@knappertsbuch 何と言うか、野球に限らず日本のスポーツって得てしてスポーツではない別の何かが巣食う比率が高まりやすい傾向が強いと思うんですよね。
だから、甲子園以外で全国大会をやれば良いという案は前々から唱えられているのに、その都度「甲子園で出来ないのは生徒たちに可哀想」などと言ってくる層が必ず現れるんですよね。「聖地」なんだから、という主張とセットにして。
日程の問題も複数の球場に分散すれば簡単に解決するし、その方がプロ野球との調整も取りやすくなるのに、甲子園を特別視する層が抵抗しているんですよね。
いい加減その辺の構図を崩さないと行くところまで言ってしまうだろうと思います。
@knappertsbuch こういう組織の上層部を占めているのが、参加してくる生徒たちの健康などより「甲子園」という「構図」の方を優先的に考えてしまう人間だから、でしょうね。そういうものを「伝統」などという言葉で呼んで聖域化してしまうから、そこに抵触するものを低く見てしまう。
@knappertsbuch その手の「物語」を下支えして「美談」として再生産するのに「甲子園」という「構図」がものすごく効いているんですよね。だからそれを別の観点から批判しようとすると「思い出を壊すな」などという言い方で噛み付いてきてしまう。
若年人口の減少に伴って野球をやる人口が減ってきているので、その危機感からこういう「構図」を相対化して見るきっかけになれば変化を期待出来るかなとも思います。が、上層部に古い人が多いとそこが遅れるとも思うので、周りから言い続けるしかないのかも知れません。
@kanageohis1964 誤字だらけでした、すみません汗
全く仰る通りだと思います。都市部もそうですが、地方の少子化は本当に深刻ですから、昔のように地域選抜が激戦になる構図というのは変わって、スポーツに力を入れている強豪校メインの恒例儀式みたいなものにならざるを得ないようにも思います。水島さんが亡くなったのも、色々な意味で象徴的に感じます。
@kanageohis1964 ドカベンの弁慶高校の設定が甲子園まで岩手から歩いて行ってことにちなみ、恒例にかなり長距離をこの時期高校生が歩くのを美談夫婦に伝えていたは本当に危ういと思います。