ある時見舞いに行くとソロモンは眠っていた。清潔に整えられたベッドの横にはなみなみと水の入った水差しとグラスが置いてあり、少しも口をつけた様子がない。朝から眠ったままなのだろうか。フォルネウスは枕元に座って病人の顔を眺めた。眠っていても痛みがあるのか、わずかに眉間に力が入っている。
道すがらに聞いた噂を思い出した。いわく、ソロモン王は悪魔と取引をしすぎたせいで寿命が縮んだのだと。若くしてこれほどの国を起こしたのは悪魔の力によるものであり、死後はその見返りとして魂は大地に還らず、悪魔の世界に運ばれるに違いない……。
そんなことに、なってたまるか。
ソロモンの命は大地に還り、その人生はヴァイガルドの集合意識に迎えられ、世界に刻まれて永遠に残る。それがどれほどの悲願であるか。ここまでの偉業をなした彼の魂がヴァイガルドに迎えられてこそ、追放メギドの人生は報われるのだ。ヴィータの魂をメギドラルに渡して何になる。カトルスに迎えられることもない、門前払いが関の山だ。そうだ、彼は、ここで死んでこそ……
「……あっ」
声が出て、口を押さえた。そうしなければ叫ぶか、もっとすると泣き出してさえしまいそうだった。気づいてしまった。
僕の願いはもうすぐ叶えられる。だのに、どうしてこんなに何度も彼を見舞うのか。今日は起きているか、苦しくないか、食欲はあるか、見舞いの品を気に入るだろうか。なんてことを、どうして考えているのか。彼にしてほしいことは全て終わったのに、僕は。僕の願いは、変わっている。
死なないでくれ。
ソロモン、起きて、生きていてくれ。
今すぐ体を揺さぶって目を覚ましてほしかった。食事を食べ、共に出かけ、明日も明後日もそうしてほしかった。そんなことがヴァイガルドにとって何の役にも立たないとしても。何者にも評価されない無価値なことをまだきみと続けたかった。
ソロモンの死を持ってフォルネウスの一生は証明される。フォルネウスはたしかにヴァイガルドに刻まれる。己の生涯が無に帰すことはない。だというのに。寒気のするような孤独が、ソロモンのいない世界ではじまるのだということに、フォルネウスはようやく気がついたのだった。