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【ほぼ百字小説】(5158) 亀を飼っている会社なのではなく、亀が社長をやっているのだ。ちゃんと契約書も交わしている。契約書の文字は、もちろん亀甲文字。一日社長という契約だが、亀の一日が人間の何日にあたるのかをまだ人間は知らない。
 

【ほぼ百字小説】(5157) 夜走っていて、遠くからのその音が心地良いことに初めて気がつき、低くて重いごろごろにまぶされたぱりぱりぱりがいかにも電気楽器っぽい、などと思っているところにぽつぽつと来たから、慌てて商店街の屋根の下へ。
 

【ほぼ百字小説】(5156) 点検が必要です、と機械が言うので機械の中に入ったら出られない。食べ物は流れてくるしトイレもあるが、様子を見に来た同僚も出られなくなった。何かの腹の中で暮らすって、こんなのかも。そろそろ新人来ないかな。
 

【ほぼ百字小説】(5155) 入ったのは目撃されており倉庫の出入口はここだけ。ついに機動隊が突入したが、影も形もない。熊はどこへ消えたのか。首を傾げて隊員たちが現場から立ち去ったあと、奥から身ぐるみ剥がれた男が、そいつが熊だーっ。
 

【ほぼ百字小説】(5153) 妻が旅行から帰ってくるので、娘とのふたり暮らしも今日で終わり。妻がいないとけっこう相手になってくれる娘だが、妻がいると私には不愛想になる。これって、あるあるなのかなあ。だからどうだということもないが。
 

【ほぼ百字小説】(5151) この季節になると路地のあちこちに黄色が顔を出す。植え込みや空き地だけでなく、溝の中やアスファルトの割れ目、タイルの隙間にまで。あらゆるところに黄色が出現する。黄色い蝶が点線のようにそれらを繋いでいる。
 

【ほぼ百字小説】(5150) 歩いているとあそこにもここにも、といたるところに花野が出現するのは、春だからというより、死んだからかな。それを確かめるには、冬場にまた死ねばいいのだろうが、わかったところでもう花実が咲くものでもなし。
 

【ほぼ百字小説】(5149) いつも並んで電線にとまっているあれは何なのだろうなあ。たまに地面に降りてくるが、近づくと飛んで逃げる。鳥には見えない。仲は良さそうだ。まあ大抵のわからないものは、ドローンということにしておけばいいか。
 

【ほぼ百字小説】(5148) 問題を解決するよりも、逃げられなくしてしまえば逃げないのだからそれで問題ない、と考えている。そうやってでも守らねばならない美しいものがある、と言っている。説明責任から逃げ回っている連中が、言っている。
 

【ほぼ百字小説】(5147) このあいだまでそこらじゅうが真っ白だったのに、もうすっかり黄緑色の方が多い葉桜だ。今年は散るのが早かったなあ。ああ、あっちにある白いのは、歯桜ってやつだね。歯茎は綺麗な桜色。噛まれないよう気をつけて。
 

【ほぼ百字小説】(5146) ごとごとやっていた鼠の気配が消えてひと安心。ごとごと鳴るたびに、こちらもどたばた音を立てたのがよかったのか。いや待てよ、もうすぐ沈む船だからかも。鼠に尋ねようにも鼠はおらず、安心でもあり心配でもあり。
 

【ほぼ百字小説】(5145) フェンスに囲まれた空き地にも春の花がたくさん咲いていて、そんな中を細長い闇が歩いている。尖った耳と尾のある闇。フェンスに隔てられていることですっかり安心している様子で、それも含めていかにも春の闇だ。
 

【ほぼ百字小説】(5144) 人が桜の下を通り抜けているのではなく、桜が人の上をまたぎ越えているのだ。桜にまたぎ越えられながらそのことに気がついて、そして気づいたことはそれだけではなく、そうか、桜が散っているのではなく、人が――。
 

【ほぼ百字小説】(5143) あの交差点の隅であれを拾ってその先の歩道橋に置いてあるそれと引き換えに置き、それは向こうの空き地に投げ込む。だいたいそんなことを指示通り行うだけの簡単な仕事だが、夕方のニュースを見るのは好きになった。
 

【ほぼ百字小説】(5142) 前から戦争ごっこをやってみたくて、もうやってもいいんじゃないか、と思っている。それで大きい子たちの仲間にはいれるんじゃないか、と思っている。晩御飯までに帰ればいい、と思っている。帰れる、と思っている。
 

【ほぼ百字小説】(5141) なんだかんだで一年ほどかかったが、また朝起きることができるようになった。時間というのは、そして若いというのは、すごいものでありがたいものだ、と今朝思った。私はもう若くないし時間もあんまりないな、とも。
 

【ほぼ百字小説】(5140) あのウイルスの後遺症によって娘は頭が重い開店休業状態が続いていて、本人もそれを気にしているようだが、休んでいるというより、人類という種の今後のためにデータを集める仕事をしているのだと考えるべきだろう。
 

【ほぼ百字小説】(5139) 天使と亀のことを考えて、頭の中は天使と亀でぎっしり。しかし天使と亀だけで隙間なく詰められるんだな、と感心してからよく見ると、あるのは亀だけ。亀と亀との隙間が天使の形なのだ。天使とはそういうものらしい。
 

【ほぼ百字小説】(5138) 亀の名を知ろうとする者が現れるだろうが、お前はその亀の名を誰かに教えてはならない。亀の名はお前と亀だけしかいないところでのみ発語されなければならない。それはお前と亀だけの秘密であり、そして契約なのだ。
 

【ほぼ百字小説】(5137) 万年生きるのではなくて、死の瞬間、それまで生きてきた時間が万年として確定されるのだ。つまり、この世界における時間とは、亀の死亡した時点から逆算されるものであり、その逆算過程そのものが、この世界である。
 

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