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【ほぼ百字小説】(5259) ジェットコースターに乗っていることに気づいたのは最近。ゆっくり登っているとき、それがジェットコースターとはわからない。長い登りが終わった今、もうみんな悲鳴をあげているから、わざわざ教えなくてもいいか。
 

【ほぼ百字小説】(5258) 頭と両肘の三点で倒立すると、地球を押しながら宇宙を飛行する自分の姿がイメージできて楽しい。足で立っていても地球を押していることに変わりはないのにそうならないのは、当たり前のような当たり前でないような。
 

【ほぼ百字小説】(5257) あの潰れた会社には今も泥の社員が残されていて、いろんな仕事をさせることができる。正社員の命令には従うから、偽の社員証があればいい。泥社員が偽社員に使われてるわけだね。これが偽造社員証、お安くしとくよ。
 

【ほぼ百字小説】(5256) 舗装されてからはもうわからなくなってしまったが、まだ路地の地面が土と砂だった頃には、朝見ると波が作った模様があちこちに残ってたりしてね。ああ、夜のうちに海が遊びに来てたんだなあ、とかわかったもんだよ。
 

【ほぼ百字小説】(5255) 夜道でこの世のものではないものに出くわしてしまったときは、なんにも見なかった顔でそのまますれ違うこと。そこまではやれるが、振り返らず早足にもならず普段通り家まで歩き続けるのは難しい、と今実感している。
 

【ほぼ百字小説】(5254) 猫ロボが、酒と料理を運んでくる。人手が足りないので、猫ロボの手を借りるのが普通になった。しかし人間がやっていたときより速い。それに安くてうまくて量も多い。皆大満足だが、奥に狸ロボがいることは知らない。

【ほぼ百字小説】(5253) 亀鳴くという季語があるから亀は鳴くと思われているかもしれないが、亀は鳴かない。それでも、鼻息がぴいぴいと鳴ることはある。細い息でラッパを吹くとよく似た音が鳴ることがあって、そんなときは亀になった気分。

【ほぼ百字小説】(5252) 犬くらいの大きさで犬みたいな形の雲が、二階の窓のすぐ外によく浮かんでいた。近所に同じような記憶を持っている者が何人かいるから、たぶんあの雲はいろんな家の二階を行き来していたのだろう。シロと呼んでいた。

【ほぼ百字小説】(5251) 幼い頃から胡瓜にはなんにもつけず食っていた娘が、今朝は塩をつけていて、大人になったからか、と尋ねると、いや、今の胡瓜はまだ甘くないねん、夏になったらそのまんま食べる、と。世の中、知らないことだらけだ。
 

【ほぼ百字小説】(5250) いつも自分だけが生き残るのは、体験を語る役だからか。前から漠然とそう感じてはいたが、こうなってしまうともう語り聞かせる相手もいない。いや、これから来るのか。なんにも無い地上に立って星空を見上げている。
 

【ほぼ百字小説】(5249) 長いなー、と感じてからが長くて、でもそれが誉め言葉になる、というのがそのおもしろさだが、長いなー、が退屈さを表す言葉になる場合のほうがはるかに多い、というかそっちが普通で、つまり普通じゃないんだろう。
 

【ほぼ百字小説】(5248) あの更地、何が建つのかなと思っていたら、建てた端から傾いて沈み始め、今では「底なし沼予定地」という看板と完成予想図が。最初からそういう計画だった、で乗り切ろうという対策も含め、かなりの底なし沼らしい。
 

【ほぼ百字小説】(5245) 雨の降り始めにとんたんとんたん鳴り出すのは宇宙船の外壁のトタン板。無重力の宇宙空間に雨が降るのか、と首を傾げる者もいるが、宇宙は広いのだ、ところによっては降る。その場合は大抵、船の進行方向が上になる。
 

【ほぼ百字小説】(5244) 雨が降ったら電車が止まる。ことわざにでもなりそうなほどの土砂降りだったが、一転今朝はからりと晴れて、いい事があったわけでもないのに、何かいい事でもあったような気分。いや、これがそのいい事、ではあるか。
 

【ほぼ百字小説】(5243) 下水道に潜んでいた。下水道に潜むのは、人目を避けてこっそり力を蓄え、身体を大きくするためだったが、もはや隠れる必要などなくなった。充分な力と大きさを手に入れた今、誰が支配者なのかを教えてやるとしよう。
 

【ほぼ百字小説】(5242) 次々にいろんなところが綻んで、これまで覆い隠していたところが見えてしまいそう。自分たちの身体であわてて覆い隠そうとしているが、そっちのほうが見られてはまずいものだということに当人たちは気づいていない。
 

【ほぼ百字小説】(5241) またあのテントがやって来た。夜の中に赤い灯が浮かんでいる。夜に包まれたテントの中から見る夜は、普段の夜とはずいぶん違って、いつまでもどこまでも続くかのよう。もちろん、いつまでも続くものなど無いのだが。
 

【ほぼ百字小説】(5239) ゲラが来た。ゲラは昔の自分に似ていて、そこが懐かしくもあり恥ずかしくもあり。何日かを共に過ごしてから、ゲラはまた旅立っていった。あのときのゲラでございます、と見違える姿でまた訪ねてきてくれたらいいが。
 

【ほぼ百字小説】(5238) 二人きりになった途端、封筒に入った蒟蒻のようなものを手慣れた動作でポケットにねじ込まれ、まいったなあ、どうしよう、とぼやきながらも緩んでしまう口もとを引き締め帰宅して、封筒から出てきた蒟蒻を見ている。
 

【ほぼ百字小説】(5237) 水底での冬眠ですっかり藻に覆われて緑色になっていた甲羅を今頃になって亀の子束子で磨いてやったのは、そんなことが書いてある小説のゲラが来たからだが、それを亀が喜んでいるのかどうかは、やっぱりわからない。
 

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