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【ほぼ百字小説】(5580) 子供の頃は、よく月が降りてきた。稲刈りが終わった田んぼとか、空き地とか、川原とか。そういうある程度の広さがある平らなところが無くなってしまったから、降りてこなくなったのかな。そう思っていた頃もあった。
 

【ほぼ百字小説】(5579) 亀にはスキップなどできない、と一般には思われているが、冬眠のあいだ、冷え切った亀の体内時間はほとんど静止していて、だから亀にとっては、冬眠に入ったとたん春になる。そうやって亀は時間をスキップするのだ。
 

【ほぼ百字小説】(5578) ぬいぐるみとは無理でも、亀とならできるぞっ。つい声を荒げてしまったのは、ぬいぐるみと話せないことを亀に指摘されてくやしかったから。物干しから居間に戻ると、あんまり大声で亀と話さないほうがいいよ、と妻。
 

【ほぼ百字小説】(5577) 月の海から見る地球のような月、という句を思いついたが無季か、まあ月からは地球の北半球も南半球も同時に見えるからな、いや待て、この句の視点人物は地球から月を見てるのか、などと月から地球を見ながら思案中。
 

【ほぼ百字小説】(5576) ひさしぶりに死人のかんかん踊りを堪能する。死人になってもかんかん踊りはできるが、死人にかんかん踊りさせるのも、そんなライブを楽しめるのも、生きているあいだだけだな。笑いながらつくづく思う。ライブだ。
 

【ほぼ百字小説】(5575) 玄武岩という単語は前から知ってはいたが、その玄武があの亀のことなのかと今さら気づいて、岩石に内包されている六角形が甲羅にぴたりとはまるように腑に落ちた。世界を構成する要素がまたひとつ、亀に回収される。
 

【ほぼ百字小説】(5574) 今宵の月がいつもより大きいのは見えかたの問題ではなく、実際に膨張しているのだ。昔はそこまでではなかったのだが昨今では、その表皮の耐えられる限界近くまで内圧を上げて膨らむ。SNSの影響だと言われている。
 

【ほぼ百字小説】(5573) どろにんげんはどろをたべるよ。でも、どんなどろでもいいってわけじゃない。いいどろしかたべないよ。と、どろにんげんはいう。どんなどろもおかまいなしにたべるなんてのは、にんげんだけさ、きみたちみたいなね。
 

【ほぼ百字小説】(5572) いわゆるUFOが、夜の物干しから手の届く高さまで降下して来たが、光を放つその船底に並んでいるのはなぜか白熱電球。手を伸ばしてくるくる回すと簡単にソケットから外れたそれが今、うちにある。六十ワットだな。
 

【ほぼ百字小説】(5571) 最近、スナック菓子もパンも大きくなったように見えるが実際は小さくなっていて、でもそれ以上にこっちが小さくなっていて、それで小さくなったことをごまかしているらしい。こうしてヒトは小さくなっていくんだな。
 

【ほぼ百字小説】(5570) 朝になるといい天気で、芝居で使った衣装をまとめて洗濯する。物干しに出ると、待っていたかのように亀が足もとに近づいてくる。舞台の上でそのことを歌ったりネタにさせてもらった亀だ。お世話になりっぱなしだな。
 

【ほぼ百字小説】(5569) さっきまで立っていたところも背景も身を潜めていた闇も、見る見るバラバラに分解されて形はなくなり、ここに来たときに開いていた搬入口が再び開くと外は夜。持ち込んだものを皆で運び出し、それから全員退出した。
 

【ほぼ百字小説】(5568) 歯車の歯がかつんとひとつぶん動いて、それで季節の刻みがひとつぶん前に進む。なるほどこの世界はこういう仕組みになっているのか、と何度見ても感心する。なんでも我々のこの身体も同じ仕組みでできているらしい。
 

【ほぼ百字小説】(5567) 千秋楽の開演前の舞台袖で、ああ繰り返し見たこの夢もこれで終わりかあ、そう言えばこの芝居、夢の中でそれが夢であることに気がつく話だったな、などと考えている。それが夢だとわかっている夢の手前で考えている。
 

【ほぼ百字小説】(5566) かめたーいむ、舞台で歌うたーいむ。かめたーいむ、ロビーで売るたーいむ。かめたーいむ、意外に売れたーいむ。かーめかめかめー、かめのたーいむ。ご来場ありがというございましたあああああああああああああいむ。
 

【ほぼ百字小説】(5565) 今日も芝居の本番で、昼夜の二回公演。そのあいだに妻は旅行に出発してしまうから、帰宅したときにはもういない。どうせならそんなの知らないまま置き手紙だけが残されている、とかのほうが芝居みたいなのに、とか。
 

【ほぼ百字小説】(5564) 起きることを頭の中でくるくる回しつつ現場へと向かっているが、今日は昼と夜とで起きることが違っていてややこしい。いや、起きることは違っていて当然、とも言えるか。起きるべきことをちゃんと起こせますように。
 

【ほぼ百字小説】(5563) 段差の多い舞台は、その落差で生じるエネルギーを気づかないうちに身体に吸収させることになりがちで、千秋楽の役者の身体は過充電のバッテリーのごとくぱんぱんに。それをどこでどうやって放出するかは人それぞれ。
 

【ほぼ百字小説】(5562) もう冬眠準備で煮干しも食わないが、なぜかやたらと寄って来てぴたり密着してくる。いったい亀が何を求めているのかはわからないが、せめて甲羅を撫でてやろう。いや、撫でさせてもらっている、というべきだろうな。
 

【ほぼ百字小説】(5561) 朝から雨で、物干しへの戸を開けるとすぐそこに亀。頭も手も足も尾も引っ込めて、甲羅だけが置いてあるみたいだ。潜った蒲団の中から外を覗いているような亀と目が合う。もう冬眠か。話しかけても亀はもちろん無言。
 

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