新しいものを表示

【ほぼ百字小説】(5130) 花に擬態した虫たちが、風をきっかけにしていっせいに枝から離れ、宙を舞いながら地面に落下していく。ひと通り終わると、虫たちは訓練された通り幹を登って、再び元の位置に着く。再生可能な桜吹雪と呼ばれている。
 

【ほぼ百字小説】(5129) いつからか音として聞こえるようになったから、この季節になるといたるところでいろんな大きさいろんな種類の爆発音を聞くことになる。ことにこんな満開の桜の下は、さながらお祭りの爆竹の中を歩いているかのよう。
 

【ほぼ百字小説】(5128) 水溜まりに映る太陽や雲の写真を撮るのをタルコフスキーごっこと呼んでひとりでよくやっていたことをふと思い出したのは、そんなこと忘れたまま水溜まりの太陽を撮ろうとしていたところに黒い犬が通りかかったから。
 

【ほぼ百字小説】(5127) ごろり仰向けになると青空を背景にした満開の桜は水底から見上げた花筏みたいで、でも、いつそんなものを見たんだっけ、と余計なことまで思い出しそうになり、桜の下の死者たちにとめられて慌てて考えるのをやめる。
 

【ほぼ百字小説】(5126) これを毎日書くようになってから、ほとんど夢を見なくなってしまったが、なにか関係あるのかな。夢を作るための材料とか部品をこっちで使ってしまっているからかも、というのもまた、夢の中で気づいた理由っぽいか。
 

【ほぼ百字小説】(5125) ずっと水を止められたままになっている広場の噴水が、今日は出ている。出過ぎなくらい勢いよく出ている。駅ビルより高く吹き上がり、虹がかかった。うわあああ、小便小僧がっ。誰かが叫んでいる。悲鳴が大きくなる。
 

【ほぼ百字小説】(5124) 水に濡れると綺麗な色になるが、乾いてしまうとなんでもない石、というのは確かにあって、この町がこんなに綺麗に見えているのも、たぶんそういうことなのだろう。だからといって、沈めてよかった、とは思わないが。
 

【ほぼ百字小説】(5123) 岡持ちを持っている。閉店する中華料理屋のを貰った。妻はそういうものが好きなのだ。そういうものがどういうものなのか私にはわからないが、カレーを入れて近所の公園に持って行き、花を見ながら食べたことがある。
 

【ほぼ百字小説】1(5122) 非常口と表示のある小さなドアに入っていく。行列を作って次から次へと入っていく。それをただ見ているしかないのは、自分には小さ過ぎて入れないことがはっきりしているから。でもまあ、並ぶだけでも並んでみるか。
 

【ほぼ百字小説】(5121) 我が家に鼠が侵入して、ごとごと活動中。台所の隅で音を立てたかと思うといつのまにやら土間で、そして二階の天井裏。いったいどこを通って移動しているのか。知らない通路の存在に、困りながらもわくわくしている。
 

【ほぼ百字小説】(5120) 夜、近所を走っていると、あちらでもこちらでも猫たちが、なあああお、なあああお、とよろしくやっている春の宵で、翌朝にはよく似た発声で愛しい猫の名を呼びながら近所をうろつく飼い主たち、いや、使用人たちか。
 

【ほぼ百字小説】(5119) 行きは上り坂、帰りは下り坂、というのが感覚としてすっかり身体に染みついているのだが、前は逆だった、というのも憶えている。行き先も経路も変わっていないのに。そうか、前はここに帰ってきている気でいたのか。
 

【ほぼ百字小説】(5118) 昔はこの公園にも森があって、昼間でも分け入ったり迷い込ませたりしてたよなあ。木を切り倒された今じゃ夜中に集まってその頃を懐かしむくらい。あの頃は、こんなものを森なんて呼べるか、なんて言ってたもんだが。
 

【ほぼ百字小説】(5117) 冬眠のあいだ、冷たい亀の内部時間は停止していて、だから亀にとって冬眠中の時間は存在しておらず、従って亀にとっての時間は連続ではなく離散している。亀の歩みはのろいが、スキップはできる、とはそういう意味。
 

【ほぼ百字小説】(5116) 盥の水が温んで、水底で石のように動かなかった亀も水から出て物干しをうろつくようになった今日このごろ、ここから見上げる月が朧に霞むことが多いのは、亀の存在確率が物干し全体に霞のように発散しているからか。
 

【ほぼ百字小説】(5114) ずとんっ、と吹き抜ける突風が、いろんなものを運んで来ると同時にいろんなものを運び去った。盥の水底で冬眠をしていた亀が、今は石の上で甲羅を干している。冬の亀が吹き飛ばされて、春の亀と入れ替わったのかも。
 

【ほぼ百字小説】(5113) 昔、洞窟だったところは、今はもう洞窟ではなくなり、でも洞窟だった頃と同じように闇がある。同じくらい深いが種類の違う闇。昔、SF映画の中で見た宇宙のような、あるいはそれを上映していた映画館のような闇だ。
 

【ほぼ百字小説】(5111) たまと名付けられた猫がいて、猫たまと呼ばれていた。この猫たまが年老いて猫またになることは、あのときから決まっていたのだろう、と猫たまともう呼ばれることのなくなった猫または、近頃よくそんなことを考える。 
 

【ほぼ百字小説】(5110) 少子化による人口減少にいよいよ歯止めがかからなくなって、どこもかしこも人が足りない。これまで通りやっていくために、一人二役以上が義務付けられたのも仕方がないだろう。とは言え、この歳で子供の役はきつい。
 

【ほぼ百字小説】(5109) テーブルの上に箱を積み上げたかと思ったら、それはビルの遠景で、さっきまでの居間が町外れの空き地の夜。なるほどありあわせのもので様々な場面が作れる。このやりかたで続けるしかないか。地球はもうないのだし。
 

古いものを表示
Fedibird

様々な目的に使える、日本の汎用マストドンサーバーです。安定した利用環境と、多数の独自機能を提供しています。