土田が歴研で報告する時代になったか。しかもジェンダーで

それこそ階級的にみればどうなんだという話ではあったが。サントリー学芸賞に期待をかけ続ける井野瀬さんもいわば同根かと。

さん、

井野瀬さん、サントリー財団理事ですからね。

ご本人の研究は、馬力も精度もあるとは思いますが、やはり私は日本の歴史学(含む)人文学には、「あちら」の「先端研究」を批判するような気概を期待したいです。

もちろん、これ「ヨーロッパ人文学」の場合、簡単でないことは勿論です。基本的に「優秀」な人ほどご当地の「先端」を吸収しようとするから、です。

しかし、これではいつまで経っても、本家の「新潮流」に一世代遅れて振り回されるばかりです。

あれだけ、原語による史料批判の訓練に厳しかった西川正雄さんが、最後に達した結論は、「ご当地の研究」の追随ではない研究をするには「思想史をつくりあげるしかない」というものでした。(そのためにローザ・ルクセンブルク論を準備していたがついに果たせなかった)。

ただ、日本の近現代歴史研究は「帝国主義」論という欧米アカデミアには「弱い」領域の研究がかつてありました。

世界システム論と接続しながら、ここを刷新することで、欧米の歴史研究と並び、超える可能性はあると思っています。勿論、日本帝国主義の研究も組み込むことが前提ですけれども。

西洋史では帝国主義論を積み上げるよりも、「帝国論的転回」を遂げるのだということなのかもしれませんが、当然のごとくそれも後追い。だいたい何から何に「ターン」するというものやら。

さん、

勿論、小野さんはご同意いただけるとは思うのですが、「帝国的転回」、これがまさに「後追い」なのです。「帝国論的」展開ではなく、いわゆる「列強帝国主義」と自由貿易帝国主義、そして「global cold war」、新自由主義と、一つ構造をとして捉えながら、同時に「断絶」も定義・叙述する、これが日本の歴史学に残されている「比較優位」だというのに・・・

この「帝国主義」論の遺産、まさに日本の学界でも消え失せようとしているのに・・・

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まあ古典的自由主義から新自由主義まで、なんて言っているのは小沢さんぐらいでしたけれどもね。西洋史のひとがんばれ。

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