そういう理念の下に、それぞれの専門性に託された権力を与えられた立場の人間は、例えば司法なら司法で、ある意味では「法律バカ」になるくらいに、その専門的な権威を信じて忠実に従うことが義務付けられていて、それはそれでそうであって欲しいし、そうでなければ困るわけだけど、
それはあくまで自分たちに課された責務であって、それを振りかざして、自分たちの外の人たちに対して「馬鹿だなぁ」とやっちゃいけないのが、わかんなくなっちゃってるのがすごいなぁとは思うわけで。
そういう自分たちの棲む世界の外の声には謙虚に耳を傾けて、それと同時に自分たちは内側の権威(これは人を指すのではなく、司法であるなら法律とか憲法のみ)に、外側の人たちよりもガチガチに縛られているべきなので、そこに生まれる自分の心の中の良心の葛藤を真摯に生きるのがホンモノの専門家なんじゃないんですかね。
そうでないと、専門領域の内側の組織だって腐るだろうし、進歩がなくなるだろうし。そこでは内側の者同士、それぞれが自らの良心に従って闊達に議論を重ねて、切磋琢磨していくと言うか、ギョーカイ内の自浄なり、進歩なりに尽くすと言うか。
やっぱり世の中が全体的に幼稚になって来ているのと関係あるのかなぁ。