『もどってきたひと。』

 安西先生、バスケがしたいです。

 三井サンは確かにそう言ってたがその具体的な姿は想像していなかった。まさか昨日の今日でバスケ部に復帰しようとするなんて、思わず自分と同じような青タンとガーゼだらけの顔をポカンと見上げてしまった。
 来るのが遅くなったせいで部室は空で俺と三井サンの二人きりだった。会話が弾むわけもなく黙って着替えをする。三井サンは木暮さんの隣、長らく誰にも使われていなかったロッカーを使っていた。多分そこが三井サンの場所だったのだろう。赤木のダンナも木暮さんも、いつか三井サンが戻ってくると願っていたのかもしれない。結局会話もないまま体育館に並んで向かうことになり、深々と頭を下げる三井サンを隣で眺める羽目になってしまった。安西先生も先輩達も何も言わなかったのでバスケ部に復帰することについて何らかの話がついていたのだろう。
「ストレッチ手伝ってくれ。」
 一人でできる準備運動が終わった頃に三井サンがそう話しかけてきた。まぁ確かに他に誰もいないのだからそうなるのだろうけど今ままでのことを思うと気まずいとしか言いようがない。この人だってそうだろう、どの面下げてって思わないのだろうか。

「アンタよくそう普通に話しかけてこれるね?」
 俺はなるだけ嫌味に聞こえないように気を使ったけれどどう考えても嫌味にしかならない。
「…悪い、と思うが他の奴に声かけるよりは、まだ頼みやすい。」
 あれだけのことをされて許せるかといえば簡単ではないが、皆にそう思われているなかこうしてここに立つのは相当な勇気が必要だろう。頭は下げたが許しは請わなかったことに三井サンも簡単に許してもらおうとは考えていないのだと感じた。まっすぐ見てくる目にそういう決意を勝手に読み取って困惑する。短くなった髪は三井サンの顔を何も隠してくれない。
 ストレッチを手伝いながら黙っているのもあれなのでポツリポツリと会話をする。膝は大丈夫なのかとか歯はどうするのかとか。そんな俺たちに練習しながらみんながチラチラ視線を向けてくる。また険悪な雰囲気にならないか心配してるのか、それとも案外仲良くしてるように見えるのだろうか。その視線に三井サンが緊張してるのが伝わってくる。

フォロー

 俺は初めてこの人にあった日のことを思い出していた。初対面の無愛想な少年に気さくに声をかけて綺麗なシュートを見せつけた自信に満ちた爽やかな顔。あれがこの人の本質なら。
「まぁさ、色々簡単じゃないけどさ。」
 ほんの少し背中を押してやるくらいしてやってもいいと思って俺は言った。
「ここにいるのはバスケット馬鹿ばっかりなんだから、アンタの技術を見せつけたら納得すると思うよ?」
 驚いた顔で俺を見た三井サンは、
「そうだな。」
と言ってやっと少し表情を緩めた。

 その後、さして日をおかない間に三井サンはすっかりバスケ部に馴染みきり、先輩面すらするようになったので、コミュ強の陽キャの恐ろしさを俺は知ることになる。

(終)

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