イスラエルに住む、アラブ人キリスト教徒の女性の生活にスポットを当てた絵本。

彼女の1週間の生活をタイムラインとし、日々の食事が中心として配置される。
食べることは生きること。その日が存在するにはそれまでの生活も在る。
彼女の人生と背後にある紛争、マイノリティの社会的地位、女子教育のこと、それでも生活は続くこと。

ある国を知ろうとするなら、人々を自分の隣人と感じられる「日常」を描いたものを読むことは強力だと思った。

シリアスな紹介文にならざるを得ない社会状況であるが、本書に出てくる食事や菓子はあたたかく美味しそうで、それを作るウンム・アザールの誇りに満ち溢れた姿、紛争だけではない中東の姿、そしてそこに生きる人々を知りはじめることのできるすばらしい書物。

ウンム・アーザルのキッチン|福音館書店 fukuinkan.co.jp/book/?id=7373

推理小説の誕生はポーの『モルグ街の殺人』といわれるが、この作品はそれと同時期に書かれ、かのエラリー・クイーンが古典としてポーの作品と共に列挙しているものである。

わたしはミステリー小説に明るくないため推理小説的手法や表現の是非はわからないが、各章が関係者の手記や手紙であるためそれぞれにバイアスがあり、信頼できないかもしれない語り手たちのクセに注意を払ったり、自分の目星が外れ状況が複雑さを増してきたあたりで頭をひねり「いったいどうなるんだ?」とワクワクし楽しむことができた。

私が好きだった下記の登場人物をあなたもお好きであれば、心が満たされるであろうからぜひお勧めしたい。

ベタレッジ。パイプをふかしながら『ロビンソン・クルーソー』を読むことを幸せとしている老執事。70代。子供の頃より仕えている女主人や、自分の役目に誠実。ときどき「探偵熱」が出てしまうが、それを自分でも気にしている。

カッフ刑事部長、ロンドン警視庁捜査課。イギリス随一の刑事。白髪の痩せ細った男で、相手自身さえ知らないことまで見透かしそうな目をしている。バラに目がなく、バラ園の作りには一家言ある。

月長石 - ウィルキー・コリンズ/中村能三 訳|東京創元社 tsogen.co.jp/sp/isbn/978448810

 

> ことばの解釈というものは、総括的な把握ではさほど個人差が現れなくとも、細かい一つ一つの意味・用法に分け入れば入るほど各自の理解には相違が生じてくる。所詮ことばとは各個人の経験の集合にしかすぎないのであるから、語の意味・用法も決して万人普遍のものとは言い難いのである。
『基礎日本語辞典』森田良行(角川書店) p.2

 

100分de名著 リチャード・ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』 2024年2月
nhk-book.co.jp/detail/00006223

めっちゃよかったよ

ローティーの『ロリータ』の読み解きは感動するものがあった。

個人的には「よく生きるとは」仮止め状態であること。というまとめになりましたが、それには自らを訂正もできなければいけないんだよな

『ヘミングウェイ短編集(上)』面白かった。どう解釈して良いのかわからんところだらけだったが、男女の間は全部とにかく不穏ってのが際立つ。男主人公単体であれば冒険心と粗野のカタマリという感じで、思慮とか柔らかさみたいなものが全編ほぼない。他人のとこの男子の行動を見守ってる感はあった。
一瞬で人も世界の風景も構築される筆力はすごくて、チャンク範囲内に構成された見えてくる世界がすごい明瞭。めっちゃ乾いてて怖い。危なくてヤバい。それがいい。

iwanami.co.jp/smp/book/b247565

『ふだんづかいの倫理学』平尾昌宏

私たちは一人で好き勝手に、ではなく社会の中で、さまざまな人々と共にバランスをとりながら生きていく必要がある。

本書では、身近な事柄を出発点に、人生のさまざまな面を取り扱うことで、広い視野でバランスよく人生や物語を解釈できるようになること、自分で自分の人生の生き方をデザインできるようになることを目指す。

私が本書を読んだ理由は「再度ネチケットが必要なのでは?」と思ったからだ。倫理を知る必要があると思った。

大昔は一人の人間が交流できる範囲は狭く、影響が及ぶ範囲も狭かった。しかし、その頃にも倫理学は存在した。力を持ち人々に影響を及ぼす権力者は存在していたからだ。彼らには「義務」として道徳・倫理があり、力の暴走を防ぐための知識「倫理学」があったという。

現在、一般人も気軽に移動ができ、インターネットの普及で多くの人々と交流が可能になった。それは、我々が大昔の権力者のように力を暴走させないための知識として倫理学が必要になったということだ。

日々炎上中傷だのを見かける昨今。いまこそ一人ひとりが、ふだんづかいできる倫理学を身につけ、倫理的判断ができるようになる必要があるだろう。

shobunsha.co.jp/?p=5087

ヘミングウェイの「インディアン部落」なんもわからん。おもろ。

長文の方。

薄暮のなか燃えあがる生命の炎 ーー 『斜陽』 - TOM CAT WORK tomcat.work/books/978-4-10-100

『斜陽』太宰治

没落貴族の滅びの物語、と国語便覧や時折見かける紹介で聞き及んでいたが、実際に読んでみると死や滅亡よりもずっと「生」を感じる作品であった。

物語は主人公のかず子の目線で進んでいくが、時折文脈からは理解しきれないぽつりと差し込まれる一言が、不穏さ、というか彼女がただの没落貴族のお嬢様ではないことを予感させる。冒頭の無邪気にも思える母娘の暮らしは、可憐な少女たちが暖かな昼の光の中でひらひらと舞うようであるのだが、物語が進むに連れ、かず子からはじわじわと「女」が立ち現れてくる。

その「女」は旧来的な価値観を打ち破り、新時代を生きていこうとする、新しい女・母の姿である。

物語の終わりには自ら望み新たな生命を宿した女が佇んでおり、これは単なる没落の物語ではない。彼女の立ち姿にはおそれすら感じる。

その姿は、薄暮のなかひとつ真っ赤に燃えあがる生命の炎のようだと思った。

『武家の女性』山川菊栄(岩波文庫)

著者の母である千世のお話を主に、水戸の古老たちからも聞き集めた幕末・水戸の武士の家庭……血生臭い時代の中で生活をつくっていた女性たちの姿を、まるで見てきたかのように描かれているのが本書。

著者は『おんな二代の記』でもそうであったが、高性能カメラのような繊細さと色鮮やかさで聞き集めたお話をまとめられるゆえ、まるで本人が体験した話だと錯覚する。たとえば
> まだしらじら明けの、霧の深い夏の朝です。手習い子たちの「トン、トン」と門を叩くのを合図に、奥の方の女も子供も一せいに起き出して、雨戸をくります。庭の草にはまだ夜露がしっとりと、時には開けきらぬ空に名残の月が仄白く残っていることさえあります。井戸にはつるべの音、勇ましい水の音。そして台所にはチョロチョロ、パチパチ、大きなかまどの下に火が燃え始めて、白い煙が連子窓から外へ流れ出します。部屋部屋には、ハタキや箒の音。(p.11)

この筆致により描かれる幕末社会の庶民生活の証言をぜひ体験してほしい。

iwanami.co.jp/smp/book/b246161

『物語のカギ』渡辺 祐真/スケザネ

もし、小説や映像作品等の鑑賞などをして「面白かった、よかった」以外の感想も言いたいのだけれど、どうしていいかわからないという人に、ぜひ読んでほしい。

本書は、物語を読むだけで終わらせない「視点」を持つための方法を提示してくれる。

文章を読んで感じたことは「全部正解です。」(p.003) と、いうところから本書ははじまります。感想コンプレックス(?)を感じている人は「これなら感想持ててるよ」と安心できるのではないでしょうか。読んでいる間というのは必ずその人が感じた素朴なことばがある。しかし、素朴な言葉にあれこれ飾り付けないと外に出すのはちょっとな……みたいな抵抗がある。

でも、考察や感想は素朴な言葉から始まる。全てはココがスタートライン。それが示されているのが素晴らしい。こういうことはなかなか誰も言わない。初っ端から「この本、大好きだな!! 」と思いました。

大好きな物語を、もっと楽しんで読めるようになりたい。そう願う人はもちろん、物語は苦手なんだよなという人も、本書を読むと物語を読むときのコツがわかったり納得感があると思います。

ありとあらゆる人に、ぜひ読んでほしい一冊です。

shop.kasamashoin.jp/bd/isbn/97

平等と公平の違いみたいな微妙な言葉の違いを大事にできないのなら、生きやすい世の中にはならんのではないか。と してて思うなどした。(言葉狩りの話ではないよ)

『じゅうぶん豊かで、貧しい社会』ロバート・スキデルスキー&エドワード・スキデルスキー 村井章子 訳

貪欲は人間本来の性質であり、それを律していたのは宗教や思想などによるモラルであった。過去の知者もそれらや時代的価値観が前提にあった故「歯止めのない経済成長」というまさかの必要充分を超えた富の追求を想像していなかった。

という話から、本書は哲学や倫理学を引き人間の「よい暮らし」とは何かから国家のあり方や資本主義を考えていこうとする。

提示される基本的価値=よい暮らしは、基礎的で素朴だが決して侵されるべきではない人間としての生き方である。

最近ニュースサイトで目にする「Z世代の働き方の価値観」などは、本書で提示される「よい暮らしを形成する七つの要素」にとても近いのではないかと思った。彼らは、優先したいものは趣味や友情、家族であるというが、本書で提示される七要素は「健康、安定、尊敬、人格または自己の確立、自然との調和、友情、余暇」なのである。

そう考えると「よい暮らし」が重視される時代になるには、もう少し時間が必要かもしれないが、ただの理想ではないのかもしれない。


chikumashobo.co.jp/product/978

> これから日本がしようとしている税率引き上げのときには、生活必需品は軽減税率というようなことをやろうとすれば、これはいまの帳簿方式ではとても無理です。インボイス方式に改めてインボイスをその品物ごとに送ってもらわないといけません。たとえばドラッグストアで売っている医療品について、ゼロ税率だから還付しましょうといっても、インボイス方式を入れないと無理なのですね。
▼『財政のしくみがわかる本』神野直彦 岩波ジュニア新書 p.81

消費税増税の布石ってことは、個人事業主だけの問題じゃなくて、生活者すべてに関わる話だな。10月にはじまるインボイス制度。

読んだ『女になる方法』キャトリン・モラン

女にとりまくさまざまなこと……化粧、ハイヒール、性差別、生理、恋、結婚、子供について、老化現象などなと……を話題に、とてつもないユーモアと映画や音楽の例えをまじえマシンガンをぶっ放すかの勢いで、俗にそれが女だとされる「女らしくなる」から脱し「女になる」を綴るフェミニストのエッセイ。出てくる例えはほぼわからなかったが、笑ったり恐ろしくなったり痛かったりしながら、なんだか元気になった。

フェミニスト、フェミニズムって横文字がゆえに意味理解がふんわりしてたのだが「女性解放」という言葉でやっと理解した。であればわたしはとっくにフェミニストである。「らしさ」と「強制」「するべからず」は三大逆鱗ワードである。

「らしさ」はもう社会の空気や染み付いた常識に紛れ込んでいて、なにがらしさで、なにが"思い込まされ"なのかがわかりにくい。よくわからないなにかに首を絞められているかのように感じており、それに光をあててはっきり認識するのに本書、『ダイエット幻想』磯野 真穂(ちくまプリマー新書)をおすすめしたい。

seidosha.co.jp/book/index.php?

chikumashobo.co.jp/product/978

 

久しぶりに読んだ『知的複眼思考法』苅谷剛彦

なにか出来事や物事に出会った時「どうしてこうなんだ」と思って、そこで終わってしまうのならまずはこれを読むとよいと思う。思うだけの状態からの変化がはじまるはず。
この本のいいところは、読む・書く・考えるが文庫一冊にコンパクトにまとまっているところ。それらを体得する頃には本書に書いてあるいろんなことにツッコミを入れられる。

bookclub.kodansha.co.jp/produc

 

読んだ『ええ、政治ですが、それが何か?』(岡田憲治)

SNS上で「政治のことを言う人は消えて」「切実だから意見してるだけなのに。何故あんなに他人事なんだ」それぞれを目にする。すっきりしない思いであったが、読中自分の中で腑に落ちた。「切実でない・である人」という存在であるという見方である。であるならばリアルな人間同士がそうするように話し合いが行われなければ理解も不可能だが、そういったことが行われない。対岸で罵ったり嘆いたりという状況になる。

その役職がどんな仕事をするかわかっていないがその仕事に対してとんちんかんなことを言う、切実な理由があって訴えている人と慰撫的娯楽で大声で叫ぶ人を一緒くたにして冷笑する、政治は特別なもので自分には関わりがないと予防線を張る。色んな人がSNS上で観測できるが、これらを大雑把にまとめ政治の話としている状況から整理できスッキリした。

よくわからないが自分たちの生活を左右し、文句は言うがどこか他人事で、口にすると邪険に扱われる「政治」。本来人間の営みそのものであるが、特異なものと思われている。その勘違いというか無知をどうにかし、政治を考え評価するための基本軸を立てるのが本書。

akashi.co.jp/book/b178145.html

久しぶりに『ゲド戦記 影との戦い』を読む5 

ずっと自分が生み出した影(欲、恐れ)を受け入れることを拒否し(といってもそういう描写ではないがそういうこと)逃げていたが、とうとう他者が他者の欲望のために、力をとつゲドを利用しようと現れてくる。

他者の欲望は、行動や言葉から客観視しやすいし、本人に意思があれば飲み込まれずにすむ。ここは人生訓だね。その先の物語進行にも関係があるし示唆的。

計略にかかって、大切なものを失い、向かった先は故郷。ゲドは倒れるたびに常に誰かに助けられている。主人公目線で意識失ってその次の描写で意識を取り戻すのではなく、助けている人が描写される。大賢者になるものと目される人間も、人の助け無くして生きられはしないというなのだろう。

この物語で重視される言葉は他者との関わりがあるから必要なもので、ずっと主人公と他者という関係性が重視されている。

信頼する他者の目線、他者の知恵を得て打ち負かされようとしていたゲドは再び自信をつけるのだが、親として最高すぎる!オジオン!LOVE

対決の旅路についてきてくれるのは、真の友人であるカラスノエンドウ。
小学生以降子供の成長って親子で行われるものではなく、子供と友達とは育児書に書いてあるけれど、ここはまさしくそれなんだよなあ〜

久しぶりに『ゲド戦記 影との戦い』を読む4 

読み終わった!要素がモリモリなので今の知識と私の文章力では表しきれん。

科学が拾わない物事が核にある世界の話なので、言葉による支配や、目に見えないが確かに存在し、それらは名前を持つ=どんなものでも存在するのであり、それと関わり合うことがあればそれには意味がある、という世界の捉え方。

精霊信仰や雰囲気的に錬金術的なものもあったりするんだけど、この世界の本当に世界を知る者は理を重視し、均衡を崩さないように努めている、というところに、科学信仰に関することが頭をかすめた

描き方は客観的で、ハイタカのモノローグはほぼなく、人との会話や関わりにより理屈をつけ自分自身の理解を積み重ね、どう自らを生きるかを決めていく成長物語。

目に見える強大な力には、知恵と賢さと言葉の力で打ち勝てるのに、自らの欲が生み出した影にはいつまでも怯え、それが何者かもさっぱりわからず、負けてしまうことばかりを考える。

自分のことはなかなかわからないのよなあ。わたしも数年前に自分が恐れる者の正体がわかったけど、成育環境により生み出した自らの影であった。

影にやられ心身が傷ついたときのゲドの描写って鬱症状のメタファーにも読める。表現ってすごい。

「インターネット使ってるけど、なんもわからん」な人にオススメ。個人的にはいちばん読みやすいインターネット入門の本だと思っている。これを読むと、できることや気をつけなきゃいけないこと、問題に遭遇したとき事態の想像がつきやすくなると思う。

bookclub.kodansha.co.jp/produc

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