図書館で借りてきてちょっとずつ読んでいます少し読むごとに自分の経験や記憶や想いや苛立ちや悩みが湧き上がってきて全然進まない買うかどうか迷って、買う前に内容見ときたくて借りたけどやっぱり買おうかな
まだまだ序盤も序盤なんだけどこの本読んでいて、わかるーと思うこともあるけど、わたしはsheのノンバイナリなので、いまいち疎外感が否めないな
今はたぶんドラマでも書籍でも「ノンバイナリ」というとAジェンダー的な狭義のノンバイナリが中心というかそれが全てのように語られている/表現されていることが多いねデミジェンダーに関する日本語の書籍は、私の探す範囲では今のところ見つけられない(英語だとあった)違和が大きくてトランジションが必要な人たちの苦労や苦悩は計り知れないけど、でも微熱でもこっちも風邪は風邪というか……いや比べるもんじゃないけどね それぞれに特有の悩みがあるから社会の中で透明化されるってこういう事なんだな……
ノンバイナリについての記述を読む度に、自分の幼少からの経験を掘り起こして性規範とのズレを確認し(その時点でちょっとダルい)、それらを以てして「女らしくない女」でなくて「ノンバイナリ」であるという根拠や証拠や資格やらを自分に詰問し続けてしまってしんどいいまTwitterやらで盛りあがっている最悪な「本物のトランスじゃなくて中二病」だとかいう「可能性の思考」を例に見ればわかるけど、明らかに私は私のジェンダーアイデンティティを社会に疑問視されるだろうし、それを予め自分が自分に行っている自傷行為的だし精神衛生に良くないのはわかってるんだけど
ただ、かつてすべてのクィアも、ゲイやレズビアンも、トランスジェンダーも、ノンバイナリも、みんな透明化されてきたが今やっとそれぞれ可視化されてきているわけなので、わたしが本当に私のためのものだと思えるような本がいつか日本語で出版される日がきっと来るだろうという希望はあるというのが救いだな
現状の社会におけるノンバイナリの認識って、「男、女」の二元論から「男、ノンバイナリ、女」の三元論になったに過ぎないよねそりゃあ"二元"論からは脱した考えは(不十分ながら)広まりつつあるだろうけど、「ノンバイナリらしいノンバイナリ」という3つめの選択肢が増えたに過ぎないと感じるし、ジェンダーをスペクトラムとして捉えている私には全く不足しているように感じるよだから私は自分のことを単に「ノンバイナリ」と表現するのはしっくり来なくてずっと言葉を探していたし「それでも二元論しかないよりはマシか」と思わざるを得ないのもまた苦々しい
体のトランジションが必要な人と比べて自分の悩みは些細だからわきまえるべきで悩むのもおこがましいと思っている節がめちゃくちゃある/あったけど、バイナリのトランスと比べてノンバイナリが矮小化されるべきでないのと同じように、で比較的可視化されつつあるAジェンダー的なノンバイナリと比べて、わたしのようなスペクトラム上曖昧な位置にいる人間の存在もまた矮小化されるべきではないか第三者の視点として見ればすぐに気付けそうなことでも、自分のこととなると自己否定が邪魔をしてわからなくなるな
そんなわけで、世の中の表象を見てAジェンダーしか指していないと思えるような「ノンバイナリ」という単語を元々自分には当てはめていなかったのだけど私の自分自身のジェンダーに関する捉え方としてデミジェンダー/デミガールという単語が見つかったことで、二元論を否定してスペクトラムとして捉えるという意識が強まり、結果としてアンブレラタームでもなく自分のジェンダーへの認識そのものを指す語として「ノンバイナリ」をすんなり受け入れられるようになった ごく最近
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