『人間の境界』続。ネタバレ云々の話ではないですが、一応伏せる。
家族、国境警備隊、活動家たち、ユリアの4章で構成されているのだが、いずれも「スマホ」と「言語」という命綱についての話として繋がってるのが地味にすごいんだよな。生き延びるため救うための共通ツールになるのが英語と仏語(植民地原語…)、充電が命の森の中で地図も対話も医療も告発動画もすべてスマホにかかっている(そして「彼ら」はそれを破壊する)。あと動物(主に犬)の使い方も見事だと思った。
あとたぶんポーランド出身で仏、米、ドイツと関わりながら映画製作を続けてきた大御所女性監督としての感覚値もかなり重要な要素なのではないかと思ったのね。ラウル・ペックの『殺戮の星に生まれて』(あまりにも重くて途中までしか見られてないけど…)と同種の視点を持った映画というか。白人男性以外は人間ではなく、よって支配は美徳であるという通念の上に多くの国家が成立してきた、という(それだけに集約できないことは東アジアの人間として感じるが…)視点がある人の語りだ、と思ったの。醜く描かれた暴力的な男たちを悪と感じさせる以上にその背後にある軍事主義が意識されるというか。直接のそんな台詞は全然ないんだけども。スコープの広さ深さは確実に今年の新作でトップクラスだと思う。