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徐京植評論集Ⅲ『日本リベラル派の頽落』「あとがき」よりkoubunken.co.jp/news/n21970.ht

 “昨年(2016年)、現天皇が譲位の希望を明らかにしてから、その法的根拠づけや手続きについてある程度議論が起きたが、そこに天皇制の廃止を唱える声はほとんど現れなかった。むしろ現天皇の「国民に寄り添う人柄」を称賛し、天皇制の存続を当然視する議論に覆いつくされている。安保法制反対などを主張するリベラル派の論客(内田樹)までもが、自分は「立憲デモクラシーと天皇制は両立しない」と考えていた時期もあったが、いまでは「天皇主義者に変わった」と宣言した(『朝日新聞』2017年6月20日)。国家には「政治指導者などの世俗的中心」とは別に、「宗教や文化を歴史的に継承する超越的で霊的な〈中心〉」があるほうがよい、それが天皇なのだ、というのである。”

徐京植評論集Ⅲ『日本リベラル派の頽落』「あとがき」よりkoubunken.co.jp/news/n21970.ht

 “この議論に欠けている点は少なくとも二つある。過去の天皇制はまさしく天皇を「超越的で霊的な〈中心〉」に祭り上げ、それを軍部や政界が利用するというもたれ合いによって成り立っていた。天皇は「神聖にして不可侵」という明治憲法上の規定により天皇は戦争責任も問われないという理屈がまかり通っていた。最高責任者である天皇の責任が問われない以上、その命を受けた者たちの責任もまた問われることはない。為政者にとってこれほど好都合な仕組みはあるまい。”

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