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湾岸戦争は自分にとってちょっと特別な事柄。当時社会人デビューしたものの仕事に納得が行かず悶々としている日々の中、フラッと立ち寄ったクラブ(踊るほうの)で横田基地所属の空軍兵「S」と知り合い遊び仲間になったのだけど、中東がキナ臭くなってしばらくするとあるとき彼が“ガルフへ行くことになった”と小声で呟いた。それ以前から横田の連中が少しずつ動員されていていつかそんな日が来るとは思っていたけれど、とうとう現実になったという話。それまで自分にとっての戦争は親世代が幼少期に経験したことであり、そのほかいろんな場所でいろんな人たちから何度も実話を聞かされてたけれど正直自分にとってのリアル感はなかったが、身近な友人の「S」が戦場に行くとわかって戸惑いと共に得体の知れない恐ろしさを感じてどんなふうに声をかければいいかしばらく悩んだのを覚えている。結局自分がかけたのは“充分気をつけてな、絶対無事で帰ってこいよ”というありきたりな言葉でしかなかく彼は短く“Thanks.”と答えただけだった。その後半年経って彼は横田に生還したけれど久しぶりに会った時にすっかり風貌が変わっていて驚いた。とてもスリムなモデル体型だったのに別人と見紛うほど筋骨隆々。聞けば“砂漠の嵐作戦”の野営場所で匍匐前進ばかりしてマッチョ化したのだという。

すっかりマッチョに風貌を変えて生還した「S」だが、実はとても深刻な状況を抱えて戻ってきた。戦場で常に警戒し緊張しなければならない状況を経験したせいでPTSDを患って、イラクから遠く離れた横田基地の住み慣れた宿舎でも銃を近くに置いておかないと眠れない不眠症状、眠っても悪夢にうなされるという状態だった。とてもおしゃべりでひょうきんな男が本当に寡黙になってしまった。退役し一度帰国してドクターにかかりセラピストにもかかり、なんとか体調を持ち直すと約3年後にまた大好きな日本に戻ってきたけどその時はまた薬とストレスで激太りして風貌が大変化。米軍兵という職業の宿命とはいえ、戦争に翻弄された彼の半生だった思う。自分としては彼「S」という存在のおかげで戦争が一個の人間に与える現実を隣人の立場で図らずも知ったわけだが、震災原発事故同様に人の数ほど戦争のリアルがあり、そのほとんどは個人にとって悲惨以外の何ものでもないと断言するしかなく、地獄と餓鬼と畜生と修羅の世界をぐるぐると回り続けるしかない戦争という愚挙には絶対に反対し続けるしかないとの思いを今日も新たにしている。

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