『怪物』クィア批判と応答の記事がどしどし回覧されていた時、記事への批判的なリアクションの内のひとつになにか出所不明の懐かしい感じが。と思ってたのそれは、ドミニック・フェルナンデス『ガニュメデスの誘拐: 同性愛文化の悲惨と栄光』(←部分的にしか読んでない積み本)で、浅田彰「同性愛はいまだにタブーか」(←『批評空間』のアーカイヴで読むことができた。アーカイブは最高)に本日着地しました。21世紀は白光に輝く惨めな死「パーリアの栄光」など捨てておけってね…
http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/asada/voice9806.html
ピーター・グリーナウェイの英国式庭園殺人事件、ZOO、どちらも絵画の遠近法を映画の中で扱っていて見ている最中に鼻血が出るかと思いました。庭園…の白と黒の所有するもの所有しないものの交錯、勝利と敗北は、まるごとジョン・バージャー『イメージ ─視覚とメディア』、「所有するタブロー」の再現としか思えないい。
お前の身体に処刑機械のように直接契約を書き込み、頭をパイナップルのようにかちわってやる
Charles II Presented with a Pineapple c.1675-80
https://www.rct.uk/collection/406896/charles-ii-presented-with-a-pineapple
大原社会問題研究所雑誌 785号 2024年3月号
【特集】リプロダクティブ・ライツ再考(2)――マタニティの再概念化
https://oisr-org.ws.hosei.ac.jp/oz/contents/?id=2-001-0000112
>そこにはかなり皮肉な歴史がある。1980 年代にリプロダクティブ・ヘルス保護のための胎児保護方針 fetal protection policies として私企業で制定された就業規則が,「奇妙な仕方で」胎児とその権利を生み出したのである(3)。
今朝、横を歩いている人の視線がほぼ満開の桜を見て…見ているんだよな…どうやらわたくしの側面を熱心に見られているようですが?
2003年に賞味期限の切れた恐ろしい冷凍パイシートでトマトソース入りミートパイを焼いて弁当に食した
森美のMAMスクリーン、年の大半はすかっと存在を忘れている上にメインの企画展との合わせ見は滞在時間にかなり無理がある。2023年のプログラムは無理だった
「キッチュで殺せ──ナチス・映画・小市民」
http://www.shinwasha.com/144-6.html
積んでた奴。『関心領域』の公開で名前を良く見かけるルドルフ・ヘスを、ビーダーマイヤー(小市民)であるからこそである。と切って捨てる速さとコンパクトな記述に関心したまま本を腹に乗せてぐうぐう寝ていた。
デザイン史・美術史のかんたんな読み物だけでは、世紀末の様式を生んだ運動の土台は読み物の記述の範囲外なので他所に出かけないとユーゲント・シュティールとゲオルゲ・サークルの関連などには出会えないのだった。なんか色々遠いのね向こうに行けるのかしら?
起き上がれず昼になってたわ…。ということで?メロドラマのエッセンスとコラージュと画面に現れて消えてゆく身近でささいな物の通常は隠された質感と音響が非常に官能的なlewis klahrのアニメーション映画を見てここにも貼ります。
https://www.youtube.com/watch?si=v1yFCLoo8tuY-SI5&v=BthS4gwQwzM&feature=youtu.be
「ニナ・メンケスの世界」5/10から。うれしい
https://ninamenkesfilmfes.jp/
他の場所に行く気があまりありません