岸田首相は「トランスジェンダーの方々に対する誤解に基づく誹謗中傷など、性的指向やジェンダーアイデンティティを理由とする不当な差別は許されないものであり、もとより自己のジェンダーアイデンティティを否定されるようなこともあってはならない」と回答。こうした模範的な返答を見せつつ、その一方で身内で起きる差別言説は放置する。今の日本の政治に平然と存在するこのダブルスタンダードが何よりも当事者の尊厳と人権を傷つけています。 #LGBTQ
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/58599ed17647d55622462dc837bded3e9c4bfdad
マッドマックス怒りのデスロードがテレビ放映された際、TwitterのTLに「これは政治とかフェミニズムとか難しいこと一切考えず頭空っぽにして笑って楽しめるバカアクション映画」って褒め言葉の感想が何件か流れてきてびっくりした話したっけ
おすすめリンク集たちメモ_φ(・_・ 特に上2つは障害を持っている方や未診断の方やクィアたち向け
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『アメリカン・フィクション』感想
ひとりの黒人作家男性が主人公で、出版社に「もっと黒人っぽいやつがいい」と言われ、そこでヤケクソでものすごくベタベタな黒人っぽい小説を書いたら、それが大ヒットしてしまう…そんな痛烈な風刺が刺さるコメディ映画。どうしようもなく平等や差別というものを1ミリも理解していないエンタメ業界。アメリカも日本も同じ。そういう「わかったふり」が何よりもうんざりなんだよという渾身の叫びがこの映画に充満してます。当事者だからこそリアルに描けないこともあるよね… #映画
(坪井)「是枝さんがおっしゃったように、批評は批評として独立したもので、私は一つの作品だと思っている。監督の意図に反していたり、想定を超えたりしている読解があっていいんだと強く言いたい。
好意的な批評だけが素晴らしくて、批判的な批評は全部「難癖」みたいなのは納得いかない。私は批評を一種のリスペクトとして書いているので、作り手が嫌いなんだという指摘は明確にズレています。
【是枝】 それが僕にはよく分かったので、響いたんです。児玉さんと坪井さんに関して言うと、これは受け止めなければいけない本気の言葉だと思った。こういう時間は大切ですよね。
批判した側と批判された側でこうして関係が成立していることが外に出ていくのは、いいことだと思います。」
「【坪井】 特定の誰かへ向けて作ること自体は悪いとは思わないし、私も誰かに向けて作るタイプです。
けれど、「マイノリティー当事者を描いた作品をつくる」のであれば、本編に描かれた者と同様に弱い立場に置かれている者たちが作られた映画をどう受け取るかというのと向き合い彼らを“まなざす”ことと、自分はあなたたちに決して差別の矛先を向けない、敵にならない、と明らかにするのは最低限必要だと思います。「これはクィア映画でもある」と表明することは、「あなたたちを透明化しない」というスタンスの明示になり得る。
私たちは誰もが別々の存在だから、完全に分かり合うことは無理だし、個のつらさや経験はその者だけのもので、他者が勝手に代弁してはならない。だからこそ、分かったつもりになるのではなくて、分からないからこそ尊重する、のが重要だと思います。」
「心の性」と「身体の性」をやめるべき理由 - ゆと里スペース https://yutorispace.hatenablog.com/entry/2024/03/20/002301
やっと読んだ。
「これらの概念の組み合わせは、それだけではトランスの人々について何かを語るための役に立たないと主張します。しかし、それは「心の性など存在しない」とか「身体の性など存在しない」という主張とは違います。また、「心の性という表現を使うべきでない」という主張とも微妙に違います。」
なのでタイトルだけでなく本文読んでいただいて。
https://fedibird.com/@aiknwuriknru/111560321975800389
10年前に『ギャグ』めいたコマで描かれた「サイコパス」発言を論拠にライオスを『サイコパス』キャラクターだと判じるくらいならそれ以上にもっと読み取れる要素が別に色々あるだろ…!と個人的には思うし、理解や共感はともかく、包括的・受容の話をかなりポジティブにしている漫画なのでどうせなら真面目に注目してほしいんだよな… [参照]
"集団移住は、いわば「事業として無住集落をつくる」こと。林准教授はこう指摘する。
「まず、強制移住は論外。まったくもって駄目な話です。一方、皆で話し合った結果、市街地などに移住した方がいいよね、というのならあり得ると思う。しっかり議論してから決断するといったプロセスが大事」
また、故郷を守るか・捨てるかといった、二者択一の議論は不毛だという。"
”林准教授に「今、集団移住の話をするのは不謹慎だと思いますか?」と尋ねてみた。
「確かに、いまだ安否不明者もいるし、車内で生活している人もいる。不謹慎というよりも、まずもって話が届かないと思う。水は?電気は?仮設住宅は?と、それどころではないだろう」
「でも、腰を据えて『さあどうしようか』という瞬間が近々来るはず。そのくらいで話し合うのがベターではないでしょうか。(以下略)”
ひろゆきが論破された能登「集団移住論争」、石川県の人口ゼロ集落を全て回った研究者の本音は?(ダイヤモンド・オンライン)
https://news.yahoo.co.jp/articles/fc629f20a2c22ad1699b34980f7d836239d2edba?source=sns&dv=pc&mid=other&date=20240212&ctg=dom&bt=tw_up
ひろゆきと米山さんがまた論争していたこととか知らんかった。ひろゆきは論破されたかもしれないけど、私はこの林さんに賛同するなぁ
web広告会社に勤めてるんだけど、web広告会社って効果の数値しか見てないから、対男性の訴求って数値だけ求めると昔飯屋や飲み屋に貼ってあった「水着の女のビール広告」に還っていくんだよね。
あれがなくなったのって「効果がないから」じゃなくて「公共の場に相応しくないから」「女体は公共の場で消費されて良いものだという差別的な認識を公衆に与えるから」で、web広告企業は節度を持たなければならないんだけど、みんな「いかに消されないギリギリを狙えるか」をしているのでダメなんだよね。
だから広告出してる媒体、企業、(あと政府)に訴えるのがいいんじゃないかなと思う。特に媒体内で広告を個別に消すのと、企業に「あの広告は企業や企業商品のイメージを下げる」と伝えるのが効果的なんじゃないかな〜と思う。
数値のみ求めた広告ってその場の数値は良くても長い目で見たら企業や商品のイメージを損ねてると思うんだけど、残念ながらweb広告会社にその目線ってあんまないっぽいんだよな(ある企業もあるのかも! 私がいる会社はないように見える)
あと「公衆の場に広告を出すことは時に差別的な認識を人々に与えることになる」という認識と責任感は確実にない。内部から見てて微塵も感じないしそういう話されてるとこ見たことないので。無責任だね♡
人の感想を読むのが好き
移住者が増えたのでアカ分け。フォローし直しています