昔は痴話喧嘩の末の殺人などの記事は新聞の1面にも2面にも載らず、3面に小さく扱われるだけだった。だから三面記事などという言葉も生まれたのだが、今やそんな言葉は死語となり、権力者の不正や犯罪行為は忖度して扱わないか、仕方なく報じる場合でもできるだけ小さく扱い、代わりにかつては三面記事ネタとされたような事件が大々的に報じられるようになってしまった。いま世間を騒がせている那須の資産家夫妻殺害事件や新宿タワマンストーカー殺人事件なども一昔前なら三面記事と言われたネタだろう。真相がどうあろうと私たちの生活には1ミリも影響しないこんなネタで大騒ぎするマスゴミ(できれば使いたくなかった言葉だが、もう使ってしまう)を見るにつけて、早く潰れてしまえと思わずにはいられない。
ときに、那須の夫妻殺害事件について、あれは飲食店全般への結構な風評被害になるのではないかな。そのへんの普通の一杯飲み屋が、人殺しも平気でできるヤカラのたぐいが営業していたというのはかなりゾッとする話だ。ひょっとして私の行ってるあの店も…?と考える人が出ても不思議ではないのではないか。酒はほぼ家飲みで済ましている私みたいな者には関係ない話ではあるが。
風凪いでジューンドロップ静かなる
#俳句
ジューンドロップというと何だかシャレて聞こえるが、要は生理落果のことだ。4月、育てているポポーの木がたくさん実をつけて、わぁい今年は豊作だと喜んでいたら、ゴールデンウィークが終わる頃から生理落果が始まってあれよあれよといううちにパラパラと実が落ちていく。去年も全く同じような感じだったから別に焦りはしないが、それにしても植物の体内カレンダーとは正確なものだ。去年と今年とでは気候の違いは少なからずあると思うのだけどな。
日本の報道の自由度順位がまた下がったそうだが、記者クラブメディアが主要報道を担い続ける限りこれが改善することは100%無いと思う。個々の記者には良心的な人もいるなどと言うが、そういう記者は大体社内で冷遇されているのだろう?社としての総体は今も昔も忖度・御用聞き・幇間メディアでしかない。かといって、ウェブメディアや社会・時事系のYouTubeチャンネルなどは玉石混交…というか、ゴミの山の中に砂粒の如く真実が混じっているに等しい。
で、いつも夢想するのだが、ウェブメディアやYouTubeチャンネルなどに対して「これは信用に値するメディアです」という認証を与えて信用を担保する仕組みがあったらいいのになーと思う。ファクトチェックの重要性はよく言われるが、虚偽情報を正すだけでは足りない。ちゃんとした情報ソースや取材に基づいた発信をしていると認められるメディアには積極的に信用を与える第三者機関があれば、現状カオスと言って良いウェブメディアやYouTubeの世界に秩序が生じ、例えば高齢者がYouTubeにハマってネトウヨや陰謀論者になるといった現象も防げるのではないか。ただまあ、それ以前にまともなファクトチェック機関が日本にあるのかとも思うが。buzzfeedなんか0点だよ。
憲法記念日だから憲法について真面目に記す。よく「一語一句たりとも改憲してはならないというのはおかしい。良い改憲もある」と言う者がいるが、良い改憲とは憲法の三大原理(国民主権、平和主義、基本的人権の尊重)を強化・拡張するもの以外にあり得ず、それ以外の改憲案は全て悪い改憲だ。さらに言えば、たとえ良い改憲でもそれが悪い改憲の露払いとして行われるなら悪い改憲と言うべきだ。戦前の政治体制の復活を目論む勢力が国会で多数を占めて「お試し改憲」みたいなふざけたことが唱えられている日本の現状では、改憲など100年早いと言うべきだろう。
以上の文章をblueskyに投稿した。fedibirdには同じようなことを去年も書いたような気がするから改めて書かなくても良いかなーと思ったのだが、同じことを何度も繰り返して言うのは年寄りの特権だからまた書いちゃってもいいかと思い直して、ここに転載する。まあそんなに言うほど歳ではないのだが。blueskyはほとんどフォロワーがいないので、読まれていないのをいいことに、こんなことをfedibirdで書いたら顰蹙を買うのではないかというようなことを中心に投稿することにしている。あまりそのようなことは思いつかないので滅多に投稿しないのだが。
あら可愛やと野花愛でつつむしり取る
#俳句
野花(野の花)というのは秋の季語なのだそうだが、私の中ではこれは春の草いきれの中で草むしりをしている場面を詠んだ句だから、春の季語だ。私が春と言ったら春なのだ。『金子兜太の俳句入門』という本にもそれで良いと書いてあったよ。
ここのところにわかに気力が減退気味で、筋トレもサボりがちになっていた。完全にサボることはあまりなかったが、例えば腕立て伏せ20回やらなくてはいけない所をもうしんどいから10回でいいか…と数を減らしたりしていた。あと、ああ筋トレやらないといけないなあなどと思いながら無為にスマホをいじくり回すうちに時間ばかりが経ってしまったり。ちょっと早めの五月病だったのだろうか。幸い、スランプも底を打った感じで、また筋トレをフルセットこなせる気力が戻ってきたので良かったけどね。
ところで全然関係ない話題だが、スランプの間スマホでYoutubeばかり見ていて、とくに80〜90年代初頭あたりまでの国内ボクシングの試合動画をよく見ていた。最近はそうでもないが、以前はボクシングを結構熱心に見ていた頃があった。大体竹原慎二の世界奪取の頃(1995〜96年頃)から見るようになったのでそれ以前の選手は基本的に知らない。しかし、漫画『ろくでなしBLUES』でキャラクター名に使われていたのを見たことがある名前の選手が多くて、「あー島袋っていたなあ。田中小兵太(漫画では中田小兵次)っていうのもいた。懐かしいなー」とか思いながら見ていた。あの漫画、同時代のボクサーの知名度アップに貢献するところ大だったのではないか。
アオハルと書いて青春と読む。青葉が繁るこの春という季節ほどワクワクと不安の間で感情が揺れる季節はないので、人生で一番感情の振れ幅が大きい時期を青春と初めて呼んだ人はなかなかセンスがあると思う。実際、おっさんの私もワクワクしたり不安になったり揺れ動いているよ。例えば、ポポーの接ぎ木はこのまま無事くっついてくれるだろうかとか。接ぎ穂から芽が出始めたのものの芽の色が悪くなかなか育ってこない感じなので、毎日ヤキモキしながら観察している。あと、ポポーの実は今年はどのくらい着くだろうかとか、ポポーの木は今年はどのくらい育つだろうかとか、何やポポーの悩みばっかりやな。別に私は能天気一辺倒の人間というわけではないのだけどね。ちなみにポポーの他にもうひとつ育てているアーティチョークは今年は早くも初モノが収穫できたので早速塩茹でにしていただいた。柔らかくて美味かったよ。
FREE GAZAとプリントされしTシャツを
Amazonで買う矛盾恨めし
#短歌
※Amazonはイスラエル支援企業。
コロナに感染していなかったので書いてしまうが、実は先週の日曜日に野球を見に行っていた。「一家全員分チケットを取ったけど、ひとり急用で行けなくなったので良かったら一緒に行かない?」と知人からお誘いを受けたので喜んで承諾した。当日になったらさらに体調不良者(実はコロナだったと後日判明)などが出て、結局私と知人のお子さんの2人で行くことになってしまった。でも楽しかったな。やはり現地で観戦するのは最高だな。阪神勝ったし。ちなみに写真はこの日のヒーロー才木のヒーローインタビューの様子だ。この日の前の時点では、今年の阪神はダメそうやな…まあ去年良すぎたから仕方ないなと思っていたのだが、それから1週間経ったらもう首位と0.5差の2位に上がってきたからびっくりだ。俺が見に行ったおかげかな(もちろん冗談だが。)なお、私もお子さんもコロナに感染してはいなかったから、ウイルスを球場に撒き散らすこともなかったので、念のため。
この前の土曜日から月曜日の朝にかけて知人宅にお邪魔したのだが、うかがった所その知人がひどく体調が悪そうにしていた。
知人「悪寒がするし節々が痛い。ゲホゲホゴーッホゴホゲホゲホ!」
私「おいおい、コロナじゃないだろうな?」
知人「それはない。知り合いがコロナにかかったけど、こんなもんじゃないくらい辛かったそうだから。」
正常性バイアスとはこのことを言うのだろう。私が帰宅した後、病院へ行ったらコロナと判明したと知人から連絡があって、濃厚接触者である私も隔離生活を余儀なくされることになってしまった。今のところ症状が出ることもなく、期間を空けて2度抗原検査をやったがいずれも陰性だったので、明日の朝までで隔離はひとまず終了となる予定だ。全くえらい目に遭ったが、感染していなかっただけ運が良かったと思うべきなのだろう。じつは感染していてこれから発症するという可能性も無きにしも非ずだが。それにしても、一室に巣篭もり状態でWi-Fiも使えないとなると大概気分が腐るし、気分が腐ると体調まで悪いような気がしてくる。で、体調が悪いような気がすると、コロナに感染したせいではないかと不安がつのる。こんな経験はもう二度としたくないものだ。
子供の頃、私のアイドルは大相撲の大関・小錦だった。熱心に小錦を応援している私に、私の父は「小錦は外人やぞ」と言った。私は力士の国籍なんか意識したことがなかったので、へーそうなんだと思っただけだった。それからしばらくして、相変わらず小錦を応援している私に対し、酒に酔った父が「小錦は外人だから嫌いだ!外人は負ければいい!」と言い放った。それまで父の言うことは無条件で正しく、従うのは当然だと思っていたが、実は唾棄すべき差別思想を持っていることに初めて気づいた少年時代のひとコマだった。ある意味で、私は小錦に大人にしてもらったのだと思う。
ときに、先日曙が亡くなったが、小錦は訃報を受けて何かコメントを出していないのだろうかとふと気になった。もしコメントが出ていないようだと、ひょっとして小錦も体の具合が悪いのだろうかと心配になる。小錦には曙のぶんまで長生きして欲しいものだ。
ポポーの接ぎ木について。一昨年はヤフオクで穂木を買ったところ、親木の幹より太い穂木を送りつけられて接げなかった。昨年はちょうどいい太さの穂木をゲットして冷蔵庫で保管していたら、同居のドアホにゴミと一緒に全部捨てられたのでまたしても接げなかった。苦節3年、ようやく接ぎ木に挑戦できたわけだが、3本の枝に接いだところ、うち1本の芽が膨らんで接ぎ木テープを突き破ってきており、まあまだ安心はできないが、ひょっとして成功したかもしれない。苦労しただけに嬉しくて泣きそうだ。しかし、この3年間、接ぎ木したものの失敗したというわけではなく、接ぎ木にチャレンジすることすら叶わなかったわけで、そんな運の悪い奴は私くらいなのではないか。なお、接いだ品種名は成功が確定してから書こうと思う。
BSでは韓ドラやサスペンスドラマと共に昔の時代劇の再放送もよくやっている。大体が酷い予定調和で面白くも何ともないのだが、BSフジで午前中の普通は誰も見ない時間帯に放送している枠は何故かマニア垂涎の傑作を流すことが多いのでよく録画して見ている。今やっている伊吹吾郎主演『無用ノ介』も非常に面白い。さいとうたかをの劇画が原作で、人相描きなどさいとうの絵柄そのままなのが笑える。演出は非常に凝っている。今日の回など床下にカメラが入り込んで床の穴から殺陣を見せ、不意に古いゴザが被さって視界が遮られたと思ったら断末魔の叫びとともに鮮血が滴り落ちるところなど、昔のドラマは尖った演出をしていたんだなと感心した。ちなみにこのドラマ、監修・内田吐夢とクレジットされている。有名映画監督がテレビドラマに関わっている事が昔はちょいちょいあったが、最近では聞かなくなったような気がするな。あと、ハードボイルド調の時代劇なのもいいねえ。ハードボイルドって私は大好きなのだが、どうして流行らなくなったのだろうか。基本的にロリコンショタコン風味が無いジャンルだからか?
ヘイトスピーチとかセカンドレイプ発言とか「ボランティアは迷惑だから被災地に来るな」とかの悪質な発言は、その発言がなされた動機について考えることに意味はあまり無いと思う。どんな動機だったとしても、その有害性・加害性は変わらないのだから。昔、「これはネタで言ってるだけだから。ネタにマジレス格好悪い」とエクスキューズする奴がよくいたが、ネタで言ってるならますます悪質だと思うのだが、何のエクスキューズのつもりだったのか。「若い世代はネタとベタとの使い分けができるコミュニケーションスキルが身についているのです。そんなこともわからない馬鹿親父は隠居しろ(笑)」とか抜かすカス野郎もいたよな、誰とは言わんが。世の中に悪質な物言いを蔓延させた主犯はこの手のことを言う連中だと私は思っている。
南国の桜は早足明日は雨
#俳句
https://www.47news.jp/10751173.html
高校野球でこないだの大会から導入された低反発金属バットというのは木製バットと同じくらいの反発力だというが、「木製は軽くて打ちやすかった」というコメントを見ると重さは普通の金属バット並みなのだから、実質的にプロが使っている木製よりも飛ばないバットということになるのではないか。そりゃ、甲子園でホームランがあまり出ないはずだよな。高校野球でも木製を使えばいいじゃないと言う向きもあるだろうが、何しろ木製は折れるので、プロみたいにバキーと折れてもすぐ代わりのバットを用意するような事を高校野球でやっていたら予算がいくらあっても足りなくなる。アレコマッタワネー。酔っ払っているので言葉遣いがおかしいが、勘弁してちょーだい。キビシー!
愛と正義を信じるおじさんです。 酒好き。阪神タイガースファン。 差別主義者と冷笑主義者が大嫌い。