落合恵美子(1989)『近代家族とフェミニズム』[初版]勁草書房

「バダンテールに対するルークスらの反論のように、これ以前の時代にも他の時代でも、母親を含めた大人はしばしば子どもを可愛いと感じ、それなりに大切に世話をしたのではあったが、『母性愛』をこれほどまでに至上の感情として神秘化し、すべての女性に『本能』として強制するようになったのは、やはりこの時代以降だと言ってよかろう。『母』とは異なったかたちではあるが、今日的な『父』もまたこの頃誕生した。一家に対する支配を半ば公的な責務としていた『家父長』に替わって、ときには溺愛に陥りそうな感情をみずから抑制しなくてはならないほどの情緒的な『父』が登場する。『父』は鞭による教育を廃し、かわりに『母』と共に子どもの内面にまで目を届かせる精神的な統御を開始した」6-7頁

「ロマンチック・ラブは中世の宮廷恋愛にひとつの起源をもつと言われるが、騎士が愛を捧げる貴婦人と、性関係をもつ妻とは、全く別の存在であった。ビクトリア朝まで時代が下がっても夫婦間の疎遠は相変わらず、夫婦はむしろ各々の同性の友人との間に友愛の情を育んでいた」8頁

「マルクス主義フェミニズムは、ちょうど第三世界論に『コペルニクス的転回』をもたらした『従属理論(dependency theory)』と同じ役割を、女性論・家族論において果たしている」11頁

「フェミニズムでは、『家父長制(patriarchy)』という語を、女性の抑圧と男性支配一般を意味する概念に拡張して用いているが、この概念も人類と共に古いか、少なくとも階級抑圧より本源的であると通常理解されている。…
 しかし、歴史社会学的考察はこの前提に異議を提出する。…女性の抑圧は、少なくともわれわれが思い浮かべるようなものとしては、近代固有の現象なのではないか」13頁

「どのようなカテゴリーが『差別化』されるかを決定するひとつの、おそらくは最も主要な装置が、われわれがすでに近代化過程におけるその成立を見てきたような家族、…〈近代家族〉である。〈近代家族〉は『市場』(あるいは『市民社会』)の『シャドウ』であり、後者の原則である『平等主義規範』の浸透を家族の壁で遮断する。…
 換言すれば、〈近代家族〉と『市場』のセット、すなわち『近代社会』が二重規範を産み出した。この種の『差別』は、正確に『近代的』現象なのである。
 実際、歴史的には、最初のフェミニズム運動の発生は、〈近代家族〉の誕生と軌を一にしている」14頁

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「<家族と国家>…
 20世紀になると周知のように[??]、公共性は肥大化した国家に吸い上げられ、前世紀的な公共性は解体する。そして、男性も家庭に埋没する私生活主義(privatism)、さらにはナルシシズム…の時代が到来する。
 誤解してはならないのは、家族は国家の支配から免れた最後の『避難所』や対抗と反撃の拠点などでは決してあり得ず、国家と同時完成した同位対立物だということである。
 …〈近代家族〉は、近代国家と共に、近代国家の助けを借りて完成した」15-7頁

「〈近代家族〉の特徴を理念型的にとりだすと、次の8点ほどにまとめられよう。…
 (1) 家内領域と公共領域の分離
 (2) 家族成員相互の強い情緒的関係
 (3) 子ども中心主義
 (4) 男は公共領域・女は家内領域という性的分業
 (5) 家族の集団性の強化
 (6) 社交の衰退
 (7) 非親族の排除
 (8) 核家族
 これらの諸特徴のうちで最も基底にあるのは、(1)である。これは、より正確に表現すると、家族と市場(経済学的意味に限定せず、『市民社会』と言いかえてもいいような社会学的概念とする)との分離あるいは同時生成ということである」18-9頁

「かつては『近代化は核家族化を帰結する』と言われていたが、歴史人口学の発達によって少なくとも西欧については16世紀から核家族が一般的だったことが知られ、近代化(産業化)が家族に及ぼす影響を簡潔に定式化する命題は立てにくくなっていた。家族の形態ではなく性質に着目し、同じ核家族でも家族意識の有無を目安に区別できる〈近代家族〉概念の登場は…『近代化は〈近代家族〉を帰結する』という新たな命題を可能にするものだった」20頁

「ヨーロッパ的婚姻パターンの始期は必ずしも明らかとは言えないが、イングランドなどわずかな例外…を除いては、16、7世紀の北西欧…に出現した、とするのが現段階の一応の共通見解と考えていいだろう。その後19世紀には、それまで早婚だった南欧…、フィンランド、バルト諸国が同婚姻パターンの域内にはいって『レニングラードとトリエステを結ぶ線』…が境界となり、さらに20世紀初頭には東欧及びロシアでも婚姻率低下のきざしが見えた…
 このようにして成立したヨーロッパ的婚姻パターンは、1930〜40年頃、全地域でほぼ一斉に崩壊する。すなわち早婚・皆婚化して婚姻率が急上昇する。興味深いことには1870年頃からこれもほぼ一斉に婚姻出生力が低下しはじめ、それが一応底をついたのが1930〜40年頃つまり婚姻率上昇の時期と一致するのだ」32頁

「女性文化に代わって出産の周囲に結晶してきた新しい社会関係が『近代家族』である。…相互の強い愛情と家族意識という新たな心性で結ばれた夫ー妻ー子、すなわち『近代家族』という新たな社会関係が誕生し、それ以前にはもっと広い社会関係の中に置かれていた出産や育児をその中に囲い込むようになったのである」43頁

「出産への国家介入の強さ及び時期は国によりかなりの相違がある…先進国は自由主義的な国家、後進国は『先進国に追いつけ』という国家目標を掲げて言わば主体化した介入主義的な国家になりやすいという傾向を思い出しておいた方がいいだろう。英米なとの先進国では、おそらく国家が積極的に介入するまでもなく人々は村落から解き放たれ、出産も新たな形態をとらざるをえなくなったのではなかろうか」44頁

「家族形態に関する『核家族化』と家族の性質に関する『近代家族化』とは異なる現象であり、前者は近代化の第1局面に後者は近代化の第2局面にそれぞれ対応することに注意」55頁

「農村の間引きに対して都市では堕胎が多く行なわれ、姦通や私通を隠したい町人のみならず、経済的に困窮した小禄武士にもこれを行なう者があった。初期には大名家や将軍家の大奥でも堕胎の記録…
 このように慣習化していた間引き・堕胎に批判的な言説が浴びせかけられるようになるのが、18世紀後半のことである」66頁

「『人間の生産』の場として、新たに結晶してきた制度が『近代家族』である。『人間の生産』とは、身体と精神を備えた一人前の社会成員を社会に送り出すことであるから、出産のみならず養育・教育までも含む。出産・養育・教育は、このとき初めて家族にとっとも社会にとっても意図的な目的となった。家族の基本的な機能は子どもの養育であると一般的には言うことはできないが、『近代家族』についてはまさにそのとおりだ。なぜなら『近代家族』は最初からそういうものとして成立したのだから」85頁

「母親が一人で育児役割を遂行するという育児や母子関係についての近代家族的な理念は、現代日本社会の現実からずれている…もっともこれがすなわち前近代家族的な方向への社会変動を示しているとは断定できない。なぜなら、近代家族の最盛期にあっても、現実は理念からずれていたかもしれない。19世紀のヨーロッパでは母子関係についての今日的理念の原型が形成されたが、実質的に子どもを養育し、子どもの愛着の対象となったのは乳母であったという」134頁

もう何が何だか…😅

「19世紀の制度論的研究は、伝統的な3世代世帯から2世代世帯へ(リール)、家父長家族・直系家族から不安定家族へ(ル・プレー)、父系家族から夫婦家族へ(デュルケーム)と定式化はさまざまだが、近代化に伴う家族変動を共通のテーマとしていた」143頁

「戦後日本の家族社会学は集団論的パラダイムを精力的に導入した上に花開いたが、これは『近代家族の影』であると同時に、『アメリカの影』(加藤典洋)でもあったろう。
 集団論的パラダイムは『近代家族の影』であった。では制度論的研究には近代家族は影を落としていないのかというと、事態ははるかに混み入ってはいるが、やはり落としていると答えねばなるまい。
 …例えば近代家族を最高次の家族形態とする進化論ははっきりと近代家族イデオロギーを示したものだと言える。また、もっとややこしいことに、『社会化の第一次的な担い手である伝統を背負う家父長的な農村家族』を家族の理想とする保守主義者や改革者たちの観念にも、近代家族の影が忍び入っているようだ。子どもの養育を最も中心的な機能とする家族、暖かい[ママ]家族愛で包まれた家族という伝統のイメージは、実は近代家族の理念だからである」145-6頁

「近代家族の特徴の一般化は確かにエスノセントリックではあったが、例えばマードックの核家族普遍説などは、強い仮説を立てて理論的に大きな貢献をしようとする意志に貫かれた高い評価に値する(それゆえにこそ批判にも値する)仕事である。現在という時点から集団論的パラダイムを批判できるのは、わたしたちが近代家族のマンタリテの外に片足を踏み出しているからであり、あくまでも『ミネルヴァのふくろう』にすぎない」146頁

何がマンタリテだよ😅

「核家族への注目は、シカゴ学派の都市研究を背景としたバージェスあたりから始まるが、本格化するのは…マードック…以降である。核家族普遍説の登場は理論化への画期となったが、それが意識化された程度が高かった分だけ、暗黙の背後仮説よりもかえって批判に対して脆弱であったようだ。…
 集団論的パラダイムには、近代家族のマンタリテが暗黙の背後仮説として影を落とし、パラダイム全体をある色調に染め上げていたのである」154頁

「有賀喜左衛門が明示したように、日本の『家』は召使などの非血縁者も成員として含んでいた。ところが欧米流の家族定義が導入されるや、『家』の中の親族部分だけを『家族』とみなすという研究法が採用されて、非血縁者の同居は日本的特殊性として理論の埒外に押し出されてきた感がある。
 ところが70年代以降、ヨーロッパで家族史研究が飛躍的進展を見せるようになると、近世ヨーロッパのファミリーは『家』と訳したほうが適切な内部構造をもっており…奉公人や寄宿人などとして非血縁者をしばしば含んでいたことが明らかになってきた。近代家族とそれ以前の家族を区別する最も明瞭なポイントは非血縁者の有無であるとさえ言われる。…
 …親族でなければ家族ではないという近代の思い込みのほうが特殊に見える。近親者の親密性という新しい感性が、他人に家族に加わることを嫌い、19世紀ヨーロッパ中産階級家庭の家事使用人たちを最後に、追い出していったのである」158頁

「家族情緒の有無で近代と前近代とを二分するのは単純にすぎる。しかし情緒的絆の強度、家族の他の絆と比べた場合の特権性、規範性なども考慮に入れると、やはり近代家族が情緒に与えている価値の大きさは際立っている。愛がなければ夫婦とは言えないなどという発想は特別だし、家族成員以外の人との情緒の軽視も特別なのではなかろうか」159頁

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