“七三一部隊の人体実験は日本陸軍内部の秘匿事項でしたが、人体実験で得られた成果は関係する東京帝大・京都帝大の医学部教授のもとに送られるなど、日本医学界を巻き込んだ巨大構造のもとで公然の秘密のようにおこなわれていました。七三一部隊を率いた石井四郎は、人体実験の情報を米国に極秘で渡すという交換条件で東京裁判で裁かれることはありませんでした。七三一部隊や関連する部隊で働き、戦後、戦犯として裁かれずに逃れ、要職に就いた者も少なくありません。”

 “この文脈であらためて注意を喚起しておけば、戦後、戦争責任を問われなかった最大の責任者は「大元帥」であった昭和天皇(一九〇一─八九)でした。すなわち、昭和天皇は〈戦前〉と〈戦後〉が断絶しつつも連続している関係性の象徴でもあり、石井をはじめ「免責」された者が戦後社会の中枢に居続ける構造を可能にしてきたのだと言えます。”
第一三講 近代日本の〈闇の奥〉──人類館、朝鮮人虐殺、七三一部隊

野蛮の言説 (春陽堂ライブラリー 2) 中村隆之shunyodo.co.jp/smartphone/deta

 “アフリカ分割以降の植民地支配のなかで西洋では「文明化の使命」や「白人の重荷」の標語のもとで他者を劣等人種、教化すべき子供、未開人として表象し、支配を正当化してきました。そして、この他者の矮小化をつうじて虐殺をおこなってきたのです。ナチズムもまた、ヨーロッパ内にユダヤ人という〈内なる他者〉を見出し、ユダヤ人やロマ(他称では「ジプシー」)といった他者を人種主義的な言説のもとで排除し、最終的にはその存在の抹殺にまで突き進みました。”

“文明と野蛮の構図のもと、他者を〈野蛮〉と表象し、他者から人間性を剥奪するその言説の効力は、「新大陸」のインディオ虐殺からユダヤ人ジェノサイドまで変わりませんし、ナチズムの言説がこれまでの〈野蛮の言説〉の素地のうえに成り立っていることはこれからみていくとおりです。”

野蛮の言説 (春陽堂ライブラリー 2)
著者: 中村隆之shunyodo.co.jp/smartphone/deta

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 “〈戦後精神〉とはナチズムを〈野蛮〉の烙印を押すことで、これに連なる言説の系譜を徹底的に批判し、科学的言説の効果を無効化します。(略)ナチズムの言説とは、一八世紀から一九世紀にかけての人種をめぐる科学的言説を基盤としています。とくにその直接的影響は、いわゆる社会ダーウィニズムに求められます。こうして社会ダーウィニズムにまつわる言説はナチに連なる無根拠にして害悪な「似非科学」だと断罪され、忘却
されていくのです。”

 “むしろ社会ダーウィニズムからナチズムに至る言説を「似非科学」だとして切り捨てるその〈戦後精神〉あるいは西洋の啓蒙の言説こそが、文明と野蛮の構図のなかで発想される、オーソドックスな〈野蛮の言説〉である、と言えば言い過ぎでしょうか。私たちの取るべき立場は、ナチズムの言説をヨーロッパの土壌から十分な知的養分を得て形成された怪物的な言説だと捉え直すというものです。”
第一一講 ナチズムの論理と実践
植民地主義からホロコーストへ

野蛮の言説 
(春陽堂ライブラリー 2)
著者: 中村隆之shunyodo.co.jp/smartphone/deta

“重要であるのは、西洋における他者蔑視の表象である〈野蛮の言説〉をヒトラー個人に還元せず、西洋植民地主義の明白な帰結のうちにヒトラーの思想をも位置付けることです。そのことを確認すべく、飽くことなくエメ・セゼールの『植民地主義論』(一九五五年)の次の言葉を引用しておきます。
「ヒトラーか? ローゼンベルクか? いや、ルナンだ」。”
第一一講 ナチズムの論理と実践
植民地主義からホロコーストへ

野蛮の言説
(春陽堂ライブラリー 2)
著者: 中村隆之shunyodo.co.jp/smartphone/deta

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