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【ほぼ百字小説】(5343) 電飾看板の隣に出ているからそう思うのか、パチンコ玉みたいな丸くてぴかぴかの月で、何かの拍子に数が増えてざらざらざらと景気よく落ちてくるかも、などとぼんやり考えていたら、穴に吸い込まれたみたいに消えた。
 

【ほぼ百字小説】(5342) 自分の中に自分ではないものの種を植える。うまく根付いて育ってくれるかな。何度やっても不安なものだが、もちろんこの私以上に、いきなり何かの中に置かれている自分に気づいたそいつのほうがずっと不安だろうな。
 

【ほぼ百字小説】(5341) 子供地下鉄がやってくる。子供たちを乗せるためだけに走らされる電車。選ばれた子供たちだけが乗る電車だ。子供たちが選んだことではなく、大人たちが選んだこと。知事が何かと契約してそうなった、という噂がある。
 

【ほぼ百字小説】(5340) 自分が転がしているのだと思っていたが、そうか転がされていたのか、と気がついたのは、転がしていると思いながら転がされる人を見たから。まあ天動説と地動説のように、同じ運動を別の言いかたで言ってるだけかも。
 

【ほぼ百字小説】(5339) 黙るまで殴り続けることを宣言する。黙るまで殴り続ける理由は、殴り続けても黙らないからで、黙るまで殴り続けるのを止めない理由は、黙るまで殴り続けるのを止めてしまえば言論弾圧に屈することになるからだとか。
 

【ほぼ百字小説】(5338) 近所でいちばん空が広いところはあの空き地だが、いちばん空が近いところは物干しで、だから物干しで暮らしている亀と空とはかなり近い。亀の欠片と天使の欠片の見分けがつかなくなるのは、たぶんそんな理由だろう。
 

【ほぼ百字小説】(5337) 疲れたのでいつもの特急でなく各駅停車で座って帰る。ごとごと揺られうとうとして、目を開けると知らない駅で、またうとうとする。この先、目を開けても目を開けても知らない駅ばかりだとは、まだ夢にも思ってない。
 

【ほぼ百字小説】(5336) 環状線と思われているが、実際には螺旋状線で、だから一周回ったそこは同じ駅ではなく、一段上か下の別の駅。違いはわずかだから支障はないが、何周もすると大きくなるから、内回り外回り、相殺するように乗ること。
 

【ほぼ百字小説】(5335) カミツキガメをカミツケナイガメたちが叩いている。それは、麩ばかり食っている自分たちの噛みつけなさゆえの行為なのだろうが、カミツキガメにできてカミツケナイガメにできないことは、噛みつくことだけではない。
 

【ほぼ百字小説】(5334) そろそろまた自分のものではない台詞を転がしながら歩きたい、などと思っていたら、道の向こうからそれらしきものが転がってきた。まだどういうものなのか見えないが、見えたところで転がしてみなければわからない。
 

【ほぼ百字小説】(5333) 骨折していた妻の指に何ヶ月も入っていた針金が抜けて、これでもう針金入りではなくなったが、それでも筋金入りの何かであることには変わりなくて、そしてたぶんその筋金が今回の針金の原因でもあったのだろうなあ。
 

【ほぼ百字小説】(5332) 動物の足跡だ。公園とか神社とか、そんな土のあるところで見かける。それに気がついてからは、必ず発見できるようになった。いつもいるのか。そう思うとたまらなくなって、これからライトを手に縁の下に潜ってみる。
 

【ほぼ百字小説】(5331) 幸い雨は降っていなかったので鴨川の河川敷に下りて橋桁を見上げながら、今日朗読する文章を軽く流して読んでみる。少々声を出しても川の音が消してくれる。そうか、これを使って会話における距離を詰めているのか。
 

【ほぼ百字小説】(5330) 持ち時間からして全部を読むのは無理で、だから途中で切るしかない。それなら、途中で切られる、という形にすれば、そういう終わりかたにはなるか。とまあそんなふうなことを思いつき、そのあたりから逆算してみる。
 

【ほぼ百字小説】(5328) 箱庭のような風景の中に置かれていた。今の自分は、この箱庭の部品のひとつらしい。そう気づいたのは、自分もそんな箱庭を作ったことがあるから。自分の番が終わったと考えるべきか、自分の番が来たと考えるべきか。
 

【ほぼ百字小説】(5327) コース取りを考えながらゆっくりたどってみる。なにしろ自分の中から出てきたものだから、曲がるところも伸びるところも折れるところもしっくりくる。しっくりし過ぎなのかも。だから、ちょっと無理することにする。
 

【ほぼ百字小説】(5326) 前は、踏みたくて仕方がないが踏みたくて踏んだのがバレるのはまずいから、そこに足を置くための理由をあれこれ考えていた。今は、踏みたくて仕方がない者のためにそこに足を置く理由を考えてあげる商売をしている。
 

【ほぼ百字小説】(5325) あのときに見た渦ではなく、今は暗い穴に見える。宇宙ステーションの回転に合わせて自分も回転すると、宇宙ステーションは静止して見える。映画の中のそんなシーンを思い出す。映画って本当は動いていないんだよな。
 

【ほぼ百字小説】(5324) あの事故物件が今も取り壊せないままなのは、その特殊な内部構造のせいだという。事件が迷宮入りしなかったのが不思議なほどの迷宮構造で、内部には様々なトラップがあり、その攻略法は殺された主人の頭の中だとか。
 

【ほぼ百字小説】(5323) 失敗した蝉を見た。公園の土の上に仰向けに転がって、くしゃくしゃの羽根はまだ白くて、その白の上を無数の黒い蟻がちょこまかと動き回っていた。地面にはもう長い行列があって、それは立派な葬列に見えなくもない。
 

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