あと自分はこの人のボーカルの張り詰めているところが好きなんですが、近年キーが下がってきていて、もともと(音程とか)不安定だったのがさらにちょっと微妙だったり声出なかったりということがあって、コロナ以降一回もライブを観ていない。
ボーカルもそうだけど、どう歳をとっていったらよいかわからなくてスランプに陥っているようで見てられなかったな。かれをみていて、ぼんやり生きていると40くらいになって加齢という現実に直面するのかもしれないと漠然と悟りました。二十代後半とかで身体の衰えを感じはじめたけど、やはり少しずつでも衰えに備えておかないとだめだなっていうのが最近おもうことである。ポックリいけるならいいけど、不自由な状態で生きながらえるのはこわい。
3億年ぶりくらいにメレンゲ(クボケンジ)が聴きたくなり、あれこれ聴いているんですが、初期の頃のストーリー仕立ての曲がやっぱり好きだな。
言葉遣いは稚拙なんだけど、短い一曲のなかでのストーリーの展開のしかたや落としかたが巧いんですよね。「チーコ」、「夕凪」、「カメレオン」あたりはやっぱり嫌いになれないな。
ただこの人はしばしば不思議な日本語の使いかたをするので、最初は歌詞の意味がうまく取れなかったこともおもいだした。
基本的にクオリティの高いポップソングを作る才能もある人なので、新垣結衣の有名なやつとか楽曲提供も細々としてたんですが、売れなかったな。。。リバイバルがガッと来る前からシティポップ回帰とかもしてたし、だめなところも多いがある種の感性の鋭さというのはあるんだけど、結構精神的に脆弱なところがあるからグダグダしてしまうのかもしれない。まあでも今も生きて続けてるだけで十分えらいよね。
寺尾紗穂さんのライブで、ドラマーのあだち麗三郎さんのパートナーが諸国調味料探訪という屋号でつくられているサンラーを買いました。食べるラー油的なものですね。個人的にはもっと辛くていいなとおもうけど、シナモンやカルダモンの甘い香りがして、ごろごろ入っている山くるみがおいしい。
そういえば好きなミュージシャンが物販で調味料を売りがちかもしれない。折坂悠太もライブ中に咖喱山水がカレーを作り、それも「香奏」として演奏に組み込んで、アンコールで完成したカレーを折坂氏が食べてフィニッシュ、という尖ったライブをしたり、カレーのスパイスと音源のセットを売ってたりしていたな。ちょうど夕飯時にステージからいい匂いがしてくる衝撃に打たれ、ラストもなぞの高揚感があっていいライブだった。同じことはしない人なので、またおもしろいことをしてくれるでしょう。今度の弾き語りツアーも楽しみ。
80年代あたりの少女漫画にそこはかとなく興味があり、たまに読むんですがノリがいまいちよくわからない。
でも考えたら真っ先に名前が上がるような作家や作品はちっとも読んでいなかったな。内田善美は好きです。まだ『白雪姫幻想』を持っていない。
Dr.ハインリッヒが岡田あーみんの影響を受けているときいて、『ルナティック雑技団』なんかを読んだけど、おもしろいがそこまで入り込めなかったな〜〜 ギャグ寄りだとやっぱりその時代のコードがわからないとむずかしいのかもしれない。あとハインリッヒさんの世界観は個人的には『コジコジ』っぽいのではという気がする。
積んでおいた佐藤史生『ワン・ゼロ』もいいかげんそろそろ読もうかなとおもいます。前知識はマンダラシンセサイザーという単語だけですが、マンダラシンセサイザーだけで読まねばとなった(読みたいとおもってからたぶん10年くらい)
早起きして『ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう』という映画を観てきましたが、こちらもかなりよかった。
一日のうちに偶然二度会って恋に落ちた男女がお互いの名前も訊かずに翌日カフェで会う約束をして別れるが、翌朝目覚めると呪いによってどちらも別人の姿になりそれぞれの職能を失っていて、すれ違いながら過ごす…という話ですが、やはりすごく不思議な映画でした。白昼夢めいている。細かいところはナレーションとテロップで処理してしまうし、いきなり観客に指示を出しはじめるくだりとかもおもしろかったな。
あと大抵のシーンに野良犬がいるところもかなりよかった(たぶんほぼ全員の名前も紹介される)。配給会社はラブストーリーとか書いているけど、そこが主眼ではない。通行人はスマホを持っていたりするのに、主要人物は一度も取り出さないし、人ではないものとの心理的距離の近さにちょっと嫉妬してしまった。普段あまり映画は観ないですが、こういう映画ならいくらでも観たいですね。二時間半と長いところも個人的には好きだったな。パンフレットにハチャプリのレシピが載っていて、作りたくなる。
丸木夫妻の原爆の図もはじめて実物をみましたが、すさまじかった…… 直後に描かれた一部から八部の、死者たちの凄絶な魅力……
丸木夫妻は原爆投下数日後に入市しているので、直接経験はしていない。そういう人たちが(だからこそ?)描き得たということ(丸木位里の妹である大道あやは決して描かなかった)、30年かけて核兵器のあらゆる死者たちを描いたこと、丸木俊は義理の母である丸木スマの不慮の死ののちに、その後継者として丸木姓を名乗りだすということとか、いろいろと考えてしまった。
そして丸木スマや大道あやの絵も生命力があふれだしていて、めちゃくちゃよかった。数は少なかったですが、二人はべつに美術館があるんだったかな。グッズにもなっていていろいろ目移りしたけど、まるっとしたカニのポストカードを買いました。
丸木美術館は駅からかなり遠いですが、すぐ下に川が流れていて、とてもいいところでした。また行きたい。
埼玉にある原爆の図 丸木美術館でも関連して、ハンセン病の人びとを撮った在日朝鮮人の写真家・趙根在の企画展をやっていて、そちらも素晴らしかった。
子どもの頃は亜炭鉱で働いていて、その後ハンセン病療養所に足繁く通って患者たちと交流を深め、かれ以外では撮りえない写真を撮った人。やはり写真そのものが素晴らしく、観終わってすぐに図録を買い求めましたが、撮ることの暴力性に自覚的でものすごく配慮を重ねて撮っていたことや、家庭の事情で違法な児童労働につかねばならず、読み書きに苦手意識があったが上野英信のことばに救われたことなどが書かれていて読みごたえも非常にありました(全部はまだ読めていませんが)。
こちらも7日までですが、やはりハンセン病資料館とあわせて行くことを強くおすすめします。
国立ハンセン病資料館に行って来ましたが、常設展、企画展ともに素晴らしかった。遠いのでつねづね行きたいなとおもいつつ行けていなかったのですが、行くことができて本当によかった。
ハンセン病の人びとのなかでも、外国籍やクィアの人びとをわずかながら掘り起こそうという意欲が感じられてとてもよかった。
特に戦後の『いのちの芽』という詩集を取り上げた企画展では、船城稔美という(おそらく)トランス女性の詩人をささやかながら取り上げていて、胸を打たれた。戦前は船城稔と名乗っておられたが、戦後はほぼカミングアウトした状態で、女性として生ききったかただということだった。50-60年代というと、ハンセン病のかたがただけでなく、全国的に詩がもりもり書かれた時期だとおもうけど、船城さんは誰も詩を書かなくなっても、ひとり死の直前まで書き続けたと教えてもらった。
世界的にもっとも惨たらしい境遇に置かれた日本のハンセン病患者たちが、素晴らしい膨大な詩を遺したことに打ちのめされる。いくつかの詩を夢中でメモし「どこかで読めるだろうか」と思いながら外へ出たら、美しい復刻版を無料配布していて驚きました。最高の税金の使いかただし、みんなもらいに行きましょう。5/7までですが、行ける人はぜひ行ってほしい。
この記事、いいな
【歩廊】かっぱの爪 (宮崎日日新聞) https://u.lin.ee/1IkNpfQ?mediadetail=1&utm_source=line&utm_medium=share&utm_campaign=none
主に壁打ちです あらゆる差別と戦争に反対
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