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オタクvsサブカル図式がいまだに現役なのも「前世紀カテゴリーのだらしない継続・永続化」で回してるからじゃね?と疑念が尽きない

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何が問題かというと、個別のビジネスと公式の秩序、その単位と相互衝突を回避するコミュニティの掟が全面化し、「これとこれの好きなことってまとまるよね」といった気軽なグループ形成とエンパワメントができなくなっていることだと思う。

任意のグループ形成に対して対抗して〜というのも起きなくなっていく。そうなると、文化をめぐるカテゴリやセグメントは近過去の継続になりやすいし、分派活動が減ってしまう。分派・独立するエコノミー自体が失調しやすくなっている。

この澱みのなかで、既存のセグメントや慣習の「空気を読んで」「規範に従う」か、「特異なこだわりを持つ個体として振る舞う」かの二択を強いられる。二択自体が強制されている。

後者の選択のリスクに誰でも気づくので、水面下・裏・友人とのトークなどで行われる。つまり表に言葉になって現れにくくなる。多くが闇の中に埋もれる。

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現在の文化カテゴリーの何割かは「80-90年代のレガシー」で、その呪縛ごとそのままになっているものも多いと思う。保坂派も蓮實派シネフィルも、「更新する契機やリテラシーごと絶えたトライブ」に見える。

米澤嘉博がいなくなった途端(=米澤嘉博のような手広い見識の職業的ライターが稼げる仕事ではなくなった途端)、漫画の通史的な本はほとんど生産されなくなり、更新されなくなった。

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いろんな隣接エリアを「これ同じようなニーズだし買ってる奴らも同じ集団だろ、名前つけてフィーチャーしたろ」というノリでをまとめてガイドする商売(=雑誌)がもう無いか機能してないので、分野をまたがる包括視点や枠組みが全然生まれないし共有されにくい情勢がいまいろんなところで顕著になっている。個々のマーケットの円滑さ、成功しか求められてない状況がある。
裏を返せば、前世紀は包括的視点がそれが商売になるかぎりで存在していたが、それがなくなったとたん更新されなくなったんだろうし、そういうのがいたるところにあるんだろう。

こういう見方になるのも、前世紀の文化秩序をぼやっと覚えている側の感慨であって、今は「ネットのコミュニティがあるかぎりでエリアや包括性が認定される」「それ以外は単に点であり、個人のこだわりとしてしかカウントされない」が剥き出しになった秩序から認識がスタートしている人がアラサー以下だと大多数になるだろうから、包括的な語り口を再発明する手間がグンと上がるんだろうな。

そういう切り口が商売になった時代の秩序が逆に異様に思われる日も近い。

ろくでもないネガキャンを振りまく反左翼のクズなのにゲバラを自己イメージにするという臆面もなさが「転生して好きな物語人物を演じてるなろう主人公」を取り巻いてる欲望と同じっすね、という皮肉ね。もちろん。

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ヒストリエは安彦良和歴史漫画枠の現代版かなあ、ぐらいの雑位置付けが思い浮かんだ。ヴィンランドなどなどの派生が多い基準作品としてのヒストリエ。(まあ、安彦良和は坂口尚エミュレートでああなったっぽいんだが…)

コミックトム:安彦良和=アフタヌーン:岩明均

現行の「重石としての歴史漫画」ヴィンランドの方にあるんだろうけど。他方、で、「そういう歴史漫画はなんか乗れねえよな」勢のティーンズもぞろぞろいそう。

なんなの、こいつのセルフイメージ、ゲバラ?と引いたが、案外、山形こそが真なろう主人公なのかもな。翻訳して「俺はそいつ(作家や歴史的人物)になる」を繰り返す。「貴族(みすず書房)も仲間になったぜ」というリアルなろう主ライフ。
x.com/hiyori13/status/18471633

@promenade11 この「好き」は他のこの「好き」とつながるのかもー、と漫然と語るだけでもけっこう楽しくなると思う。

@promenade11 私は自分のこだわりを前面に出さない方がクールじゃね?と単に美意識で選んだらめちゃくちゃ大変になったので、普通にこだわりから広げる語りの良さもあるよな…と考えるハメになった。

@promenade11 人形論ならこれとか(しょっぱなからタイヤが主人公の映画『ラバー』を人形的だよね…と語り出すのでなかなか手広い)、kawade.co.jp/sp/isbn/978430992 金森の遺作のこれheibonsha.co.jp/smp/book/b3417 とかがあるが、これらは人形論一般に近いかな。

@promenade11 一つには「極私的なこだわり語り」が楽。マッピングはあんまり目的にしない方がいいと思う。私的語りの断片の総量が増えれば、マップ作れる人が作るのに期待する。

@promenade11 それらをまとめてガイドする商売(=雑誌)がもう無いんだから、包括視点は生まれないし、個々のマーケットの円滑さ、成功しか求められてない状況がある。包括的視点ってそれが商売になるかぎりで存在したのが前世紀で、それがなくなったとたん更新されなくなったものがけっこうあるよ。

@promenade11 ドールとかフィギュアとかVtuberとかが、かつては「耽美」と括られた80-90年代部門の現代形に思える。しかしかつての枠組みを無限に擦る連中ならいるが、そいつらは現在のリサーチをしてなさそう感

@promenade11 ええやん。そのへんを雑語りする人増えてほしい

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