初めてそれとは知らず飛ぶ姿を見た時。
コックピットから降りてきてゴーグルの下の顔を見た時。
初めて一緒に飛んだ時。
キリッとした顔が犬の前では優しくなるのを知った時。
俺が本当に褒めて欲しい時に頭を撫でてくれた時。
俺のくだらない話も馬鹿にせずに聞いてくれた時。
同じ隊になれた時。
隊長の部屋でお茶を飲んだ時。
休みの日にも一緒に過ごすようになった時。
二人だけの秘密ができた時。
この世界で一番大事な人が戻ってきた日。
その日から世界に光が満ちて、あの人と歩む何でもない日々が、人生最高の日だと思うようになった朝。
今日も明日も明後日も、いつまでもそうでありますように。
そう願って、お休みのキスをして並んで眠るいま。
『人生最高の出来事』
お題.com さんからお題をお借りしました。
俺は初めてこの人にあった日のことを思い出していた。初対面の無愛想な少年に気さくに声をかけて綺麗なシュートを見せつけた自信に満ちた爽やかな顔。あれがこの人の本質なら。
「まぁさ、色々簡単じゃないけどさ。」
ほんの少し背中を押してやるくらいしてやってもいいと思って俺は言った。
「ここにいるのはバスケット馬鹿ばっかりなんだから、アンタの技術を見せつけたら納得すると思うよ?」
驚いた顔で俺を見た三井サンは、
「そうだな。」
と言ってやっと少し表情を緩めた。
その後、さして日をおかない間に三井サンはすっかりバスケ部に馴染みきり、先輩面すらするようになったので、コミュ強の陽キャの恐ろしさを俺は知ることになる。
(終)
「アンタよくそう普通に話しかけてこれるね?」
俺はなるだけ嫌味に聞こえないように気を使ったけれどどう考えても嫌味にしかならない。
「…悪い、と思うが他の奴に声かけるよりは、まだ頼みやすい。」
あれだけのことをされて許せるかといえば簡単ではないが、皆にそう思われているなかこうしてここに立つのは相当な勇気が必要だろう。頭は下げたが許しは請わなかったことに三井サンも簡単に許してもらおうとは考えていないのだと感じた。まっすぐ見てくる目にそういう決意を勝手に読み取って困惑する。短くなった髪は三井サンの顔を何も隠してくれない。
ストレッチを手伝いながら黙っているのもあれなのでポツリポツリと会話をする。膝は大丈夫なのかとか歯はどうするのかとか。そんな俺たちに練習しながらみんながチラチラ視線を向けてくる。また険悪な雰囲気にならないか心配してるのか、それとも案外仲良くしてるように見えるのだろうか。その視線に三井サンが緊張してるのが伝わってくる。
『もどってきたひと。』
安西先生、バスケがしたいです。
三井サンは確かにそう言ってたがその具体的な姿は想像していなかった。まさか昨日の今日でバスケ部に復帰しようとするなんて、思わず自分と同じような青タンとガーゼだらけの顔をポカンと見上げてしまった。
来るのが遅くなったせいで部室は空で俺と三井サンの二人きりだった。会話が弾むわけもなく黙って着替えをする。三井サンは木暮さんの隣、長らく誰にも使われていなかったロッカーを使っていた。多分そこが三井サンの場所だったのだろう。赤木のダンナも木暮さんも、いつか三井サンが戻ってくると願っていたのかもしれない。結局会話もないまま体育館に並んで向かうことになり、深々と頭を下げる三井サンを隣で眺める羽目になってしまった。安西先生も先輩達も何も言わなかったのでバスケ部に復帰することについて何らかの話がついていたのだろう。
「ストレッチ手伝ってくれ。」
一人でできる準備運動が終わった頃に三井サンがそう話しかけてきた。まぁ確かに他に誰もいないのだからそうなるのだろうけど今ままでのことを思うと気まずいとしか言いようがない。この人だってそうだろう、どの面下げてって思わないのだろうか。
雑なようでいろんなことに気を回す三井サンは、ハルコちゃんが流川にほのかに恋心を抱いていることを知っている。そして花道がハルコちゃんにめちゃくそゾッコンなのも知っている。その上で、マネージャーになったハルコちゃんは、流川にだけチョコを渡すなんてことできないだろうと察して皆に配るという案を出してきた。しかもわざわざ一年にはハルコちゃんから渡すっていうハルコちゃんにも花道にも喜ばれるようなやり方をとり(二年はアヤちゃんからっていうのはもしかして俺のため?)更にホワイトデーには流川からもお返しをさせるよう仕向ける念の入れようだ。
「あの人、恋のキューピッド気取りかよ…」
世話焼きにも程がある。しかもしれっとそれをやってしまう。
「こういう時の三井先輩、立ち位置が女子側なんだよねー。」
ふふふと笑うアヤちゃんに確かにときめきを感じるのに、頭のどこかで別のことを考えてしまう。
「ちょっと集まってー!」
俺の練習終了の号令に皆が返事をして各自後片付けして解散となった時にアヤちゃんが皆を呼んだ。
「今日は疲労回復のためのプレゼントがあるよ!はい、一年はハルコちゃんから受け取って。二年はアタシんとこに来て!」
えーーー!!まさかでしょ?!と思ったが本当にそのまさか。二人が手にしていたのはチョコレートだった。シンプルなラッピング袋の中身はよくある一口チョコの詰め合わせではあったがチョコはチョコである。二年のメンバーは、驚きの顔で、一年はちょっと照れながら受け取っていた。流川は「ウスッ 」って感じの相変わらずの素っ気なさだったがハルコちゃんは緊張しながらも嬉しそうで花道がすげー顔をしていた。だが自分がハルコちゃんからチョコを受け取った時は泣いていた。比喩じゃなくってマジで。今ならあいつ、空も飛べるはず。
「おい、みんなちゃんとホワイトデーにはマネージャー二人にお返しするんだぞ!」
三井サンがそう締めくくってその日は解散になった。
俺もアヤちゃんから手渡されて嬉しかった反面、どうしても気になって次の日アヤちゃんに疑問をぶつけてしまった。なんていうか、らしくないと思ってしまったから。そしてあっさり真相を教えられてしまった。
「ああ、あれ三井先輩の案なのよ。」
『誰のため』
バレンタインの話をもう一つしよう。
バレンタインに女子マネージャーからチョコレートを貰う。男子運動部員なら誰でも憧れるシチュエーションだ。だが湘北バスケ部ではそれはない。禁止しているわけではないが、堅物の赤木のダンナは興味がなかっただろうしアヤちゃんも義理チョコを配るとかそういうことをするタイプではない。ハルコちゃんはそういうの好きそうだけどアヤちゃんがやらないならきっとやらないだろう。流川には渡したいかも知れないなぁ。あ、花道はハルコちゃんからチョコを貰ったら今の倍はすごいことをするに違いない。
こんなふうに前日にすごい花道を想像したことなど部活が始まれば忘れてしまう。三井サンが来てる日ともなれば尚更だ。目の上のタンコブなどと口にはするが実のところ有難い存在で教え方の上手さなんかはこっそり参考にさせてもらっている。
「あのねぇ、三井サンだってあんた達と一緒で卒業するんだよ?大学生を高校生に任せるってなんなの。今までみたいに部活で一緒とかじゃないし。三井サンだって大学行ったらそこで新しい出会いとかあるし余計なお世話っていうか、そもそも本人のいないとこで何の話ししてるんだ、ってーの!」
自分で喋ってて言葉がグサグサ刺さる。なんで俺にこんなこと言わせるんだよ。なんで俺なんだよ。
「三っちゃんが執着を見せたのってお前だけなんだ。」
堀田さんは少しだけ寂しげな声で続ける。
「何にも興味がなさげで楽しそうにしててもどこか投げやりで、どうでもいいような顔をしていた三っちゃんが、なんで宮城にはあんなにも絡むのか不思議でならなかった。だけどバスケ部襲撃で見せたあの姿でわかったんだ。」
それは。
「三っちゃんは、本当に好きなものにだけ執着するんだよ。」
バスケットと安西先生と、そして宮城リョータ。
馬鹿にだってわかることだ。
「俺らがしてるのは本当に余計なお世話なんだろうけどよ、三っちゃんは、三っちゃんからは絶対に言わないだろうから、宮城頼むよ!」
「いいかもの割に交際を認めない親父みたいな勢いだったっスよね?」
「あれくらいの障害を乗り越えられないようじゃあ宮城の本気を信じられなくて。」
「あんたら本当に三井サンのこと好きなんですねぇ。」
そう、あれはもう友達というより親、保護者か?つい俺はしみじみと常日頃から思っていることを口にしてしまった
「当たり前だろ。三っちゃんは俺たちにとって大切で、大好きな友達なんだよ!」
好きなんですねって自分の言葉と大好きだという堀田さんの言葉に胸がちくりとする。どうしてこう目を背けたいのに背けていられないことばかり起こるんだろう。真っ直ぐにあの人のことを好きと言えるこの人たちが羨ましいとか知りたくなかった。
「まぁ、告白でもなんでもなかったんで杞憂に過ぎませんでしたね。」
この話はここでおしまい。そういうつもり俺はそう言ったのだが、
「宮城になら三っちゃんを任せられるっていうのは本心なんだけどな。」
などと堀田さんが続けるものだから困ってしまう。
なんの用っスか?と言いかける前にガッと囲まれる。そして地を這うような声で、
「宮城、お前バレンタインの日に三っちゃんにチョコを渡して告白したそうだなっ!」
と言われた。
「ちが…」
「俺たちに断りもなくいい度胸だ!」
「いや、だから誤…」
「お前に三っちゃんを幸せにする覚悟があんのか!?」
「三っちゃんを泣かしてみろ、ただじゃあおかんぞ!」
「だーかーらっ、誤解だよ!!」
俺の叫び声はきっと隣町まで響いたに違いない。
「いやぁースマン、スマン。誤解だったのか。そうか妹さんのかぁ…」
堀田さんは謝罪してきたが、誤解が解けた割には顔つきが晴れやかではないのが謎だ。
この呼び出しは、どうやらあの日のあの場面を見た誰かの話が伝言ゲームにありがちの展開をしてそこに尾ひれはひれがつき、そのひれ付きの話をなぜか学校の番長に伝えちゃうバカがいたから起こったことのようだ。三井サンガチ勢の彼らがその話を聞いてただで済ます訳がないのはわかるけどなんでさっきみたいな話になるんだか。
「あんたら三井サンに対してどういう立ち位置なんだよ…」
「だってなぁ、卒業したら今までみたいにいかないし、誰か信頼できる奴に三っちゃんを任せたいと思ってたところに告白と聞いて、そうか宮城ならいいかも知れんとだな…」
『馬鹿にだってわかること』
バレンタインデーから数日後、登校して授業の始まる前のまだだらけた時間に二年生である俺の教室の扉をガラリ開けたのは、三年生の番長グループである堀田さん達だった。三年生はもう授業がないのだがこの人たちは就職は決まったものの出席日数の関係でギリギリまで登校せざるを得ないのだ、とは三井サンから聞いた情報である。そういう訳で二年生の教室になど来る必要はないのにわざわざ足を運ぶってことは。
「おい宮城、昼休みに屋上まで来い。」
なんとも懐かしい呼び出しというやつだ。
そんなわけで昼休みになり屋上に向かった訳だが、クラスメイトには散々止められた。まぁ一年ほど前にこんなふうに呼び出されて入院騒ぎになったのだ、その後のバスケ部も巻き込んだアレコレの顛末を正確に知らない人間から見ればこれは卒業前のお礼参りってやつにしか見えない。だが彼らはそんなことはもうしない。少なくともバスケ部と三井サンに関係するところには。
が、屋上の扉を開けて彼らの顔を見たときはその思いが少し揺らいだ。それくら堀田さん達の顔つきは悪かった。
fkmt作品(南赤南)/ジパング(草松)/洋画(コリファリ/🍋🍊) 最近はSD(714)多め
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