ゲラを読んでおりまして、じぶんの文章、何度読んでもびっくりするくらい面白いのですが、このゲラやたらと分量があって、読んでも読んでも終わらないのですね。

ロリィタ服に手を出す前はかわいい衣服を目にしても「かわいい……でも似合うかわからないし……」と買わない言い訳が効いたが、ロリィタ服を着始めてからかわいい衣服との出会いのたびに「かわいい、そして絶対にわたしに似合う」というおめでたい宣告が下ってしまう。

短歌朗読会の翌日、12/1は文学フリマ東京39! はじめてのビッグサイト開催ですね。
わたくしはブース「D-06」にて『幻獣短歌』創刊号を売っているとかいないとか。わたしが講師を務めた短歌教室を機に集った幻獣21体による短歌同人誌です。連作、一首評、題詠、ミニエッセイなど読みどころたくさん。A5サイズ72ページ800円です。

みんな! かつて映画館だった場所で、人形たちに囲まれて、オリジナルのお茶を飲みながら、短歌の朗読を聞こう!(要素が多い)

中川多理人形展
「老天使の肋骨 The Costa of the Ancient Angel」
11/29(金)~12/3(火)@元映画館(日暮里) ★予約制

スペシャルイベント 川野芽生短歌朗読会「老天使の歌」
11/30(土)15:00〜/17:00〜 @元映画館 ★予約制
3,000円(展覧会+ウェルカムティー付)

人形歌集の第三弾『人形歌集 舟もしくは骨』も会場にて先行発売されます。
多理さんのお人形さんたちから生まれた短歌を、写真とともにお楽しみください。

中川多理展「老天使の肋骨 The Costa of the Ancient Angel」スペシャルイベントとして、
川野芽生短歌朗読会を行います。

11月30日(土)15:00〜/17:00〜
@元映画館
★ご予約ページ
parabolica-bis.com/SHOP/ev_405

人形歌集第三弾も会場にて先行発売。よろしくね。

学生さんが「これ去年ママと行ったアフタヌーンティー、どこのお店か忘れちゃったけど」と写真を見せてくれたので一目で「これは閉店しちゃった銀座のラデュレだね!」と教えて差し上げた。アフタヌーンティー鑑定の授業?

小学校低学年くらいの時、父と姉と近所を歩いていて、空き地に「⚪︎⚪︎不動産」という看板がかかっているのを見て「『不動産』って何?」と父に聞いたところ、「『不動』は動かないこと、『産』は財産のこと。反対の言葉として、『動産』、動く財産があって、持ち運べるお金とか宝石とかのこと。じゃあ動かせない財産って何だ?」とクイズを出され、見当もつかないので冗談のつもりで「おうち!」と答えたらまさかの正解で父も私もびっくりしたこと。当時、「おうち」や地面は大きくて動かせないものの代表であって、それを売り買いするなんて想像もできなかった。

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保育園のおもちゃに、木でできた球に赤や黄などのペンキを塗ったものがあったのだけど、その中に木の地肌はそのままでニスだけ塗ったものがあり、これは何色と呼んだらいいのだろう、木の色だから「木色」? いやそれでは「黄色」とかぶってしまうし、などと思っていたら他の子が何の気なしに「肌色」と呼んだので、肌色! なるほどこれは肌色と呼べばいいのか! といたく感心したこととか。
肌色という言葉は当然知っていたけれど、この言葉はこういう場合に使うのか、と新しい用例を知ることができて感動しました。
(いま「肌色」という言葉が使われなくなっていることに対して惜しむ気持ちは特にないです)

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あと、保育園で他の子が「全然」を肯定文に用いていたのに対して「『全然』は『〜ない』っていう場合にしか使えない」と主張してその場にいる全員から「そんなことはない」と否定されて負けたり、姉が「AしたりBする」という言い方をしたのに対して「『たり』は『AしたりBしたりする』という使い方をしなくてはならない」と主張して「そんなことはない」と否定されて負けたりしていたのも興味深い。
これ、誰かに「文法的にこうだ」と教えられたわけではなく、それまで読んだり聞いたりしてきた言葉の集積から自然と法則性を導き出し、それに反する用例を聞いた時に初めて「それは違うはずだ、なぜなら……」という形で法則を意識化し言語化したのよね。
だから、みんなに「そんなことはない」と言われた時に根拠が出せずに負けたのだけど。
(「全然」は本来は肯定文にも使用されていたことは知っているので、その正しさをいま云々する気はなく、ただ現代の用法から法則性を無意識に導き出していたのが面白いという話です)

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保育園で「ママ」という言葉を初めて知った日の記憶があり(我が家では最初から「お母さん」と呼んでいた)、同じ時に容姿に対するあの二文字の罵倒語二種も初めて聞いた。どうもよろしくない文脈であったと思われる。
いま思うとそれ以前に「ママ」という語を一度も聞いたことがなかったとは考えにくいが、「今日は新しくその言葉を知ったぞ」と感じていた記憶があり、とにかくその日その語を初めて認識し、意味を習得したのであろう。
子育てをしている人の、「子供が初めて⚪︎⚪︎と喋った」といったSNSへの投稿を興味深く見ていたが、考えてみたらあの頃は内側からそれを見ていたのだった。親より自分の方が興味を持っていたと思う。

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ある言葉をいつどのように知ったか、という記憶がわりとたくさんあり、たとえば「りりしい」は子供向けに再話された『ガリバー旅行記』の絵本で、「焚書」は『若草物語』で、「弔い合戦」は『モスラ』の映画の読本だった。

ほしかったコートの予約受付が行われていた8〜9月には、今年はとても冬が来る気がしなくて見送ってしまったのですが、無事冬が来たようで何よりです。

〆切地獄を抜けてちょっと時間ができたと思っていたら、来年刊行予定の単行本のスケジュールの話が三冊分ほど降ってきました。来年は何冊出るんでしょうね。

12/13に出る『紙魚の手帖』12月号に「不死者の物語」シリーズのお話が載ります。読み切り短篇なので前のお話を読んでいなくても大丈夫です。冬らしい話になりました。
tsogen.co.jp/sp/isbn/978448803

今月末に刊行される短歌アンソロジー『雪のうた』(左右社)にわたしの雪の歌も一首収録されています❄️
左右社さんの『◯◯のうた』シリーズ第三弾です。
sayusha.com/books/-/isbn978486

毛布を出し、そのあたたかさに感動する。
2マス進む。

寒い寒いと思っていたら、ずっと毛布だと思ってかけていたのは毛布ではなかったことが判明。
一回休み。

歩いていたら遭遇したかわいいヒポポタマス。

星占いの今日の運勢をたまに見ると毎回「射手座は大忙し」って書いてある気がしている。

国境なき医師団には毎月の寄付をしていて、緊急チームへの寄付も時々しているけれど、もっとパレスチナのために何かしなくてはと思って、でも個人でやり取りをするのが怖くてできない。

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