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「教養の再生のためにー危機の時代の想像力」加藤周一・ノーマ・フィールド、徐京植(影書房)

 「戦争が絶えず、シニシズムが蔓延し、知性や理性、道徳性への信頼が脅かされている時代」という帯の文字、今年のものかと勘違いしそうになるが、2005年のもの。

 しかし、韓国で収攬されている兄弟の釈放運動を通して、長く在日朝鮮人の運動を関わってきた徐京植さんが対話相手に、21世紀において最後の「戦後民主主義」者とも言える加藤周一さんと小林多喜二の研究者、『天皇の逝く国で』のノーマ・フィールドさんを選んだのは興味深い。

 私が博士課程の時、ノーマさんの指導学生で米上院議員の息子さんと言う人が、1920年代の日本と朝鮮のプロレタリア文学運動の比較というテーマで在日していた。(韓国にもしばらくいた)。これは米国の東アジア研究の長所。本人も日本語と朝鮮語、両方できた。このまさに「トランスナショナル」な研究テーマ、日本の近代文学研究者にはかなり難しい。ま、現在はプロレタリア文学の研究者自体ほとんどいないのだが。

 そう言えば、その人、ルームメイトは「CIA勤務」と言っていた。表向き「何の仕事をしているのは知らない」とも。こういうことは米上流階級の子弟にはよくあることらしい。

収監(正)

 しかし、徐・加藤・ノーマさん「危機の時代の教養」と扶桑社のハイデガー本に象徴される「教養」ほど無縁なものはない。

 ちなみに少し真面目な話をすれば、両大戦間の中間階級出身の大学生たちは、極右支持多数だった。これは独仏だけでなく、ポーランドなど東欧でも同じ。仏でもミッテランなどは極右団体「火の十字団」の重要メンバーだった。

 ハイデガーの「非本来性」から「本来性」への移行は、「単なる俗人」から「高見の存在」への移行と並行するので、現在の高学歴ネトウヨのように「高み」から「大衆」を蔑視することになる。

 そして最も「蔑視」されるのは、当時の文脈上「ユダヤ人」となる。ハイデガー個人も確信犯の「反ユダヤ主義者」だった。この点に関しては今日では異論の余地がない。

 それでいて妻に感づかれるまでユダヤ人のH.アレントと「愛人」関係に続けるのであるから、ハイデガー個人の「倫理性」は控えめに言っても「疑わしい」。

 また「現象学」の方法の師であるフッサールが「ユダヤ人」であるということで大学を追放される際も助ける素振りさえしないのだから、あまり友達にはなりたくない男だ。

 ただハイデガーも、テクストから可能性を引き出すことはできる。最もそれはサルトルで「終わった」けれども。

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