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【ほぼ百字小説】(5560) 世界のどこかに猫の巣がある、とわかったのは、開演前の劇場に猫の巣から花が届いたから。猫のためになるようなことなんてやったかな。あるいは、しなければならないのか。まあやることにしよう。今からこの劇場で。
 

【ほぼ百字小説】(5559) あの事件の現場で、起きたことを何度も何度もなぞる。わざわざそうしなくても勝手に再生されるように、それが自分の身に起きたことだとしっかり実感できるように、太くて濃い線で描く。ありもしない事件ではあるが。
 

【ほぼ百字小説】(5558) 同じ場面を繰り返している。いや、登場人物は違うから、同じなのは台詞だけ、とも言える。存在する人間の数に対して存在する台詞の数がかなり不足しているから、そうならざるを得ない。いつからか世界はそうなった。
 

【ほぼ百字小説】(5557) 開演前の空き時間、舞台に仰向けに寝転がって天井を見上げながら軽くストレッチ。天井に灯る様々な色のライトを見て、綺麗だな、と思う。たまにライトの隙間に顔が覗くことがあって、それもまた別の綺麗さだと思う。
 

【ぼぼ百字小説】(5556) 舞台の上でシバいたりシバかれたり、まさに老体に鞭打っていて、そして何年か後にはもうこんなことはできなくなるのだろうな。そういう年齢だ。それは仕方がない。だからせいぜい嘘の世界で暴れられるだけ暴れよう。
 

【ほぼ百字小説】(5554) 昔からいちどはここでやりたいと思っていた劇場でやれることになり、その舞台でかめたいむを歌う。昔からいちどはここでやりたいと思っていた劇場でやれることになった自分という役を演じながらかめたいむを歌おう。
 

【ほぼ百字小説】(5553) 劇中のそのシーンは、何をやってもいい時間、ということなので、かめたいむを歌わせてもらう。かめたいむを歌わずにはいられない登場人物として歌う。そういうかめたいむにしてやろう。役を作る必要もないたーいむ。
 

【ほぼ百字小説】(5552) 暗闇の中で暗闇を引き寄せる練習をする。暗闇は思った以上に重い。力づくで手もとに引き寄せようとするよりも、暗闇と仲良くなって向こうから近づいてこさせるのがコツ。自分の中にもある暗闇に接するときのように。
 

【ほぼ百字小説】(5551) 百字の劇場を持っている。百字しか入らない箱ではあるが、百字にさえできればどんなものでも入れることができる。ずっとそう思ってきたが、考えたらこの自分もまた、その劇場の中にいるのかな、とか、今さらながら。
 

【ほぼ百字小説】(5550) 闇がまんべんなく広がれるようにあらかじめほぐしておく仕事。縮こまった闇をそっとほぐしていくと、隙間から端切れのような闇が出てくることがある。そんな小さな闇がこわごわと、でも力強く飛んでいく様が好きだ。
 

【ほぼ百字小説】(5549) 暗転でもないのに真っ暗になることがあって、それはこの劇場に棲んでいる狸がいたずらをしているらしい。だが、劇場に棲みつくほどの芝居好きの狸だけあって、本番中にそんないたずらはしないから、心配はいらない。
 

【ほぼ百字小説】(5548) 朝から劇場入りして、まず機材の搬入の手伝い。普段は閉じられている搬入口が大きく開くと近くの空港から斜めに上昇していく旅客機が見える。すこしうらやましくなるが、まあ我々も今からここではないところに行く。
 

【ほぼ百字小説】(5547) 明日から劇場入り。これでもう稽古はない。本番よりもはるかに多い回数繰り返したあの奇妙な日々が終わってしまったことは、すこし残念だったりもする。もちろん劇場に入ればそんなことを思っている場合ではないのだろうが。
 

【ほぼ百字小説】(5546) 同じ場所で同じ時間に起こったことを繰り返して、少しずつそこへ近づいていく。到達できるかどうかわからないし、到達してもそれが本当とは限らない。いや、そもそも全部、嘘。こうして集まった我々も全部。これも。
 

【ほぼ百字小説】(5545) バスタオルを干しに出た物干しで、すっかり涼しくなったからもう煮干しも何も食べないくせに、でもなぜかすり寄って来る冬眠準備中の亀と並んで見上げる火星は梅干しのように赤いが、火星ってあんなに赤かったっけ。
 

【ほぼ百字小説】(5544) 近所の坂の途中にたくさんの実をつける柿の木があって、西日の射す時刻にその下に立つと、いくつもに発散した火星を見上げている気分。こんなに大きく火星が見えるここはたぶん、分裂したそんな火星のひとつだろう。
 

【ほぼ百字小説】(5543) 近所の銭湯が廃業して、でもまた営業を再開したのか、と来たが、タイルの絵はなぜか赤茶けた荒野。まあお湯の中から眺めれば、この味気ない風景も別の味わいがある。しかし番台にいるあの蛸みたいな生き物は何だ?
 

【ほぼ百字小説】(5541) 行方不明になった探査機から、今も映像が送られてくる。火星を思わせる荒野に石がころがっていて、これが積み上がっていたり崩されていたり。ではやっぱりあの探査機は死んでいて、親より先に死んだ、ということか。
 

【ほぼ百字小説】(5540) 赤茶けた荒野の地平線あたりにプロペラがいくつも並んでいる。風力発電の風車のように見えるが、そうではなく扇風機。火星名物の砂嵐をあれで発生させている。砂嵐によって扇風機は見えなくなるから問題ないとか。
 

【ほぼ百字小説】(5539) もう火星人はいないが、火星人の墓はある。火星の荒野に見渡す限り並んでいる。無人探査機のカメラに映らなかったものは他にもたくさんあって、だからやはり有人計画は必要だったのだろう。地球人にも、火星人にも。
 

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