@mikeneko301_2022 これからこうしたことが増えることはあっても減ることはないんだろうな。いくら紙おむつの性能が上がっても、心理的な抵抗があって本人が使わなければそれまでだし。まあ、装着している不快感が減れば多少は普及が進むのか。
特にここ数年、カフェや電車で座っている老人が明らかにその場で失禁しているのを複数回見たので、これが高齢化社会の現実かと感じている。カフェではできるだけクッションのない座面を選び、電車であまり座らなくなったのは、実はそうした事情もある。
千葉聡「「オリンピック」を創設したクーベルタン男爵は、じつは「優生思想」に影響されていたという「驚愕の事実」」
https://gendai.media/articles/-/118820?page=2
「フランス人男性を遺伝的に強化し、「筋肉共和国」を実現しようと考えたクーベルタンは、英国のパブリックスクールに注目し、ラグビーを輸入した。その結果、多数のクラブチームが誕生し、対抗戦が始まった。またクーベルタンの提唱によりスポーツアスレティック協会(Union des Sociétés Françaises de Sports Athlétiques)が設立された。
1892年、スポーツアスレティック協会の会合で、クーベルタンは近代オリンピック開催を提案する。フランス国民の資質を進化的、遺伝的に向上させるために、スポーツ先進国の競技を知り、世界のアスリート(ただし欧米の白人)を集めてフランス人と戦わせようと考えたのである。
世界の一流アスリートとの競争や、彼らに勝つための努力は、精神的、肉体的な資質を向上させ、次世代のフランス人アスリートの先天的能力を強化する。また競技を見たフランス人のスポーツ意欲を高め、その結果獲得された体力と精神力が遺伝して、国民全体の能力が向上するだろう。」
イスラエルの出版物だけれど、左派でパレスチナとも親和的。イスラエルでどんどん少数派になっていく良心のある人たちが見るイスラエルについてのリポートが読めます。私はイスラエル内のこういう声に共感します。イスラエル極右批判、イスラエル極右を支持する人たちへの批判はユダヤ人差別ではありません。
https://www.972mag.com/sde-teiman-beit-lid-protests-detainees/
いやあ。どっちも斎藤元彦ということよ。
おふた方ともちょっと世間知らず…?人間観察不足…?表面を見すぎ?という気もするぞ。
>「腰が低くて、礼儀正しい。およそエリート官僚らしからぬフットワークの軽さと、人当たりの良さがあった」
> この頃、親交のあった本紙記者はそう振り返る。
>斎藤が大阪府の財政課長だった20年ごろから付き合いがあるジャーナリストの松本創(はじむ)も「東北(宮城県)の出向時代も含め、在阪記者からも軒並み評判がいい。好人物だったが…」と戸惑いを口にする。
> 松本は複雑な思いで行く末を見つめている。
> 「あの時の彼のイメージと、今の疑惑が結び付かない。取材先と、部下に見せる顔は違ったのもしれない。どちらが本当の彼だったのか」
ソトヅラが良くて、ウチヅラが悪い人間なんて掃いて捨てるほどおるやん。あの男もそのうちの一人ってだけ。
ちゃんと結び付けないと同じ悲劇が繰り返し起きる。同居できるんよ。パワハラ人格と腰低くて人当たりが良い人格は。
そんなもん。DV親父がメッチャ会社で慕われるようなええ上司。よくある図。
https://www.kobe-np.co.jp/news/society/202408/0017958186.shtml
ノンバイナリーもXで攻撃されているようですが。
そもそも、「ノンバイナリー」もまた自身の内的感覚や生きている状態を「説明」するための言葉であり、形容詞(adjective)です。
名詞ではありません。
この言葉があることで、社会のなかでどちらの性別集団にも帰属感を抱けない自身(あるいはシスノーマティビティやジェンダー規範の枠組みのなかでは生きられない自身)のあり方を言語化して説明できるようになり、そしてマジョリティに埋め尽くされたこの世界の大海原のなかで同じ言葉で自身を説明している極少数の者同士が出会う目印となって、言葉や経験の交換などのコミュニケーションが促進されたり、ロールモデルを知る手掛かりにもなります。
もし、より多くの人と出会っていくうちに、「ノンバイナリー」という言葉だけでは自分の内的感覚を共有しきれない/共有できないと感じたなら、よりフィットする言葉や表現で自身を語り直していけばいいだけのことです。
赤の他人が、こうした人たちにとって大切な大切な言葉を無効化したり、奪ったり、ジャッジしてはダメなのです。
JKRをはじめとして、トランス排除に囚われ先鋭化している連中こそが、オリンピックに出場している多様な強い女性の存在を否定し排除煽動するなど、「女消し」を行なっている例が観測されていますね。
女性スポーツは1930年代より「女性としては桁違いな能力」「男性的過ぎる外形」の女性選手たちに対する「本当に女性なのか?」という嫌疑と共にあり、いまだにその歴史を繰り返している。
1948年イギリス女性陸上競技組織「女性のみが女性競技に参加可」として女性であることの医師の証明が必要となり、以降は全選手を全裸にしての目視検査や、性染色体検査など、選手達の人格を毀損し人権侵害となる屈辱的な検査が用いられ、多くの女性選手たちがスポーツから排除され、メダルも剥奪されてきた。
そうした酷い歴史のうえで、現在はテストステロン値の検査に落ち着いているわけ。
まず、歴史を知り現在地を知らなければ、ヘイターらは自分らがやっていることが何なのか理解できないのでは。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sptgender/15/0/15_98/_pdf/-char/ja
北の果てでポンコツ教員してます。。。
born in Sapporo in 1972
he/him
Sapporo > Rishiri > Nemuro > Kitami
teaching at a high school
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