パーフェクトデイズ見た。

便所要素でなんか胡散くさがられるわけだけど(あと、パンフがこの疑念を煽ってしまう)、わりと昔からある慎ましい人の生の断面かなと。アラン・タネールの『白い町で』を思い出した。無為みたいな生の輝きって感じ。これ昔からある映画のモチーフだ。

特に没入したりはしなかったんだけど、怒る方も没入して讃える人も皆ポジショナリティが問われる局面があると思う。

プロレタリア文学は作者が貧しかった、しかし「監督・映画界は便所掃除階層じゃないだろ」が一撃で起きるので、全部ポジショナリティに問いが化けてしまう。
また、映画がリアリズム様式に準拠するメディウムであることに規定されて、フィクションとドキュメンタリーの混淆が起きやすいせいもあるか。なろうとかアニメとかって絵や異世界であることによって「そもそも見る・感動するだけでポジショナリティが問われる」局面をわりと回避可能になってるし、人は気軽にコメントできるんだなと気づいた。これはいわばリアリズム様式を緩めた帰結かもしれない。

北村紗衣は「階層的に便所掃除マンに同一化できないからキレるが、その種のフラストレーションこそが欺瞞的」と位置付け可能だし(便所掃除の会社は不当な扱いをしてるわけでもないから、会社にキレさせるのはいかにも「ヘイトターゲットを都合よく配置した」だけにならないか?)、北村匡平は「便所掃除マン階層じゃない、どころかマンションのローン組んで妻子いるのに、「俺の心の中の自我はこれ」のノリで没入してるから欺瞞的」と位置付けされてしまう。

つまり作者/作品の主人公の落差に対して、今度は評者/作品の主人公の落差が待ち構えている。小説家、さらにはプロレタリア文学においては、この手の落差は封じ込めに成功していたんだな、と逆に気付かされた。

評者は「没入を表明すると、そいつのポジションを問われる」し、かつ、「下手に批判してもそいつのポジションを問われる」がある。

若い奴で作品に冷淡な人もそれはそれで「お前のポジショントークだよな?」とカウンターくらいそう。

ロマンスの気配は全くないわけではないし(同僚が口説く若い女、姪、行きつけのバーのママさんからの好意描写。しかし展開しないのがうまいんだが)、むしろロマンスがうまくいきそうな進行が生まれるたびに、主人公がニコニコするので、この匙加減がポイントだなーと笑った

8-10個ぐらいトイレ出てくるんだけど、二つ目がすでに隈研吾トイレなんだよね、あれで「うさんくせー」となる人が出るんだろうな。

あとは、田中泯が「柴や薪を背負子で背負ったホームレス、しかも踊る」なのはひどいんだが、でもビクトル・エリセの精霊要素ってこれでは?と抗弁されたら、即座にカウンター応答できるか自信ないなあ。

あと、トイレおしゃれすぎと田中へのツッコミは「リアルではない」コメントだから、どっちもリアリズム様式から自動生成されるやつじゃん?と隙がある。

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で、役所演じる主人公は日々写真を撮り、夢の時間に日々の記憶を浄化してるふう(なんかヴェンダースの妻のドナータ・ヴェンダースが作る写真スライドみたいなのが挿入される)なので、そもそもリアリズム様式を部分的に崩してるわけで、田中泯投入と、カセットテープで音楽が流れるまどろみ感は、わりと全体の構成が要求してるなあとも。

別に私にとっては入れ込んだ作品ではないんだが、「映画のリアリズム様式とその崩し方のパターン」については考えさせられる。

タイトルはルーリードから取られているが、「音楽良ければ全てよし」の民なら、ここから別のアレゴリー操作を見てとって一気に名作扱いにする作品読解も構築できそう。

パーフェクトデイズってタイトルにできたのはヴェンダースブランドゆえだろうな。もっと無名なら「トーキョージブシー」とかになりかねん。

映画『PERFECT DAYS』劇中曲
note.com/mztkwf/n/n880e42aa527

あ、そうそう、忘れてた。私は最初「桐島聡の生活これでは?」と思ったんだよな。絶対結びつけるべきだろと確信しながら序盤を見た。

やはりルーリードからひっくり返す技が生まれたな。

"『Perfect Days』を非実在おじさんの上質ルーティン映画だと断じて考えをやめてしまう人には、デイブ・スチュワートがルー・リードの「Perfect Day」について語った次の言葉を捧げるのがいいだろう。

「この曲の怖いところは、実はおそろしい状況が謳われている、と次第にわかる点にある。きれいな曲なのに、背後ではディズニーランドと闇の国がとけあっているというわけだ」"

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