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ざらっとした感じは不調や疲れや低気圧もあるだろうから保留。
体が弱っていると警戒レベルが上がる。その警戒はそもそも適切かどうか。

第一回からざっと読んだのだけど、なんとなくざらっとした感じがする。

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読みたかったので嬉しい。

【筑摩書房 近刊情報11/13発売】森崎和江『新版 慶州は母の呼び声 ―わが原郷』(ちくま文庫)
わたしが愛した「やさしい故郷」は日本が奪った国だった。1927年・植民地朝鮮に生まれた少女――『まっくら』『からゆきさん』の著者が綴る17年間の自伝エッセイ、待望の復刊。解説:松井理恵x.com/chikumashobo/status/1721

風の吹く日に歩いていると木の葉もあとからついてくる。

筆者は筑豊になんどか行き、炭鉱住宅にも住んだことがあるそう。炭鉱と朝鮮人強制連行、強制労働は、切り離すことができない。

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掘りいだす落盤下の片足はわらぢをはきてゐたりけるかも
山口好 大牟田市延命公園
炭鉱町から来た人


本の栞にぶら下がる
斎藤 真理子iwanami.co.jp/smp/book/b631503

ユリイカのトールキン特集、清水知子氏の文章でル=グィンが引用されていた。読み返したい。

 “わたしたちの現実が見せかけの愛国心と独りよがりの残忍さへと堕落してしまったようにおもわれる、このアメリカで、想像力による文学は、今もなお、ヒロイズムとは何かを問いかけ、権力の源を検証し、道徳的によりよい選択肢を提供しつづけています。想像力は倫理について考えるのに役に立ちます。戦いのほかにたくさんの比喩があり、戦争のほかにたくさんの選択肢があります。そればかりか、適切なことをする方法のほとんどは、誰かを殺すことを含んでいません。ファンタジーは、そういうほかの道について考えるのが得意です。そのことをこそ、ファンタジーについての新しい前提にしませんか。”
 
いまファンタジーにできること
アーシュラ・K・ル=グウィンkawade.co.jp/np/isbn/978430946

怪物とファンタジーの紡ぎ手たち――J・R・R・トールキンと「人種」をめぐる覚書 / 清水知子
ユリイカ2023年11月臨時増刊号 総特集=J・R・R・トールキンseidosha.co.jp/book/index.php?

読まないままで返却する本が必ずある。またの機会に。

自分のランクを自分で下げる「自虐」のもたらす効果と”やりすぎ”の問題
『悪口ってなんだろう』より本文を一部公開webchikuma.jp/articles/-/3197

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 “「ことば狩り」というフレーズの裏には、「どんなに危ないナイフでも刀でも、自分にはそれを使う権利があるし、実際安全に使っているのだから、ほっといてくれ」という感覚があるのかもしれません。しかし、そもそもことばがナイフといった道具でないとしたらどうでしょう。ことばが蒸気船やタンカーのようなものだとすると、まず「狩れる」のだろうか、という疑問も湧いてきますが、いずれにせよそんなものを「ほっとく」わけにはいきません。蒸気船やタンカーは、個人が所有しているわけではなく、社会の中で巨大な位置を占め、便利で有益かもしれませんが、慎重に運営しなくては、運河に挟まったり、大事故を引き起こしたりするでしょう。”

 “ヘイトスピーチの可能な規制や、人権を侵害する言語使用を批判するとき、私たちは蒸気船やタンカーの造船技術・運行規則・免許制度などについて話をしているわけです。「タンカーの操縦に規則なんかいらない。大事なのは安全に運転しようとするそれぞれの意識だ。ほっといてくれ」などと言われて納得する人はいないでしょう。”
 

悪い言語哲学入門
和泉 悠 著
第8章 ヘイトスピーチ
ヘイトスピーチは「言論の自由(freedom of speech )」かchikumashobo.co.jp/product/978

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 “差別的発言をした後に、「差別をする意図はなかった」「悪意はなかった」「差別的とは知らなかった」という言い訳がなされることがあります。”

 “しかし、これまでの考察から分かるとおり、少なくとも発言が社会的関係性にまつわるとき、話者の意図や内心はあまり重要ではありません。”

 “本当のところは、深層心理では、差別的意識がないとかあるとか、そういったことは、表現の公共的使用と無関係なのです。”

 “もしとある単語が、迫害と抑圧の歴史や社会構造と結びつくことにより、差別的含意を持っているならば、一人の話者の力では、その結びつきをどうすることもできません。差別的単語を使用した時点で、差別的な構造の維持に貢献しているかもしれないのです。”

悪い言語哲学入門
和泉 悠 著
第8章 ヘイトスピーチ
ヘイトスピーチは「言論の自由(freedom of speech )」かchikumashobo.co.jp/product/978

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 “ゴキブリもヘビも、少なくとも一般的にヒト以下の存在としてランクづけされています。すでにランキングが存在するわけです。すでに存在するランキングを利用すれば、新しく苦労してランキングを作成したり、ランキングの存在を説得したりする手間が省けるのです。ヒト以外の生き物を指す表現を使い、特定の人間集団と既製のランキングを結びつけるのは、ランクづけを成功させるという(邪悪な)観点から見れば、非常に有効な手段だと考えられます。”

悪い言語哲学入門
和泉 悠 著
第8章 ヘイトスピーチ
ヘイトスピーチは「言論の自由(freedom of speech )」か
chikumashobo.co.jp/product/978

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ランクづけとしてのヘイトスピーチ

 “ヘイトスピーチのさまざまな側面が、このランクづけるという根本的機能から派生的に理解できると私は考えます。(略)ランキングの存在は暴力や差別の「正当化」につながる、ということです。「A人集団>B人集団」という序列関係を成立させてしまえば、A人集団とB人集団への異なった取り扱いに根拠があることになります。たとえばB人集団が、本質的により危険(と誤って認識される)ならば、その集団に属するメンバーをより危険視し、警戒する差別的制度や慣習が正当化されてしまうでしょう。

 “二つ目にとりあげたいのは、なせ集団をおとしめる表現として、「ゴキブリ」や「ヘビ」といった、ヒト以外の生き物(「オニ」「悪魔」といった架空のものも含まれるでしょう)が使われやすいのか、という理由です。”


悪い言語哲学入門
和泉 悠 著
第8章 ヘイトスピーチ
ヘイトスピーチは「言論の自由(freedom of speech )」かchikumashobo.co.jp/product/978

そろそろ返却期限がくるので読んでいる。普段の、寝る前の短い時間に少しずつ進めるのと、まとまった時間が取れる日の読み方はやっぱり違う。

 “歴史をふり返れば、一九一八年の米騒動の際には、政府は “よからぬ” 被差別部落民が米騒動の首謀者であるという宣伝を繰り返した。差別を利用して部落外の民衆と分断することによって、全国に及んだ米騒動の拡大を阻止しようとしたのである。今年一〇〇年を迎える関東大震災時の朝鮮人・中国人、社会主義者等の虐殺事件も、混乱に乗じて、民衆が持っていた差別意識を利用した権力が民衆を煽って引き起こした事件である。甘粕事件、亀戸事件は、権力が直接手を下して、社会主義者を葬り去った。それらはけっして過去にのみ起こりえた事件ではない。権力のチェックを怠れば、いつでもこうした事件は繰り返される。”

黒川みどり いま狭山事件を問うこと[『図書』2023年9月号より]tanemaki.iwanami.co.jp/posts/7

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 “黒川さんは事件当時の社会状況を指摘する。「被差別部落は『犯罪の温床』だとの偏見があった。警察はこの事件を含む身代金目的の誘拐殺人事件でミスが重なり、厳しい世論を気にしていた」”

狭山事件「過去の出来事ではない」 無実訴える石川一雄さんの人生を記録「被差別部落に生まれて」book.asahi.com/article/1503877

 “このような、沖縄の核基地をめぐり、差別して沖縄に核基地を設置したわけではないが、沖縄の人びとから見れば、それが差別だと受け止められるという認識に対し、社会学者の大田昌秀は、『醜い日本人──日本の沖縄意識』(サイマル出版会、一九六九年)で、沖縄に関して「日本人は醜い」と喝破し、「沖縄が、そして沖縄県民のみが、法制度的(本文傍点)に本土他府県人とは差別されている」と言い切った。大田は、「本土と沖縄との決定的なちがいは、本土の人びとが曲がりなりにも独立国として平和憲法の適用を受けて生活しているのにくらべ、沖縄では、核基地のなかで憲法の保護もなく、外国軍隊に占領され、人間としての基本的権利さえ拒否されて、現に生活している事実にある」と、沖縄への差別は単なる心情的なものではなく、法制度上の差別であることを力説した。”
第6章 「人権」の時代
1 復帰か独立か──沖縄差別論


差別の日本近現代史
包摂と排除のはざまでiwanami.co.jp/book/b223928.htm

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