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0528📖
勉強着手〜〜2回目の受験なのもあって約1ヶ月で詰め込むんだけど、もう不安しかない 全然覚えてないわ

0527🤸
勉強するつもりだったけど残業してしまったのでストレッチで免罪……プランク30s×2とヨガポーズ🧘明日風強いのヤダな〜〜〜ーーーー

積み本を読むタイミングを変えて大ハマりしたの、これで3回目だから積読は本当に自分の機が熟すのを待つ時間なんだなあと実感。本棚はいわば蔵。買える限りは紙で買い続けよう。

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原田マハ『ジルヴェニーの食卓』を読み始めた。積んで間もなく手に取って読み始めたものの数ページで諦め、それをもう一回くらい挟んで今回、びっくりするほど面白くグイグイ読んで今日早速「うつくしい墓」を読み終えてしまった。やはり積み本は積むことで熟成されうまみが増すのだな……

0526🤸
フィットボクシングしたよ!ついでに腹立つことがあったので勢いでスクワット15+10+5とやってみた( 'ω' )ハァーヤレヤレ

堅田香緒里『生きるためのフェミニズム パンとバラと反資本主義』読了 

ジェンダー論でしか社会学に触れたことがなく、現在までジェントリフィケーションやインターセクショナルについて聞き齧ったことはあってもろくに深めることのできていなかった。ベーシックインカム、ケアインカムを含めそうした(ぼくにとっての)まだ浅い領域に学びの一歩をくれる読書になった。著者の体験・経験に基づき語られている部分も多いが、まだ記憶に新しい2020年代の社会問題も数多く引かれていて、現在を生きながらどう現在について考え続ければいいのか、それを考える糸口になるものもあった。折に触れまた読み返したい。

そして髪切ってパーマかけてアッシュカラー入れてきた( 'ω' و(و "美容師さんに「しっかり梳いてもいいですか?」て聞かれていいですよ、て答えたら、鋏がブラックサンダー微塵切りにするみたいにザクザクザクて音出して面白くなっちゃった。毛量が凄まじいのでその勢いで透いてもまだボリュームがある……( 'ω' )

昼はイタリアンでいい?と母に告げたら「この近くに地下に入ったイタリアンがあったんだよね。イタリー亭っていう」というから驚き。イタリー亭行くつもりだよと返したら「え?!まだあるの?!私が銀座通ってた頃にも食べてたところだよ?!」と。東京生まれ東京育ちで独身時代の長かった母は祖母と銀ブラしてはPOLAのエステに通って、という話は聞いてたけどまさかランチが母の30代の思い出と重なるとは思いがけないサプライズとなった。

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今日は銀座は伊東屋へ行って、長年の憧れ、ペリカンのスーべレーン万年筆を買ってきた。高校か大学の頃、本当にはじめたてのインスタグラムでスーべレーンを見かけたのがきっかけで万年筆に興味を抱くようになって、手頃な価格で二、三本買って使ってきたけれど、30歳というひとつの節目に、思いきって手に入れた。直前まで他のものと悩んで悩んで、結局圧倒的な書き心地で購入を決定。たくさん使い込んで、これからのぼくの相棒になってもらいたいな。

0520🤸
プランク1分!来週から次の勉強始めるけど、それまではストレッチをやるぞ( 'ω' و(و "勉強再開してからも続けたいけど……

綴る余裕すらなくなっていたけど、資格試験(通算四つめ)完了しました✌️どうにかなっているといいなあ 残すは来月末!

日々の生活で当たり前に傷付いて、苦しんで、憤って、憂いていたけれど、カナダで難民として受け入られたパートナーたちを報じる文面を読んで、ぼくのこの当たり前の苦しみの一端が「迫害」によるものだと気づかされて、どこか救われる気持ちとさらに暗くなる気持ちとが生まれた

テレビを自主的に見なくなっているけど、最近目にする内容一層イライラするな 家の人間たちがテレビ好きだから否応なく放映されているものを見る時間ができて、流そうと思っても端から端まで突っ込みどころが満載な上余計なもの足りなすぎるものが多過ぎて本当に腹立つ

𝙼 𖥍 𝙻 さんがブースト

他愛もない、天気の話 | A is for Asexual | 川野芽生
littlemore.co.jp/a-is-for-asex

AロマやAセクあるあるな恐怖体験きた。
信じられないかもしれないけどこういう人ものすごくよくいる

0511📖
追い込み、というか駆け込みの半日✍️午前は全然手が動かなくて、午後はハイキューながしながらで……一週間とか。゚(゚´ω`゚)゚。もうどうにかなれ
明日は🐅🪽一気見と洗濯物をしまう!んで勉強!できればフィッボもしたいけどこれは勉強の進捗次第……

思いの丈が余って文章ワチャワチャだな そんな感じのことを思いましたのメモです

そんなことを考えていたらこんな時間になっていた 勉強はできなかった 試験、もしかしたらダメかもしれない

あるノンバイナリーの自認 

社会の中で強烈に「どちらでもない」と感じてノンバイナリーの自認を掲げるぼくと、身体の性別に違和を持たないぼくとでは、ずっと微妙な距離があった。身体の性別に違和を持たないぼく自身の輪郭がどこかぼんやりして、その距離感がぼくのアイデンティティの揺らぎでもあった。だけど今日ふと気がついたが、その「ふんわりした性別違和」の所在は、ヴァギナでも乳房でもなく、ぼくの子宮にあるんだと。子宮。こいつはなぜぼくの体にあるのか。見えないが月に五日は猛烈に存在を主張して、内側をずたずたに傷つけてただ循環してビリルビンとしてだけ排泄されてればいいはずの血液をバカみたいに垂れ流すこいつはなんなんだ。ヴァギナでもペニスでも外形はどうでもいい。この子宮、この臓器一つがぼくのアイデンティティを揺らしている。この臓器が生むのは資本主義の餌になる命ではなく、猛烈な理不尽に湧く痛みと苦しみと怒りと不平等だ。それがぼくのアイデンティティなんだと、何故か今日、風呂上がりにボクサーパンツを履きながら気づいた。

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あるノンバイナリーの自認 

ノンバイナリーを自認しているけれど性別違和をふんわりとしか抱いたことがなかった。ぼくにとって外形(乳房やヴァギナ)などは生まれた時に付随してきたもので、ぼく自身の認識でいえば極端にいうと髪が黒いとか目が二重とかその程度の意味しか持たない。社会的にはそれが「女」の記号とされているもので、ヴァギナを持つぼくが臑毛や腋毛をそのままにしているのは「女らしく」なく、体重にも体脂肪にも健康面で気にかける以上に関心はないことも全人類総シスヘテ痩身美人健常理想社会にとっての「女」には距離があることもわかっていた。ただその社会に適応する気はないし、ただ肉体的にはAとBの二種で区分される身体のうちのA、あるいは女であり、医療的な場面で女のラベルを使う・使われることに違和感はなかった。Aという振り分けの記号が「女」という三画の漢字で表されている限りは。

映画が好きだと思う瞬間、こういう見方(視線)を自分の中に見つけられるときだなあ

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