昨日の兵庫県知事選、地域別得票率を見ると、都市部、特に人口の多い神戸市沿岸部で斎藤が稲村さんを圧倒。
ここは安倍派幹部・裏金議員の西村康稔元経産相の地盤でもあり、ボランティア500人をはじめとする資源を集中的に投下、維新・闇の勢力も復活を賭けて「ここをぞ限りに」ーN国の立花も含めてー結集した、ということだろう。
神戸市沿岸部は企業・大学も多く、当然人口だけでなく大卒の若年層も多い。従って、地方で負けても総合すれば僅差で勝利できた。
また維新が「公式に」擁立した清水は25万票、斎藤の4分の1以下。上山信一は「維新の票を斎藤さんに集結させましょう」と絶叫していたが、これもある程度実行されたようだ。
であるから、この選挙だけ見れば、まだ対応可能だったとも言える。
しかし、「中の中の解体」に伴うファシズム化の傾向は、世界的な趨勢でもあり、東京でも「あの」石丸がファシズム地域政党を立ち上げると宣言している。これはまず次の都知事選狙いだろう。
石丸個人は次の選挙までに「化けの皮が剥がれる」可能性が高いが、問題は「あの男」をプロデュースする勢力の資源の巨大さである。石丸がこければ、いくらでも「次」を出演させる。
これに対抗できるとすれば、「リベラル」ではなく「ソーシャル」しかない。
所謂、西洋的な価値観で言うところの、民主主義的な意味での「社会」と言うものは、少なくともエディプス期を通過した心にしか無いものですからねぇ。
今の日本には、「忠臣」みたいな価値観で成り立つ「社会」は心の中にあったとしても、自分とは異なる他者の集合体としての民主的な「社会」を内面化している人がどれだけいるのか、かなり心許ない。
今の日本にはエディプス期以前か、よく捉えても、せいぜい学童期の、先生の言うことをよく聞く(または反抗する)と言うような世界に住んでいる人だらけなんじゃないか。
大企業の重役のいい歳したオッサンでも、マスコミの記者さんでも、この国のエリートのトップである高級官僚でも。