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数日後─旧惑星は声帯の手術をした。自身を『男』たらしめていた、多くの女性を傷つけた声を完全に消した。
もう2度と世間を沸かせたあの声は戻らない。彼にとっての、TouTubeとの決別となった。
旧惑星のチャンネルが更新されることはもうない。それでも護大悟は、そのチャンネルを消すことはなかった。
多くの誹謗中傷コメントの中に混ざった「男でも女でも旧惑星さんが大好きです」「いつも元気もらってます」と言った、最後まで旧惑星を応援してくれた人たちの声までは、消したくなかったからだ。
chapter5 END
『【悲報】 ストリーマーMinato 浮気か』そんな文言と共に投げられたSNSの記事。
これで何回目だろう。事実無根のスキャンダルで炎上させられるのは。Minatoは大きなため息をついた。Minatoこと湊 ネオは、TouTubeを始めてから一度も彼女を作ったことはない。
れどころか、女性関係で良からぬ噂を立てられないようプライベートで女性と2人きりになる状況はなるべく避け、大学の親しい友人を挟むようにしている。Minato「なのになんでこんな噂が立つんだよ〜! 」
このように炎上に悩まされるようになったのも、プライベートの振る舞いに気を遣わなければいけなくなったのも、元を辿ればTouTubeチャンネルの登録者が増えすぎたせいだ。監視の目が増え、自身の言動に厳しい目が向けられるようになった。
応援してくれるリスナーの期待には応えたいが、元々TOT優勝への意欲がそこまで強くない。コスプレイヤーとしての活動もメインに置きたい気持ちもある。Minatoにとって今の状況は息苦しいものだった。
──翌日、Minatoは動画編集の合間にSNSを開いた。自身の作ったVtuber『みなとちゃん』のアカウントの呟きを確認する。みなとちゃんの配信やSNS更新はMinatoが全て行っていたが、活動両立のため友人である“雲雀”にそれらを任せるようになっていた。それがリスナーにバレた様子は特にない。
Minato「これは……」Minatoはみなとちゃんの数日前の呟きに目を止めた。
このポストが投稿された前日は、Minatoが事実無根の女性問題で炎上した日だ。その翌日にみなとちゃんからのこのような呟き──察しのいいリスナーからは「Minatoが自身の炎上をネタにしている」と取られるだろう。
《湊の家》Minato「この呟きヒバリだろ?こういうネタはやめとこうぜ、誰がどう見るか分かんねーし…」
雲雀「え?あれ俺じゃないけど…湊の自虐ネタじゃなかったん?勇気あるなーって思ってたけど」Minato「え?」
2人は顔を見合わせた。どういうことだ。と確認してみたところ、どうやらお互い相手がやっていると思っていたみなとちゃんの配信や呟き、他者とのやりとりが複数存在した。
雲雀「まさかコレ誰かに乗っ取られたんじゃ…」Minato「まさか。ログイン履歴もないし、配信なんて乗っ取りでできるもんじゃ──」そんなやりとりの最中、突如MinatoのPCで配信画面が立ち上がる。
みなとちゃん「おはよう諸君〜⚓️」
その光景にMinatoと雲雀は驚いた。彼らのどちらかが操作しなければ動かないはずの“ソレ”が、ひとりでに動いているのだ。みなとちゃん「ご機嫌だねって?ふふーん♪」
「ついにみなとはこのチャンネルの侵略を完了したんだよね〜!これからここではみなとが配信していくよ!」
みなとちゃんの口元が妖しげな弧を絵描く。
「言ったよね?みなとちゃんは侵略者だって!」
【マテヨ&モレソによる真相解説】ミナトは初めて炎上した時、同じことを繰り返さぬためにMinato Channelとみなとちゃんの SNSアカウントに『炎上の可能性がある動画や投稿を検出するAI』を搭載していた。
しかしAIは「Minatoこそが炎上の可能性を孕んだ危険要素」だと判断。Minatoを炎上させて表舞台から排除することで、チャンネルを清廉潔白なみなとちゃんだけで運用していこうと考えたのだ。
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全ての真相に気づいたMinatoは、新しいチャンネルを作ってその経緯を説明した。これまでの炎上は自身が搭載したAIによってでっち上げられたものだということ、そのAIによってチャンネルから排除されたこと。しかしそのような突破な話を納得する人はそう多くなかった。
それでも残ってくれたリスナーたちと、心機一転自分のペースで活動していこうと意気込んだ。彼に向けられた疑いは、今後の彼自身の活動で潔白を証明していくだろう。それに、Minatoとってこれは嬉しい誤算でもあった。
TOT優勝への意欲は強くはなかったものの、優勝した際の願いは持っていた。その願いは、【みなとちゃんを自立した存在にすること】。みなとちゃんは自分の“好き”を詰めた存在である。だからみなとちゃんには自立してもらい、堂々と推したかった。
Minatoの願いは、思わぬ方で叶ったのである。
Minato「でももう炎上はしたくね〜」
chapter6 END
あっくん「本日はH県▲市にやってまいりました。▲市と言えばそう、心霊スポットとして有名なN校舎があるんですねぇ〜!」
心霊TouTuberあっくんが運営する『のんびり心霊さんぽ』では本日、生配信で廃墟探索をすることになっていた。登録者数900万を超えたおばけチャンネルなだけあり、同接は10万規模に及ぶ人数で、X(旧Twitter)のトレンドには『のんびり心霊さんぽ』に関連したワードが載るようになっていた。
しかしそれらは、登録者数や再生数に興味のない彼にとってはどうでも良いことであった。そもそも、あっくんがTouTuberを始めたのは、自発的な動機ではなかった────
あっくんこと友田 彰浩は、仕事の帰りに心霊スポットを巡るのが好きな一般的なサラリーマンだった。妻も娘も趣味に対し寛容で、そこでの土産話を楽しんで聞いてくれていた。
もっとこの趣味で妻と娘を喜ばせることはできないか。そんなことを考えた矢先、大人気TouTuber チョマテヨより『Top of the Tube』の開催が告知された。それを観ていた娘が──
娘・なつみ「お願いかなえてくれるって!パパ、トゥーチューバーなろ~よ!」彰浩「え~?パパ何も面白いことできないよ」なつみ「パパの『オバケ』のお話すごいおもしろいよ〜!ね、ママ!」夫と娘のやりとりを、妻のはるは微笑ましそうに聞いていた。
はる「そうだよ。パパの話すごく面白いから絶対人気者になれるよ!ネットリテラシーについてもパパなら全然心配ないし」意外にも肯定的な妻の反応に彰浩は驚いた。だが、それだけ自分の話を楽しんでくれているのかと思うと満更でもない。
マテヨ「おめでとう餅付!お前を一目見た時から優勝するんじゃないかって思ってたんだよな。オレの目に狂いはなかった。嬉しいよ!」
餅付「あ、ありがとうございます!」餅付はレジェンドTouTuberの激励に萎縮しながらも、差し出された手を握り握手を交わした。
表彰式を円満に終えた翌日、餅付はマテヨが経営する事務所に招かれた。
マテヨ「最初に言ったな。TOTを優勝した者の願いを叶えるって。お前の願いを聞かせてくれないか」
餅付「はい。えと、俺の願いは『好きな時に美味しいものを食べられるようにしたい』です!」マテヨ「はは、お前らしいな。安いもんだぜ。生涯お前が食に苦労しないほどの大金をやるよ」餅付「ありがとうございます!」
マテヨ「それで、だ。その願いを叶える際にこちらから条件がある。お前には今後うちの経営するTouTube事務所に所属してもらいたい」餅付「所属!?え、でも…」
マテヨ「あぁわかるよ。正直個人で十分やれてるもんな。でもお前は今まで何度か炎上もしてきただろ?その度に登録者を減らしてきた。わかると思うがこの仕事は本当に不安定だ」
マテヨ「もしまた炎上することがあった時にお前1人で上手く収められるとは限らないだろ?そういう時のためにはウチみたいな大きい事務所に所属しておくのがいいんだ。わかるか?お前と言う才能を守りたいんだ」
餅付「なるほど…確かにマテヨさんの事務所なら炎上対策もしっかりしてそうですね。ちなみに、マテヨさんの事務所に所属したらどんな契約が交わされるんですか?」マテヨ「その辺を聞くとはしっかりしてるな。ここにウチの事務所の契約書がある。読んでくれ」
餅付は差し出された契約書に目を通す。契約内容の中に一つ、気になるものがあった。要約すると、「マテヨの事務所と“深い関わりのある組織”と積極的な交流をすること」とあった。
餅付「すみません、ここの『深い関わりのある組織』ってなんですか?」マテヨ「あぁ…それはだな」にこやかだったマテヨの顔つきが一気に真剣なものになった。マテヨ「ウチは…いや、正確にはTouTube社ではある大きな政党と繋がりがあってな。
「国民打益(こくみんだます)党だ。知ってるだろう。すごーくわかりやすく言うと、お前にはその政党の人たちと積極的に交流して、視聴者に向けて打益党のイメージアップに繋がる活動をしてほしい」
餅付「え!?それって……」
マテヨ「TouTube社は昔から打益党と深い関わりがあってな。TouTube上で選挙の際に打益党の宣伝をしたり莫大な資金を捧げる代わりに、打益党から税金面で優遇してもらったり、TouTube社に不利なトラブルを揉み消してくれていた。win-winの関係なんだ」
マテヨ「だが近年、他の動画共有アプリやSNSが広まったことでTouTube自体のアクセス数が減ってるんだ。利用者が減ってTouTubeの力が弱まれば打益党としても都合が悪い」「その現状を打破するのがTOTだった。そして、TouTubeの次世代を担う存在がお前だ」
餅付はあまりにもスケールの大きな話に呆気に取られた。マテヨ「お前と打増党の友好的な関係を見せていけば多くの視聴者が打益党を支持するようになる。そうすれば日本を支える二つの組織が救われる。こんな名誉な役目ないだろう」餅付「そんなことしていいんですか?法的に引っかかるのでは…」マテヨ「そこは大丈夫だ。引っかからないようにやるさ」
餅付「でも…僕のチャンネルの活動に合わない気がします」マテヨ「餅付。お前は日本一のTouTuberだ。トップの人間がトップたるには一つの活動に固執しちゃダメだ。活動の幅を広げて、最終的に国民を正しき道に導くTouTuberになるんだ」
餅付「………ごめんなさい。これからも、俺が好きに食べる事や願いのことは俺が頑張れば出来ることだと思う。けれどそういう事に関わってしまったら、それすら出来なくなってしまうと思います。だからそういうことなら断ります」
マテヨ「……は?」「それでいいのか?食い物だけの問題じゃねぇ。もっともっと登録者伸ばしたいだろ?辞退したらこの先の高みは見られなくなるぞ!」餅付「答えは変わりません。もしそれが願いを叶えてもらう条件なら優勝は辞退させてください」
マテヨ「……そうか。残念だよ餅付。
ここまで聞かれたからには消えてもらうしかないな」
餅付「え?」マテヨ「おいモレソ!!コイツが炎上するようなネタをでっち上げろ!!全世界を敵に回すような特大の炎上ネタをなぁ!」
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餅付「あ、ありがとうございます!」
餅付はレジェンドTouTuberの激励に萎縮しながらも、差し出された手を握り握手を交わした。