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【ほぼ百字小説】(5228) 柔らかい泥を薄い蓋で覆っただけのあの地面の下にはガスが蓄えられ、さらに日光で熱せられた状態で、点火されるときを待っている。当初の予定にはなかった薪までたっぷりと用意された。カウントダウンは続いている。 
 

【ほぼ百字小説】(5227) いつもの路地だが、このあいだまで日向ぼっこしていたところではなく今は日陰にいて、ちょうどいい冷たさであろうコンクリートの上にぺたりと寝そべっていた。猫はいつも快適な場所を知っている。猫の地図が欲しい。
 

【ほぼ百字小説】(5226) 屋根が吹き飛ばされて以来、物干しは夏日には灼熱になるので日よけシェードを張ったのだが、今朝見ると、当たり前だが亀がこれまでとは違うところで甲羅を干していた。亀はこの世界の変化をどう捉えているのだろう。
 

【ほぼ百字小説】(5225) ひさしぶりに皆で集まったが、ひとり足りないのは、遅れているのではなく、ひと足先にあの世へ行ってしまったから。つまりこれは、集まっているというより待合室で呼び出されるのを待っているみたいなものなのかな。
 

【ほぼ百字小説】(5224) また黒い花だ。最近よく見る。黒い花には黒い虫がとまっている。黒い花の周りは、他の部分よりすこし黒い、いや暗いのか。こんなふうに世界はすこしずつ暗くなるのか。もうすこし暗くなれば、黒い花も見えなくなる。
 

【ほぼ百字小説】(5223) 木が歩いている。突然切り倒されることに決まったのだ。公園を出れば、役所内で管轄の押し付け合いになり実行されないとか。街路樹も加わりさながら森。森が動かぬ限りこの町が滅びることはない。魔女が笑っている。
 

【ほぼ百字小説】(5222) 草が歩いている。あの空き地が更地になる前に移住するのか。道路脇の植え込みやら道端の溝の中やらに根を下ろそうとしているが、まだ安住の地は見つかってないようだ。ほとんどが四足歩行だが、たまに二足歩行のも。
 

【ほぼ百字小説】(5221) 授業中、教科書の隅を小さな四角で囲ってその中に花札のような小さな風景をよく描いていた。丘とか月とか海とか川とか森とか谷とか雲とか。結局、あいつは今も自分で書いた四角い枠の中で同じことをやっているのか。
 

【ほぼ百字小説】(5220) いつもの店のいつもの席だが、今日は隣の席で別れ話が。いや、あちらでもこちらでも、もしかしたら全席で別れ話が、とわかるのは、たぶん他所から聞こえる別れ話に興奮してどのカップルも声が大きくなっているから。
 

【ほぼ百字小説】(5219) 鉄道の高架とその柱によって四角く切り取られた夕暮れの空と町並みは、なんだかスクリーンに投影された風景みたいで、そのほぼ同じ時刻、すこし離れた町では映画の中みたいな虹が出ていた、ということを後で知った。
 

【ほぼ百字小説】(5218) 毎日のように歩いている道なのに、少し早めの時間に歩くだけでまるで景色が違っている。普段は見ることのない流れやリズムがいたるところにある。景色を作っているのは通行人なのだなあ、とつくづく思った通行人1。
 

【ほぼ百字小説】(5217) 後ろ姿の猫がいる。特徴のある毛並みで、見かけるとすぐにその猫だとわかるが、なぜか後ろ姿しか見たことがないのだ。常に遠ざかっていく姿でしか観測されないそれは、この宇宙が膨張している証拠のひとつなのかも。
 

【ほぼ百字小説】(5216) かつてここには、そんな形状の二足歩行の生き物がいて、ヒトと暮らしていた。なぜ彼らがいなくなったのかわからないまま取り残されたヒトは、まだ彼らがいるかのように同じ形状のものを作った。鳥居と呼ばれている。
 

【ほぼ百字小説】(5215) 近所でいちばん空が広いところだが、昔からそうではなくて、前はごちゃごちゃ入り組んだ路地だったのが丸々更地になり、野原みたいになったそこに今度また何かが建つのだ。頭の中の同じ場所も同様にそうなる不思議。
 

【ほぼ百字小説】(5214) 近所でいちばん空が広いところで工事が始まり、もうすぐ空が広いところではなくなってしまうな、幼かった娘とよく月を見に来たりしたものだが、とすこし寂しい気分になったが、まあそれは空とは関係のない地上の話。
 

【ほぼ百字小説】(5213) 子供の頃、たしかに見た。ブラウン管の四角い光の中に、たしかにいて、たしかに見えたのだ。今、同じ映像を見てもそれは見えないが、見てしまったものを今さら見なかったことにはできなくて、だから今もここにいる。
 

【ほぼ百字小説】(5212) 蒸し器なんかめったに使うことはなかったのに最近出番が多いのは、娘が朝食に自分用の茶碗蒸しを作るから。回転寿司で食って以来、そうなった。思いがけないことは思いがけない形で起こる。蒸し器も喜んでいるかも。
 

【ほぼ百字小説】(5211) いや、人魚じゃないよ。ほら、下半身の魚の部分、目も口もあるだろ。言われてみればたしかに。口を開けた大きな魚が人間の下半身を呑み込んでいる、というのが人魚の正体か。肩まで呑まれてたら人面魚に見えるとか。
 

【ほぼ百字小説】(5210) どこからかラッパの音が聞こえる。天使のラッパという感じではなく、豆腐屋のラッパ。もうそんなものはないだろうから、それに似た何かか。なんにしても黄昏にはぴったりで、これはこれで世界の終わりによく似合う。
 

【ほぼ百字小説】(5209) 捕獲された猫と金網越しに対面する。金網で隔てられてはいるが、もちろん安心はできない。猫は液体でもあるのだ。どんな隙間でもすり抜けて、どんなところにでもすんなり入ってくる。それが心の隙間なら、なおさら。
 

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