動や反ユダヤ主義の宣伝などについての、第二次大戦期の関心と緊密に結びついたものであることを、この論文は示している」144-5頁

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「この時期[1935〜6年]にフロイトと本格的にとりくんだのは、『ホーソン実験』で有名な精神分析学者エルトン・メイヨーの勧めにしたがった結果である」125頁
fedibird.com/@9w9w9w9/10940542 [参照]

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「[ブリントンへの反論の中で]『社会学はいまや、理論的成熟の段階に到達した』ということができる。こう指摘してパーソンズは、そのことを示す事例として、(1) 機能主義人類学、(2) シカゴ学派を中心とする都市社会学、(3) 精神分析学的研究、の展開をあげる」122頁

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「彼[パーソンズ]はヨーロッパの4人の理論家[パレート、マーシャル、デュルケーム、ヴェーバー]にくわえて、徐々にフロイトやアメリカの社会学者ミード、トーマス、クーリー、人類学のマリノウスキー、ラドクリフ=ブラウン、クローバー、クラックホーン、ダヴィド=シュナイダー、クリフォード・ギアーツ、エヴァンズ=プリチャード、ファース、エドマンド・グラックマン、心理学のピアジェ、さらにはサイバネティックスや近年の分子生物学をも、この[主意主義的行為理論への]収斂にくわえることができる、と考えるにいたる」114頁

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「ソローキンはギリシャ正教徒として、中世カトリシズムに高い評価をおき、プロテスタンティズムをキリスト教の世俗化した『崩壊』過程に位置するもの、とみなしていた」104-5頁

その後の西欧社会の世俗化の急速な進行を見ると、あながち間違いでもないような😅

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「ヘンダーソンの主催する『パレート・セミナー』にも、ふれておかなければならない。ヘンダーソンは、ハーヴァード・メディカル・スクールを卒業し、母校の教授として、生理学・生化学・生物学・物理化学・科学史などの広範な領域の研究を推進した、高名な自然科学者である。彼は、同僚の生理学者キャノンのホメオスタシス——すなわち、生物有機体が体内の安定性を維持しようとするメカニズム——の研究に、強い関心をもっていた。…
 このセミナーを通じて、1930年代のハーヴァードでは、『パレート崇拝』といわれるほどパレートが流行した。このセミナーの影響を最も強くうけたのは、当時大学院にはいったばかりのホーマンズである」88-9頁

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「文化の『累積的進化』という若きパーソンズの考えからすれば、文化の部分的『没落』はありえても、文化<全体>の『没落』や堕落は考えられないことになる。それだけにウェーバーやシュペングラーのペシミズムは、パーソンズに強烈な違和感をのこし、晩年にいたるまで脳裏にやきつく結果となったとみることができる」74頁

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「パーソンズの学生時代の2つのレポートに示された発想と問題関心とは、実に長い研鑽の過程をへて、60歳をすぎてから、彼の『新進化論』として結実するにいたる。まことに一貫した、息の長い営みであるといわざるをえない」62頁

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「若きパーソンズにとって、ハミルトンとエイルズとの2人の師をとおして修得した『制度派経済学は、まさしく私の出発点となった』ものである。『制度派経済学』という名称自体、ハミルトンの命名によるといわれている。ヴェブレンを祖とする制度派経済学は、やがてミッチェルのもとで数量化への傾斜を強め、『統計的経験主義』にゆきつく。『統計的経験主義は、重要な貢献をおこない、私の関心ともある程度の関連をもってはいたが、私に理論形成上の主要な関心を与えたのは、より初期の形態の制度派経済学であった』。のちにパーソンズは、こう記している」60-1頁

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(承前)「こうしてパーソンズは、単線的進化論の典型としてモーガンの『古代社会』をとりあげ。これに強い批判を投げかけることになる。…
…特定の指標だけをとってその文化全体の段階を設定することは、妥当でないと思われる。人間の『知性』と『文化変容』の役割を考えるならば、生物進化と文化的進化とのあまりにも密接なアナロジーは危険である。パーソンズは同じような観点から、さらにヘンリー・メーンやホブハウス、デューイ=タフツの『倫理学』にみられる単線的段階論を批判している」58-9頁

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(承前)「『初期の進化論の顕著な特徴』は、『いわゆる進化を、あらかじめ運命の定められた1つの方向への継続的な漸進的変動と想定する』ところにある。それは『単純なものから複雑なものへ、アメーバーから人間への変動過程』であり、『ほとんどつねに強力な人種の発展』に終わるとされていた。『だがこうした命題は、問題をあまりにもひどく単純化しすぎた誤りであると思われる』。それは『経験的事実というよりもむしろ、感情的偏見に適合的な』、『モーレス』の結果であるとみなければならない。
 近年の生物学研究、とりわけ遺伝学においては、『ドグマ的な主張は非常に少なくなり、多くは試論的な仮説となっている』。すなわち『多少とも不規則な期間に、明確に理解されていない方法で、むしろ急激な変化ないし突然変異があらわれる傾向』を強調する。この突然変異によって発生した種のうちどれが生き残るかは、それが発生した環境条件に依存すると考えられる。したがって単線的進化という図式は成立しえない。そもそもダーウィンは、ドグマを排して『驚くべき量の証拠を蓄積した』。『ダーウィンの名がドグマ的な単線的進化論と結びつけられたのは、大部分彼の信奉者の責任である』。『ダーウィン主義は、思想がモーレスによっていかに歪められるかの典型的事例をなしている』」58頁→

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「彼[パーソンズ、1923年]は、『モーレスの進化過程』の検討にのりだす。そのさい、『進化論の進化』という観点が強くうちだされていることにも、留意しておかなければならない。進化論という理論図式そのものも、進化すると考えられ、思想史的アプローチが示されているからてある。
 パーソンズによれば、『中世においてモーレスは、大多数の人々に疑問なく受けいれられていた』。それが拒否される場合でも、『モーレスが継続的に変化する』とは考えられていなかった。『進化論的観点』と『それを倫理的・道徳的行動に適用することとは、19世紀後半の生物学におけるダーウィン主義運動と、明確に結合している』。だが『ここ5年ほどのあいだの、この問題にかんする最良の文献にあらわれている思想は、40年ないし50年前のそれとは、かなり異なっている』。『進化論の進化』を考察しなければならないゆえんであるという」57-8頁→

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「[モーレス・社会構造の]3つの構造的部分[技術・制度・儀礼]は、現実には『すべてあい関連し、織りなされている』。『ちょうど哺乳類の体において。循環システム・神経システム・消化システムのいずれも、それじたいでは意義をもたないにもかかわらず、それらを区別することができるのと同じように、われわれは社会構造の3つの主要な側面をとりだすことができる』」54頁

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(承前)「こうしてパーソンズは、心理学者ゴッダードの有名な『カリカク家』の研究に、批判的に言及する。ゴッダードは、カリカク家に精神薄弱と犯罪が多発していることを根拠にして、『犯罪への傾向は明らかに遺伝的である』と結論づけている。だがパーソンズによれば、パーソナリティの一般的弱さや混乱傾向が遺伝的であったとしても、『犯罪や売春の直接の原因は、社会的条件に求めなければならない』。しかもこうした議論が一般化され、特定人種の優劣にまで拡大されるとすれば、ことは重大である。『この問題は、こんにち最も激しい議論の主題となっており、それゆえ二重に注意深いアプローチを必要とする』。
 この論点についてパーソンズは、そもそも人種間の『優劣を判断しうるなんらかの信頼しうる基準を見いだすこと』は、困難であると主張する。むしろ人種間の優劣を論ずる議論は、ウォルター・リップマンがのべているように、恣意的な判断であり、偏見をともなったものであるとみなければならない。『白人人種が黒人人種よりも優れているとか、適応能力が大きいということさえ、証明することはできない』。このような先入見は、非常に重要な結果を生みだすこととなろう」51-2頁

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「パーソンズは第1レポート[1922年]の最後に、文化に影響を与えるそのほかの2つの要因について、さらに検討をくわえている。その第1は、『地理的状況や気候などの、完全に外的な影響』であり、第2の要因は、『遺伝と人種的差異という、非常に論争的な問題』である。この2つの要因はいずれも、人間の主体性に制約をくわえる所与的要因と理解することができるが、パーソンズは、この2つの要因を『規定因』とみなすことに強く反対する。第1の地理的要因が文化に影響を与えることはいうまでもないが、しかしながら人間は動物に比して、『環境条件に適応するより大きな力』をもっている。…
 パーソンズによれば、第2の『遺伝と人種的差異』にかんしても、同様に考えることができる。とくに『遺伝と人種的差異』にかかわる『現代の遺伝学は、非常に新しいもので、むしろ萌芽状態にある』ことを忘れてはならない。したがって『これまでのところ、そのうえに理論を基礎づけうるような明確な証拠は、ほとんどない』。メンデルの遺伝法則にしても、『最も単純なかたちで染色体の遺伝図式』を示すにとどまっている。人間にそれを適用しうるのは、色盲などの非常にかぎられた現象についてのみである。精神薄弱といった現象を、そこから説明することは困難である」51頁→

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「『[文化の]収斂理論は、生物の進化における生物発生法則とよばれるものと、緊密に関連している』。後者は、単細胞からの生物学的発展の途上にある個体が、原生的状態からその種が通過してきた諸段階を、実際に再現すると仮定するものである。これに対応する人類学的仮説は、すべての文化が文化的進化の同一の諸段階を通過すると想定する。この場合異なった文化間の差異は、進化過程の異なった段階のそれとして説明されることになる。『生物学においてこうした考えは、非常に一般的な意味でのみ、真理と認められているだけであり』、具体的にはさまざまの変異がしられている。これと同様に文化的進化についても、『非常に広いアウトラインとしてのみ』、諸段階の継起的発展を認めることができるにすぎないと、考えなければならない」49頁

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(承前)「われわれはこのような議論から、まず第1に、パーソンズの精神分析学への関心が学生時代にまでさかのぼることのできるものであったことに気づく。ただしフロイトについては、『性を非常に強調している』点で、『われわれの目的には重要でない』としていることも、のちの彼のフロイト評価との関連で記憶にとどめておきたいと思う。同時に、こどもの社会化にかんする議論が展開されていることにも、注目しておかなければならない。後年の理論展開が、学生時代の関心に端を発しているとみることができるからである」47頁

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「パーソンズは、精神分析学が示しているように、『複合体に組織されている行動という考えかた』が重要であり、『それは、行為と思考との習慣』の表現である、と主張する。『習慣はいったん形成されるや、それを破壊したりあるいは大きく修正することさえ困難となる』。それゆえ『『本能的』反応という最も一般的な傾向』は、『過去からわれわれに課せられている習慣によって、大きく修正される』とみなければならない。
 『習慣の重要性との関連で、精神分析学は——私は非常に正しいと思うのだが——、幼児におよぼす影響の巨大な意義を強調している』。幼児は『最も可塑性に富む状態にある』ので、『非常に強力な外部の影響に直接さらされて』成長する。こどもは身のまわりにいる人々の行為を『模倣』することによって、話すこと、歩くこと、その他いっさいの生活方法を『まったく考えなしに採用する』。こうして人間は、『不可避的に社会集団の成員となる』。それゆえ『人間行為の特殊な様式を決定する最も重要な要因は、影響力をかたちづくっている習慣である』、と考えることができる」46-7頁→

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「パーソンズによれば、マクドゥーガルは人間行動を、本能から説明する。だが人間の心を、恐怖・愛・嫉妬などに明確かつ固定的に区分することは、不可能である。さらに『古い心理学者』は、『習慣』のもつ重要な役割を看過している。人間は、この地上にあらわれた瞬間から、周囲にいる他の人間の行動に影響されながら行動する。それゆえ『すべての精神過程の位置は単一の場所、つまり脳にあるとする古い考えを、すてさらなければならない…われわれは人間行動の科学の比較的最近の局面を、まさしく精神分析学のなかにもっている』」46頁

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